<< 2010/05 >>
01
02 03 04 05 06 07 08
09 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

RSS

白氏文集卷十六 春末夏初 閒遊江郭 其二2010年05月05日

春末(しゆんまつ)夏初(かしよ)江郭(かうくわく)間遊(かんいう)す 其の二 白居易

柳影繁初合  柳影(りうえい)繁くして初めて合ひ
鶯聲澁漸稀  鶯声(あうせい)渋くして(やや)く稀なり
早梅迎夏結  早梅(さうばい)夏を迎へて結び
殘絮送春飛  残絮(ざんじよ)春を送りて飛ぶ
西日韶光盡  西日(せいじつ)韶光(せいくわう)尽き
南風暑氣微  南風(なんぷう)暑気(しよき)(かす)かなり
展張新小簟  新しき小簟(せうてん)展張(てんちやう)
熨帖舊生衣  旧き生衣(せいい)熨帖(ゐてふ)
綠蟻杯香嫩  緑蟻(りよくぎ)(さかづき)(かう)(わか)
紅絲膾縷肥  紅糸(こうし)鱠縷(くわいる)(こえ)たり
故園無此味  故園(こゑん)に此の味無し
何必苦思歸  何ぞ必しも(ねんごろ)に帰るを思はん

【通釈】柳の葉は盛んに繁って、その影はついに重なり合い、
鶯の声は滞って、しだいに稀になった。
早生りの梅は夏を迎えて結実し、
残りの柳絮は春を見送るように飛び漂う。
西日のうららかな光は尽きたが、
南風のもたらす暑気はまだかすかだ。
夏用の新しい茣蓙を敷いて、
旧年の夏衣に(ひのし)をかける。
美酒を満たした杯の香は初々しく、
紅い糸のように切った(なます)はよく肥えている。
故郷の長安にこの味は無い。
どうして帰りたいと悩む必要があろう。

【語釈】◇韶光 うるわしい光。春の陽光。◇小簟 「簟」は竹で編んだ莚。◇生衣 生絹で仕立てたひとえの衣服。夏用の衣服。◇熨帖 火熨斗(ひのし)をかける。今のアイロンにあたる。◇鱠縷 糸状に切ったなます(魚肉を酢に浸したもの)。「膾縷」とする本もある。

【補記】晩春から初夏にかけて江州(江西省と湖北省南部にまたがる地域)に遊んだ時の詠。二首あるうちの第二首。白居易が江州に左遷されていたのは元和十年(815)から十三年まで。第二句を句題として大江千里・小沢蘆庵が歌を作っている。

【影響を受けた和歌の例】
鶯はときならねばや鳴く声のいまはまれらに成りぬべらなる(大江千里『句題和歌』)
鳴きとめぬ花の梢はうぐひすのまれになりゆく声にこそしれ(小沢蘆庵『六帖詠草』)

和歌歳時記:岩躑躅 いはつつじ Azalea on rock2010年05月09日

岩躑躅の花 岐阜県白川町

晩春から初夏にかけて多彩な花の季節となるが、中でも親しみの深いのは躑躅の花だ。公園や民家の垣根ばかりでなく、街路樹としても植栽されてゐる。大気汚染にも剪定にも強いのだらう。街なかでよく見かけるのは大紫躑躅(おほむらさき)といふ品種だ。紫のみならず薄紅や白があり、径10センチほどの大きな花をつける。これは江戸時代に造り出された品種で、王朝歌人たちの見た躑躅とはかなり風情が異なる。
古歌に詠まれた躑躅は野生の山躑躅である。花は大紫躑躅(おほむらさき)の半分程の径しかなく、色はややオレンジがかつたやうな極めて明るい赤が普通。特に「岩躑躅」「岩根の躑躅」など、岩の根もとに咲いた躑躅が好んで歌はれた。

『新続古今集』 建仁元年影供歌合に、水辺躑躅 藤原定家

竜田川いはねのつつじ影みえてなほ水くくる春のくれなゐ

建仁元年(1201)三月十六日、内大臣源通親の家で行はれた歌合に出詠された歌。歌意は明瞭だらう。古今集の在原業平詠「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」を本歌取りして、竜田川をくくり染めにするのは秋ばかりではない、躑躅の影が川面に映つて春も紅の色に水を染めてゐる、としたもの。
岩躑躅が殊に賞美されたのは、黒い岩肌との対照で紅が烈しく引き立つといふこともあらうし、岩の間に根を張る生命力の強さが貴ばれたといふこともあらう。
恋歌に「岩躑躅」が好んで詠み込まれたのも、「言は(ず)」と頭韻を踏むといふばかりの理由とは思へない。

