新刊のお知らせ ― 2015年02月10日
電子書籍を新たに刊行しましたのでお知らせ致します。
「拾遺愚草全釈シリーズ18 文集百首」
「拾遺愚草全釈シリーズ19 韻字四季歌」
「拾遺愚草全釈シリーズ20 藤川百首」
「訳注久坂玄瑞全歌集」
アマゾン
楽天
「拾遺愚草全釈シリーズ」はやっとこれで全巻完結です。
「訳注久坂玄瑞全歌集」の草稿は六年ほど前に書いたもので、いつかウェブサイトに発表するなり自費出版するなりしたいと思っていましたが、「江月斎歌稿」の編者である故福本義亮氏の編集著作権の問題から公開は控えていました。一昨年で福本氏の著作権が消滅し、また今年は玄瑞の妻が主役となる大河ドラマが始まったというので、これを好機と、電子書籍として出版することにした次第です。もとより出版にあたっては全面的に推敲・校正し、また新たに「略年譜」と解説「久坂玄瑞の和歌について」を書き足しました。
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』―はじめに― ― 2015年02月12日
私は旅が趣味だったと言っても良いくらいの旅好きで、海外旅行の経験は乏しいものの、日本は釧路から西表島まで、全国各地をかなり歩き廻っている方だと思います。しかし、今は事情あって身体が自由になりません。そこで旅の本を読んだりして心を慰めることが多いのです。中でも好きなのは、昔の歌人の紀行文、そして名所和歌などを集めたアンソロジーです。最近、佐佐木信綱が大正八年に出した『和歌名所めぐり』という面白い本(博文館刊)を入手し、愛読しています。この書のユニークなところは、鉄道の路線別に和歌の名所を部類しているところでしょう。目次は次のようになります。
一 東海道線
二 京都附近
三 伊勢方面
四 大和紀伊方面
五 大阪神戸附近
六 山陽線
七 山陰線
八 四国
九 九州
十 中央線
十一 信越線
十二 北陸線
十三 総武線
十四 常盤線
十五 東北線
十六 磐越線、奥羽線
十七 北海道及樺太
十八 台湾
十九 朝鮮及満洲
二十 支那及印度
二十一 欧米及其他
名所は東京の皇居からアフリカの喜望峰にまで渡ります。万葉歌人から当時の同時代の歌人まで、各時代の名所詠を読み味わいながら、旅した懐かしい風景を思い出したり、未知の土地に想像を巡らしたりします。
同時代の歌人は佐佐木信綱の主宰した歌誌「心の花」の同人に偏りますが、時に白蓮や片山廣子といった名が出てきてはっとさせられるのも、この本の楽しみの一つです。
佐佐木信綱の選から漏れた名歌・秀詠を補いつつ、これまで撮り貯めた写真や、フリー素材の写真と併せ、ブログで「和歌名所めぐり」を連載してみようと思います。
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線1 東京 ― 2015年02月12日
一 東海道線
東京
皇城
万代のかげこそこもれ宝田の千代田の宮の松のむら立
桜咲く御国しらすと百敷の千代田の宮に神ながらいます
まかがやく黄金御輦春風にかがやき出でぬ玉敷ける橋
東京駅
東京、東京、幾年われの思へりし都にまづぞ我は着きにける
日比谷公園
喨々と一すぢの水吹きいでたり冬の日比谷の鶴の嘴
銀座
ある朝の銀座の街の時計台ものめづらしく仰ぎつつ行けり
上草履午後の休みに出でて踏む銀座通りの春の土かな
上野公園
雨にして上野の山を我が越せば幌のすきまよ花の散るみゆ
動物園のけものの匂ひする中を歩むわが背の秋の日かげよ
上野山下枝を垂れてさく花のおくにどよめく桜人のとも
浅草公園
織るが如き人かげ絶えて浅草の御寺しづかに月さし出でぬ
打水が燈かげに光る仲見世の敷石ふめばさわやぐ心
隅田川
墨田川みのきてくだす筏士にかすむあしたの雨をこそしれ
隅田川花のよどみにうく鳥の桜羽ぎる春のゆふぐれ
すみだ川長き堤も春の日もみじかくなすは桜なりけり
よしきりや列をはなれて小さき帆の綾瀬に折れし昼下りかな
両国橋
光の華み空にみだれ大伝馬、小伝馬、艀、川をうづめぬ
