<< 2009/10 >>
01 02 03
04 05 06 07 08 09 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

RSS

白氏文集卷十四 八月十五日夜、禁中獨直、對月憶元九2009年10月05日

八月十五日の夜、禁中に独り(とのゐ)し、月に対して元九(げんきう)(おも)ふ   白居易

銀臺金闕夕沈沈  銀台(ぎんだい) 金闕(きんけつ) 夕べに沈沈(ちんちん)
獨宿相思在翰林  独り宿り 相思ひて翰林(かんりん)()
三五夜中新月色  三五夜中(さんごやちゆう) 新月の色
二千里外故人心  二千里(にせんり)(ほか) 故人(こじん)の心
渚宮東面煙波冷  渚宮(しよきゆう)東面(とうめん)煙波(えんぱ)(ひやや)かに
浴殿西頭鍾漏深  浴殿(よくでん)西頭(せいとう)鐘漏(しようろう)は深し
猶恐淸光不同見  ()ほ恐る 清光(せいくわう)は同じく見ざるを
江陵卑湿足秋陰  江陵(こうりよう)卑湿(ひしつ)にして 秋陰(しういん)(おほ)

【通釈】銀の楼台、金の楼門が、夜に静まり返っている。
私は独り翰林院に宿直し、君を思う。
十五夜に輝く、新鮮な月の光よ、
二千里のかなたにある、旧友の心よ。
君のいる渚の宮の東では、煙るような波が冷え冷えと光り、
私のいる浴殿の西では、鐘と水時計の音が深々と響く。
それでもなお、私は恐れる。この清らかな月光を、君が私と同じに見られないことを――。
君のいる江陵は土地低く湿っぽく、秋の曇り空が多いのだ。

【語釈】◇銀台 銀作りの高殿を備えた建物。白居易が勤めた翰林院の南の銀台門のことかという。◇金闕 金づくりの楼門。◇翰林 皇帝の秘書の詰め所。翰林院。◇三五夜 十五夜。◇新月 東の空に輝き出した月。◇故人 旧友。◇渚宮 楚王の宮殿。水辺にあった。◇煙波 煙のように霞んで見える波。◇浴殿 浴堂殿。翰林院の東にある。◇鐘漏 鐘と水時計。いずれも時刻を知らせるもの。「鍾漏」とする本もある。◇淸光 月の清らかな光。◇秋陰 秋の曇り。

【補記】元和五年(810)の作。七言律詩。作者三十九歳。八月十五夜、中秋の名月の夜にあって、宮中に宿直した白居易が、親友の元九こと元稹を思って詠んだ詩。元稹は当時左遷されて湖北の江陵にあった。和漢朗詠集に第三・四句が引用されている。また源氏物語須磨帖には、源氏が十五夜の月を見て「二千里のほか、故人の心」と口吟んだことが見える。

【影響を受けた和歌の例】
月きよみ千里の外に雲つきて都のかたに衣うつなり(藤原俊成『玉葉集』)
月を見て千里のほかを思ふかな心ぞかよふ白川の関(藤原俊成『続千載集』)
ふす床をてらす月にやたぐへけむ千里のほかをはかる心は(藤原定家『拾遺愚草』)
雲きゆる千里の外の空さえて月よりうづむ秋の白雪(藤原良経『新後拾遺集』)
更けゆけば千里の外もしづまりて月にすみぬる夜のけしきかな(京極為兼『金玉歌合』)
思ひやる千里の外の秋までもへだてぬ空にすめる月かげ(日野俊光女『新拾遺集』)
月とともに千里の外もすみやゆかんかぎりあるべき鐘のひびきも(中院通勝『通勝集』)

【参考】『源氏物語』須磨
月、いとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりとおぼし出でて、殿上の御遊び恋しう、所々ながめ給ふらむかしと思ひやりたまふにつけても、月のかほのみ、まぼられ給ふ。「二千里のほか、故人の心」と誦じ給へる、例の、涙もとどめられず。
『徒然草』第百三十七段
望月のくまなきを千里の外まで眺めたるよりも、暁ちかくなりて待ち出でたるが、いと心ぶかう、青みたるやうにて、深き山の杉の梢にみえたる木の間の影、うちしぐれたるむら雲がくれのほど、またなくあはれなり。