『古今集』 題しらず よみ人しらず

思ひ出づるときはの山の岩つつじ言はねばこそあれ恋しきものを

岩躑躅 木曽谷赤沢渓谷思ひ出す時――その「時」といふ名を持つ常磐の山の岩躑躅――その「いは」ではないが、言はないではゐるものの、心では恋しがつてゐるのです、といつた意。
「岩つつじ」までは「言は」を導く序詞で、主意は下句にのみあるが、では上句は全く無意味かと言ふと、さうとも言ひきれない。
「ときはの山」は「常磐の山」、永久不変の象徴である大岩の名を持つ山であり、その岩に咲いてゐる躑躅を言挙げするとは、ただごとではない。花は何も言はぬが、燃えるやうに咲いてゐる。言はぬからこそ、恋しさは劇しく燃え上がる。

この歌以後、岩躑躅の花は容易に恋の心と結び付くやうになり、次の和泉式部の歌なども、明らかに古今集の歌を匂はせてゐると思はれる。

『後拾遺集』 つつじをよめる 和泉式部

岩つつじ折りもてぞ見る背子が着し紅染めの色に似たれば

**************

  『万葉集』 草壁皇子舎人
水伝(みなつた)ふ磯の浦廻(うらみ)石躑躅(いはつつじ)()く咲く道をまたも見むかも

  『金葉集』(晩見躑躅といへることをよめる) 摂政家参河
入日さす夕くれなゐの色みえて山下てらす岩つつじかな

  『夫木和歌抄』(つつじ) 西行
神路山岩ねのつつじ咲きにけり子らが真袖の色に触りつつ

  『拾遺愚草』(夏) 藤原定家
しのばるるときはの山の岩つつじ春のかたみの数ならねども

  『竹風和歌抄』(躑躅) 宗尊親王
恋しくもいかがなからむ岩つつじ言はねばこそあれ有りしその世は

  『永福門院百番自歌合』
岩がくれ咲けるつつじの人しれず残れる春の色もめづらし

  『春霞集』(躑躅) 毛利元就
岩つつじ岩根の水にうつる火の影とみるまで眺めくらしぬ

  『挙白集』木下長嘯子
わが心いくしほ染めつ岩躑躅いはねばこそあれ深き色香に

  『漫吟集類題』(つつじ) 契沖
かげろふのいはねのつつじ露ながらもえなんとする花の色かな

  『藤簍冊子』(躑躅花) 上田秋成
み吉野は青葉にかはる岩陰に山下照らしつつじ花さく

雲の記録201005092010年05月09日

2010年5月9日午後5時49分鎌倉市二階堂

今日は久しぶりに巻雲が見られた。夕方には鈎状の雲も。なんとなく秋に多い雲という思い込みがあるが、実際には冬にも春にもよく見られる雲だ。

白氏文集卷十九 七言十二句、贈駕部呉郎中七兄2010年05月10日

七言十二句、駕部(がぶ)()郎中(らうちゆう)七兄(しちけい)に贈る 時に早夏、朝に帰り、斎を閉ぢて独り()り、(たまた)ま此の什を題す 白居易

四月天氣和且淸  四月天気()ぎて()()
綠槐陰合沙隄平  緑槐(りよくくわい)(かげ)合ひて沙隄(さてい)平らかなり
獨騎善馬銜鐙穩  独り善馬に()りて銜鐙(かんとう)穏やかに
初著單衣支體輕  初めて単衣(ひとへ)()て支体(かろ)
退朝下直少徒侶  (てう)退(さが)(ちよく)(くだ)りて徒侶(とりよ)()
歸舍閉門無送迎  (いへ)に帰り門を閉ざして送迎無し
風生竹夜窗閒臥  風の竹に()る夜 窓の(あひだ)()せり
月照松時臺上行  月の松を照らす時 (うてな)の上に(あり)
春酒冷嘗三數盞  春酒(しゆんしゆ)冷やかに()むること三数盞(さんすうせん)
曉琴閑弄十餘聲  暁琴(げうきん)(しづ)かに(ろう)すること十余声(じふよせい)
幽懷靜境何人別  幽懐 静境 何人(なんびと)(わか)
唯有南宮老駕兄  唯だ南宮の老駕兄(らうがけい)有るのみ