東京こゝかしこ
大門の車庫の広場に品川の鷗の遊ぶ冬のあけぼの
よし町へ銀のたけなが買ひにゆく夜を美しう春の雨ふる
粉雪ふるいかだの上を白鷺がひよい〳〵歩む上木場の堀
霜白し愛宕の塔にぽつかりと朝日はさして夜あけぬるかな
つぎつぎに草の名を問ふ幼子と植物園をたどる春の日
池上本門寺
大森駅の附近、日蓮上人示寂の処。
池上や千部経よむ春卯月霞む野路ゆく人のむれかな
祖師ねぶる池上山のよひ月夜杉の上行く山ほとゝぎす
補録
東京
東北の町よりわれは帰り来てあゝ東京の秋の夜の月
隅田川
我がおもふ人に見せばやもろともにすみだ川原の夕暮の空(藤原俊成)
隅田川堤にたちて舟待てば水上とほく鳴くほととぎす(加藤千蔭)
つくばねの高嶺のみゆき霞みつつ隅田河原に春たちにけり(村田春海)
隅田川なか洲をこゆる潮先にかすみ流れて春雨の降る(井上文雄)
追ひつぎて花もながれむ角田川つつみの桜かげ青みゆく(大国隆正)
永代橋
永き代の橋を行きかふ諸人はおのづからにや姿ゆたけき(田安宗武)
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線2 川崎・横浜 ― 2015年02月13日
川崎
東南二十町に川崎大師あり。
六郷の河原に淡き夢を見る月見草などうらがなしけれ
厄よけに大師詣での帰り道おちゐし胸によき富士を見つ
横浜
横浜に錨おろせるペルリにかはりてよめる
武蔵の海さしいづる月は天飛ぶやかりほるにやに残る影かも
○
船の燈がさぎりの中に語らへる湊の夜こそなまめかしけれ
秋近し野毛山の鐘夜を呼びて港の町はいま燈ともりぬ
三渓園
本牧にあり、原氏の庭園。
渓水の清き岩間ゆさしいづる一枝の梅にまづ春はきぬ
風鐸のひゞく松かげ些かのうれひにつかれ夕月をみぬ
べに芙蓉すがためでたく咲き出でて横笛庵に初秋は来ぬ
丘の上は風たつらしも塔の風鐸の音をわたどのに聞く
まろき山のあららぎ見ればはしけやし大和を思ひ心ときめく
杉田梅林
本牧より浦つゞきにて一里あまりのところ。
朝の風丘びの梅のうれ吹けば梅が香遠く海にかをりぬ
補録
横浜
春の色の海よりのぼるかげろふに半ばそめたる安房の浦なみ
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線3 鎌倉・藤沢 ― 2015年02月14日
大船駅は横須賀線の分岐点なり。この線にて鎌倉、江の島、逗子、葉山等に到るべし。
鎌倉
鎌倉のよるの山おろし寒ければみなのせ川に千鳥なくなり
比企が谷鳴きつかれたる茅蜩の声のうちより夏の日くれぬ
汐あむと外国人もひろ袖の浴衣軽げに浜におりゆく
滑川芦のそよぎに心ひかれ遠世の人を忍びかにおもふ
しめりたる苔の香さむし星月夜かまくら山のおくつき所
極楽寺椿のまろ葉青光る日に温まり浪のおとをきく
山茶花も散りまじりたる落葉道薄日匂へり扇が谷は
太鼓うつ日朝堂のあさづとめ百日紅のはら〳〵とちる
鶴岡八幡宮
宮柱ふとしき立てて万代にいまぞ栄えむ鎌倉の里
水色の鎌倉山の秋かぜに銀杏ちりしく石のきざはし
長谷大仏
夜ふけて、大仏に詣でて
しづかなる月の光にながむればわれも仏にならんとぞ思ふ
○
鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな
長谷観音
大慈大悲観世音菩薩ましませるみ堂の庭の朝桜かな
夕暮をおばしまにより歌思へば月長谷寺の上ににほへり
長谷寺やまうづる道の梅の花吾子にちり来て尊かりけり
はせ寺の若葉のひまを見え隠れ西洋人のさす日傘かな
稲村が崎
山井が浜西方の岬。
剣太刀とぎし心はわたつみの神もあはれとうけやしつらむ
七里が浜
かぢめ干す七里が浜の海士の子も秋風ふけばさびしといひぬ
朝の日が金の針もてまぶしくも冬の海面ちかちかとさす
一年も逢はざるが如すがりつく浜に遊びて帰り来し子が
腰越
鎌倉より江の島に到る間にあり。古くみこしの崎といへり。
鎌倉の見越の崎の岩壊の君が悔ゆべき心は持たじ
