浸天秋水白茫茫 ― 2010年10月03日
白氏文集卷十六 登西樓憶行簡
每因樓上西南望
始覺人閒道路長 始めて覚ゆ
礙日暮山靑簇簇 日を
浸天秋水白茫茫 天を
風波不見三年面
書信難傳萬里腸
早晩東歸來下峽
穩乘船舫過瞿唐
【通釈】楼に登って西南を望むたびに、
改めて二人の間の距離の遠さを思う。
陽を遮る夕暮の山が青々と幾重にも連なり、
天を浸す秋の川が白々と遥かに流れている。
身辺の激変で、三年も顔を合せていない。
手紙も伝え難く、万里を隔てて断腸の思いだ。
おまえがいつか東に帰って来て、三峡を下り、
穏やかに船に乗って瞿唐峡を過ぎんことを。
【語釈】◇人間 人と人の間。ここでは作者と弟の行簡の間。◇簇簇 群がり集まるさま。◇風波 激しい変動。白居易が左遷されたことを暗に指す。◇早晩 いつ。当時の俗語という。◇船舫 船、特に筏船。◇瞿唐 長江の難所、三峡の一つ。四川省奉節県の東。杜甫「瞿唐両崖」などに詠まれている。
【補記】江州(江西省と湖北省南部にまたがる地域)に左遷されていた時(作者四十代半ば)、江州府の西楼に登り、弟の行簡を思い遣って詠んだ詩。行簡は当時蜀(四川省)にいたという。
和漢朗詠集巻下「山水」に第三・四句が引かれ、両句を題に詠んだ和歌が幾つか見られる。
【影響を受けた和歌の例】
・「礙日暮山青蔟蔟、浸天秋水白茫茫」の句題和歌
秋の水は秋の空にぞ成りにける白き波間にうつる山影(慈円『拾玉集』)
山をこそ露も時雨もまだ染めね空の色ある秋の水かな(藤原定家『拾遺愚草員外』)
・「浸天秋水白茫茫」の句題和歌
すさまじと見る秋風の空の雲それもたちそふ水の白波(下冷泉政為『碧玉集』)
霧わたる水のながれ洲末晴れて明け行く波も秋風の空(後柏原院『柏玉集』)
月ぞすむ与謝の浦風はるばると秋なき波に秋をひたして(邦高親王『邦高親王御集』)
いつとなき富士のみ雪の面影もただ秋風の田子の浦波(三条西実隆『雪玉集』)
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