【通釈】四月の天気はなごやかで、かつすがすがしい。
(えんじゅ)の並木の葉陰は一つに合さり、砂敷きの路は平らかに続いている。
独り良馬に乗り、馬具の音も穏やかに、
初めて単衣の服を着て、体は軽やかだ。
朝廷を退出し宿直を終えて、従者も無く、
帰宅して門を閉ざせば、送り迎えの客も無い。
風が竹をそよがせる夜、窓辺に横になり、
月が松を照らす間、高殿の上をそぞろ歩く。
よく冷えた春酒(はるざけ)を数杯なめるように飲み、
暁には琴をひっそりと僅かばかりもてあそぶ。
この奧深く物静かな心境を誰が分かってくれるだろう。
ただ南宮に居られる駕部郎中の呉七兄のみである。

【語釈】◇四月 陰暦四月は初夏。◇綠槐 葉の出たエンジュの木。◇沙隄 隄は堤に同じ。長安の砂敷きの舗装道路。◇銜鐙 「銜」はくつわ(轡)。「鐙」はあぶみ。合せて馬具を言う。◇支體 肢體に同じ。◇春酒 冬に醸造し、春に飲む酒。◇南宮 尚書省。◇老駕兄 駕部郎中の呉七兄。白居易の同年の友人。

【補記】『和漢朗詠集』の「夏夜」に「風生竹夜窗閒臥 月照松時臺上行」が引かれ、殊に前句を踏まえた和歌が多い。慈円・定家の歌はいずれも句題和歌。両句は『千載佳句』『新撰朗詠集』にも見える。また「春酒冷嘗三數盞 曉琴閑弄十餘聲」が『千載佳句』に採られている。

【影響を受けた和歌の例】
秋きぬとおどろかれけり窓ちかくいささむら竹風そよぐ夜は(徳大寺実定『林下集』)
窓ちかき竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢(式子内親王『新古今集』)
松風に竹の葉におく露落ちてかたしく袖に月を見るかな(慈円『拾玉集』)
風さやぐ竹のよなかにふしなれて夏にしられぬ窓の月かな(藤原定家『拾遺愚草員外』)
窓ちかきいささむら竹風ふけば秋におどろく夏の夜の夢(藤原公継『新古今集』)
夕すずみやがてうちふす窓ふけて竹の葉ならす風のひとむら(飛鳥井雅経『明日香井集』)
竹の葉に風ふく窓は涼しくて臥しながら見る短か夜の月(宗尊親王『竹風和歌抄』)
風すさむ竹の葉分の月かげを窓ごしに見るよぞ更けにける(九条隆教『文保三年百首』)
くれ竹の夜床ねちかき風のおとに窓うつ雨はききもわかれず(二条為遠『新続古今集』)
竹になる音なき風も手にとりて扇にならす窓のかたしき(武者小路実陰『芳雲集』)

【参考】『源氏物語』胡蝶
雨はやみて、風の竹に鳴るほど、はなやかにさし出でたる月影、をかしき夜のさまもしめやかなるに、人々は、こまやかなる御物語にかしこまりおきて、け近くもさぶらはず。

和歌歳時記:茨の花 (野茨・野薔薇) Wild rose flower2010年05月11日

野茨の花 鎌倉市二階堂

茨(うばら/むばら/いばら)は野生の薔薇。万葉集では「うばら」に「棘原」の字を宛て、刺のある小木の薮をかう呼んでゐたやうだが、のち特に野薔薇を指すやうにもなつた。野茨(のいばら)とも言ふが、これは我が国で最もよく見られる野生の薔薇の種名でもある。

我が国の野生の薔薇は、子孫の園藝種とは比べやうも無い、ささやかな小花だ。野茨の花の径はわづか2センチ程。しかし棘の多さに変はりはなく、『枕草子』に「むばら」を「名おそろしきもの」に挙げてゐるのも棘を連想させるゆゑだらう。香りは高く、和歌では芳香を賞美した作が少なくない。また白い清楚な花としても歌はれてゐる。

『亮々遺稿』 首夏川 木下幸文

ここかしこ岸根のいばら花咲きて夏になりぬる川ぞひの道

初夏、白い花が群をなして咲く点では卯の花も同じことであるが、野茨は卯の花のやうに花枝を差し伸べないため、ずつと控へ目な様子で咲いてゐる。しかし卯の花にはない芳香をもつので、遠くからでもその存在ははつきりと知られる。平生歩き慣れた「川ぞひの道」に夏が訪れた感懐を、これほど自然な感じでしみじみと歌ひ上げることができたのは、茨の花に着目したからこそであつた。