静かにもはまの露草目さめけりさぎりのうちのさざなみの歌
めづらしく雨ふるらむか波の音七里が浜のあたりにきこゆ
片瀬
鎌倉の西口。
片瀬川吾がのる小舟こぎなづみ夕潮ざゐに小いな飛びとぶ
わが宿の牡丹の花の客人は近きみ寺の白鳩の群
浜の草の葉ずゑの蛍風すずしく江の島の方へ飛びゆきしかな
片瀬のや御寺を近み我宿の軒にも鳩は飛びかひにけり
江の島
江の島へ通ふ海原路絶えて満ち来る春の汐の上の雨
江の島の岩が根ちかく近づきぬはるかに見えし沖の白帆の
鵠沼
片瀬の西。
わが庵は鵠沼のさと空青く松原つづく富士の裾まで
松多き砂原路をさく〳〵とふみ行く袖に粉雪ちり来る
松原につゞく麦畑雲雀うたふ声聞きつゝも遠く来にける
補録
鎌倉・鶴岡八幡宮
ま愛しみさ寝に我は行く鎌倉の美奈の瀬川に潮満つなむか
薪こる鎌倉山の木垂る木をまつと汝が言はば恋ひつつやあらむ
君まもる鶴の岡べの神垣によろづ代かけよ月のしらゆふ
鶴の岡や秋のなかばの神祭ことしは余所に思ひこそやれ
鎌倉の里にまかりて見けるに、あらぬさまに荒れはてて所々に神の御社などもかたばかりなる中に、荏柄の宮にまうでて梅のさきたるを見て
里ふりぬなに中々の梅が香は春やむかしも忘れぬる世に
木がくれに風をたためる心地して扇が谷はすずしかりけり
片瀬
浦ちかき砥上が原に駒とめて片瀬の川のしほあひぞまつ
うちわたす今や潮干の片瀬川おもひしよりも浅き水かな
かへりきて又見むこともかたせ川にごれる水のすまぬ世なれば
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線4 逗子~三浦三崎 ― 2015年02月15日
逗子
切ぎしの小坪の山の崖の上の赤き一つ家夕照りにけり
枯芦に海の鳥来て餌をあさる御最後川のゆふぐれの風
田越川海に入る浪かへる浪白きが上を飛ぶ蜻蛉かな
葉山
葉山に供奉しける時御苑の中の磯辺なる御茶屋にて
岩がねを研ぎてあらひて君が為波も心はくだくべらなり
相模の海葉山の磯の島々も秋とや知らむ波の越ゆれば
このあした名島が沖に鰯よると磯山の上にほらの貝ふく
赤き帆のヨットが海に走る日を小さき客人来ましつるかな
海なごみ金色の雲そらにわく今宵の富士はわが心かも
金沢
田浦より一里半。称名寺、金沢文庫の旧跡等あり。
色ふかき谷の紅葉のあひだよりみどりに見ゆる金沢の山
楼をめぐる入江をぐらく時雨して静にならぶ船のほばしら
春浅み文庫のあとに人見えず花咲きかをるいくもとの梅
夕立にけぶる夏島野島山わが金沢の夏のよろしさ
山鳩の哀しき声よあれはてし文庫のあとに我たちゐたり
横須賀
冬は来ぬ掃き寄せられし鉄屑のさびたるまゝに凍れる小川
ひた〳〵と工場の外の石垣に潮よせくれば油が光る
はなれ島土手めぐらせる火薬庫の赤旗に照るしづけき午の日
土はこぶトロの軌道のすきまにも若草もゆる春は来にけり
浦賀
港風あらき浦賀の夕立にあめりか船は行方知らずも
対岸の古き家並に日が照れりよごれし旗の風になびける
三浦三崎
東京湾の入口に突出せり。横須賀より東南六里余。新井城址に帝国大学の臨海実験所あり。
榛の木の黄なる垂花咲きみだれ三浦岬の山明るかり
若草の島山の上に燈台の真白きが目にいた〳〵しけれ
三崎の宿沖の汽船のさ夜ふけてほうと招けば家の恋しも
胸にあまる笹生に立ちて岩しまの岩うちゆする波を見るかな
三崎なる灯台の灯の青き色わなゝきて闇に消えぬさびしさ
潮どよみ雨の降れれば青色の燈台の灯もわびしかりけり
そぼ〳〵と三崎の雨に濡れそぼち汽笛をあぐる古き汽船よ
初夏の雲うく水田苗代田松の木の間にひかるいりうみ
臨海試験所
浜ゆふの厚き葉にそと手をふれて磯のかをりに親しみにける
油壺
我前に青き海こそ開けたれ麦畑かをる坂をのぼれば
入海のくらき山かげは大海を離れこし波もさびしくあるらむ
たらちねの母の乳房による如も入江の隅にねむれる小舟
三浦半島
山脈の海にと走るみんなみの相模の国を秋風に行く
補録
佐島
この島を北限とせる浜木綿の身を寄せ合ふがごとき茂りよ
草質といへど逞し浜おもと佐島の磯にいのち根づきし