**************

  『好忠集』(四月をはり) 曾禰好忠
なつかしく手には折らねど山がつの垣根のむばら花咲きにけり

  『松下集』(陀羅尼品 令百由旬内無諸衰患) 正広
山がつやめぐりのうばら引捨てて花の色もる園の垣うち

  『春夢草』(卯花) 肖柏
目にたてぬ垣根のむばら卯の花をうらやみ顔に咲ける野辺かな

  『雪玉集』(夏) 三条西実隆
それとなきむばらの花も夏草の垣ほにふかき匂ひとぞなる

  『挙白集』(夏の歌の中に) 木下長嘯子
道のべのいばらの花の白妙に色はえまさる夏の夜の月

  『柿園詠草』(詞書略) 加納諸平
旅衣わわくばかりに春たけてうばらが花ぞ香ににほふなる

  『草径集』(茨) 大隈言道
いばらさへ花のさかりはやはらびて折る手ざはりもなき姿かな
(棘)
卯の花の雪にまがふにまがひても川辺のいばら盛りなりけり

  『海士の刈藻』(山王祭のかへさ志賀の山ごえにて) 蓮月
朝風にうばらかをりて時鳥なくや卯月の志賀の山越

  『思草』佐佐木信綱
語らひし木かげやいづら古里の道たえだえに野茨(のばら)はなさく

  『みだれ髪』与謝野晶子
野茨(のばら)をりて髪にもかざし手にもとり(なが)()野辺(のべ)に君まちわびぬ

  『氷魚』島木赤彦
五月雨(さみだれ)になりたるならむ街うらににほひ(いちじ)るき野茨(のいばら)の花

  『烈風』前田夕暮
野茨ああ野ばらあるかなきかの微風のなかに私を歩ませる

  『山桜の花』若山牧水
道ばたの埃かむりてほの白く咲く野茨の香こそ匂へれ

  『銀』木下利玄
ほのほのとわがこころねのかなしみに咲きつづきたる白き野いばら

  『芥川龍之介歌集』
刈麦のにほひに雲もうす黄なる野薔薇のかげの夏の日の恋

白氏文集卷十七 薔薇正開、春酒初熟。因招劉十九・張大・崔二十四同飮2010年05月13日

庚申薔薇 鎌倉市大船フラワーパーク

薔薇(さうび)正に開き、春酒(しゆんしゆ)初めて熟す。()りて劉十九・張大・崔二十四を招きて(とも)に飲む  白居易

甕頭竹葉經春熟  (もたひ)(ほとり)竹葉(ちくえふ)は春を経て熟し
階底薔薇入夏開  (はし)(もと)薔薇(さうび)は夏に入りて(ひら)
似火淺深紅壓架  火に似て浅深(しんせん) (くれなゐ)は架を(あつ)
如餳氣味綠粘台  (あめ)の如き気味 (みどり)は台に(ねば)
試將詩句相招去  試みに詩句を(もつ)相招去(あひせうきよ)せん
儻有風情或可來  ()風情(ふぜい)有らば(あるい)(きた)るべし
明日早花應更好  明日(みやうにち)早花(さうくわ)(まさ)に更に()かるべし
心期同醉卯時盃  心に期す (とも)卯時(ばうじ)の盃に酔はんことを

【通釈】甕のほとりの竹の葉が緑を増したように、甕の中の酒は春を経て熟し、
(きざはし)のもとの薔薇は夏に入って開いた。
花は火に似て浅く深く紅に燃え、棚を圧するように咲いている。
酒は飴のように濃厚な風味で、その緑は甕を溢れ台に粘り付いている。
試みに詩句で以て客を招待してみよう。
もし情趣深ければ、あるいは訪ねてくれる人もあろう。
明朝の花は今日より更に美しいに違いない。
願わくば、共に朝酒の盃を交わし酔わんことを。

【語釈】◇竹葉 文字通り竹の葉を指すと共に、酒の異称でもある。和歌の掛詞の技法に同じ。◇早花 早朝に咲く花。◇卯時盃 卯時(午前六時頃)に飲む酒。

【補記】白氏版「酒とバラの日々」。『和漢朗詠集』巻上「首夏」に首聯が引かれている。『千載佳句』にも。また『栄花物語』『源氏物語』『堤中納言物語』や謡曲『養老』ほか、多くの作品が両句を踏まえ「甕のほとりの竹の葉」「階のもとの薔薇」に言及している。なお写真は中国原産の薔薇で、多くの品種のもととなった庚申(こうしん)薔薇。

【影響を受けた和歌の例】
(はし)のもとに紅ふかき花の色もなつきにけりと見ゆるなりけり(公朝『夫木和歌抄』)

【参考】『源氏物語』賢木
階のもとの薔薇(さうび)けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。

和歌歳時記:薔薇(さうび/しやうび) China rose2010年05月13日

庚申薔薇 大船フラワーセンター

日本には薔薇の原生種がいくつかあり、「うばら」「いばら」と呼んでゐた。同じ薔薇の仲間でも、唐土から渡来したものは漢語「薔薇」を音読して「しやうび」「さうび」と呼び、在来種の薔薇とは別物と見てゐたやうだ。本章では、近代以降大量に渡来し栽培された西洋薔薇(ばら)は除き、古く中国から舶来した薔薇(さうび)を詠んだ歌のみを取り上げたい。

古今集には「さうび」を題とした歌が見え、西暦10世紀初めには既に渡来してゐたことが知られる。

『古今集』 さうび 紀貫之

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり

「今朝(うひ)に」に「さうび」の名を隠した物名歌である。今朝、初めて見たその花の色を「あだなる物と」言ふべきであつたよ、といふ歌。この「花」は題の「さうび」を指し、当時薔薇がまだ珍しい花であつたと知れる。「あだなる」は「徒なる」とも「婀娜なる」とも取れるが、ここは両義を籠めたと見たい。はかないけれども、美しい、といふことだ。「あだなる」と言ふ色は紅である。和歌における「さうび」は紅と定まつてゐた。

『原色牧野植物大圖鑑』によれば、平安時代に渡来して賞美された薔薇は庚申(かうしん)薔薇、別名長春花(上の写真参照)。中国四川・雲南の原産。一年を通して何度も咲くので、隔月を意味する庚申月に因んだ名といふ。しかし最もよく咲くのは初夏である。

バラ ブルボン系
庚申薔薇から作出された紅薔薇

和名が付かなかつたために、物名歌の題として以外滅多に詠まれない時代が続いたが、近世になると、薔薇(さうび)の花そのものを写した歌も僅かながら見られるやうになる。

志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集』 薔薇(さうび) 橘曙覧

羽ならす蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲くさうびかな

「窓をうづめて」と言ふのは垣根に絡みついたさまだらうか。とすれば、当時流行した難波茨(ナニハイバラ)の白花などを想像しても良ささうだが、古歌の例からすると、やはり紅い薔薇と見るべきだらうか。いづれにせよ、華やかな薔薇の存在が、羽音をたてる蜂も「あたたか」に見せるといふ、初夏の窓を鮮やかにスケッチした歌だ。

**************

  『西国受領歌合』 作者未詳
今年うゑて見るがをかしさ(うひ)に咲く花の枝々くれなゐにして
色ふかくわきてか露のおきつらん今朝うひに咲く初花の色

  『夫木和歌抄』(さうび) 権僧正公朝
(はし)のもとに紅ふかき花の色もなつきにけりとみゆるなりけり

  『うけらが花後編』(さうび) 橘千蔭
鶯のあさうひごゑを鳴きつるはきのふと思ふに春ぞ暮れゆく

雲の記録2010年5月15日2010年05月15日

2010年5月15日午前5時

おだやかな明け方。午前五時の空。
毎朝これくらいの時刻に目を覚ますが、どんどん夜明けが早くなってゆき、もう日の出を拝めなくなってしまった。

雲の記録201005162010年05月16日

2010年5月16日午後12時

久々の雲日和。涼しかった午前中は巻雲や飛行機雲の見える空、気温の上がった午後は浮雲が悠々と流れる空。

雲   杜牧

盡日看雲首不回  尽日(じんじつ)雲を看て(かうべ)(めぐ)らさず
無心都大似無才  無心都大(すべて)無才に似たり
可憐光彩一片玉  憐れむ()し光彩一片の玉
萬里晴天何處來  万里の晴天(いづ)れの処よりか(きた)

雲の記録201005212010年05月21日


2010年5月21日午後12時53分奈良県葛城市
葛城山地と飛行機雲。奈良県葛城市にて、午後一時頃。カラッとはしていたが、真夏の暑さだった。

2010年5月21日18時43分新幹線車内より
帰りの新幹線より。午後六時半頃、小田原辺り。