油壺
脂壺しんととろりとして深ししんととろりと底から光り
三崎
三崎といふ所へ罷れりし道に磯辺の松年ふりにけるを見てよめる
磯の松いく久さにかなりぬらむいたく木だかき風の音かな
南向く三崎の海は夕ぐれも朝もひとしき水浅葱かな
伊豆人はけふぞ山焼く十六夜の月夜の風にその火靡けり
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線5 茅ヶ崎~湯河原 ― 2015年02月16日
東海道本線に立ち帰りて西すれば程なく茅が崎に到る。
茅が崎
北一里に大岡越前守の墓あり。
花と散り玉とくだくる白波に光を添へて月は出にけり
姥島はうす暗き海に黙しをり淋しきうたを波はさゝめく
踏切をこえてゆく頃落日の前にたゝずむ山のむらさき
問ひてまし語りてましをあまた世をへだててけりな道の友垣
平塚
鳴くは雲雀樹は皆松の平塚の浜街道を大磯へゆく
大名の行列のさまふと思ふ東海道の松並木道
大磯
かさなりあふ岡辺の庭の白梅はかつ〴〵咲きて夕日にてれり
磯山の松の葉越の月もよし遠く聞ゆる浪の音もよし
一しきり降て晴にし夕立に花水川はうはにごりせり
鴫立つ沢
大磯にあり。
心なき身にも哀は知られけり鴫立つ沢の秋の夕ぐれ
あはれさは秋ならねども知られけり鴫たつ沢の昔たづねて
鴫たちし昔の秋は知らねども今はた寂し夕暮の雨
淘綾の磯
大磯、二の宮、国府津付近の海岸をいへり。
こよろぎの磯立ち馴らし磯菜つむ童ぬらすな沖にをれ浪
見るがうちに磯の浪わけこよろぎの沖に出でたる海士の釣舟
こゆるぎの磯うつ浪のしぶきより朝霧立て秋は来にけり
高麗山は青葉の袖におほはれて夏になりぬるこゆるぎの磯
国府津より小田原、箱根へ電車あり。小田原より湯河原、伊豆山熱海へ軽便鉄道あり。
小田原
後北条氏数代の旧地、二宮神社あり。小峯の梅林あり。
日々〳〵につもる心のちりあくた洗ひ流してわれを尋ねむ
秋風は海を渡りて小田原の庇みじかき町並を吹く
小峰のやなぞへにさける梅林子ら喜びてのぼりおりすも
石橋山
小田原より南一里。源頼朝挙兵の古戦場。
なでしこのむれ咲く岩をあらけなく槌もてくづす石橋の山
真鶴の岬を遠く走り行く帆を張る船の三つ四つ二つ
天の恵地のうるほひゆたかなる伊豆に幸あり此柑子みよ
大春は未だ来らずしかすがに枯草山のいただき霞めり
湯河原

小田原の南方、相模と伊豆との国境をなせる渓谷。
足柄の土肥の河内に出る湯の世にも確に妹がいはなくに
神の代に神のほりけむ古へゆ今もかはらぬ伊豆の走り湯
遠山の峯紫にくれそめてともし火匂ふ湯の山の里
湯の宿のおばしま淡き薄月夜そともの沢に河鹿声する
伊豆の国いでゆの村の日うら〳〵こがねたわゝにみのる橘
藤木川清き流のむかう前きぬ洗ふとて今朝も賑はふ
湯河原や町の中ゆく藤木川瀬の音にまじるうぐひすの声
補録
大磯
昨日こそうしほあみしか大磯のいそふく風に千鳥なくなり
淘綾の磯
逢ふことをまつに月日はこゆるぎの磯に出でてや今はうらみむ
わかめ刈る春や来ぬらむこゆるぎの磯のあま人波にまじれり
こよろぎの磯より遠く引く潮にうかべる月は沖に出でにけり
百くまのあらき箱根路越え来ればこよろぎの磯に浪のよる見ゆ
湯河原
湯気白し藤木の流とどめんとするにもあらず添ひて流るる
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線6 伊豆半島 ― 2015年02月17日
伊豆山
小田原より南方約六里の海岸にある温泉地。
伊豆の国山の南に出づる湯のはやきは神のしるしなりけり
渡つ海の中に向ひていづる湯のいづのお山とうべもいひけり
伊豆山のつら〳〵椿花ゆ花に小鳥あさるなりながき春日を
なみの音を日々の友とし暮す身に海静なるは物たらぬかな
あたたかき弥生なかばを伊豆山のだん〳〵畑麦長うして
波にまかれよせては返す磯の小石音の寒しも日のくれゆけば
梅雨のふりみふらずみ濃く薄く墨絵に似たる伊豆の島山
熱海
小田原より南方七里の海岸にある温泉地。
伊豆の海のかつをつり舟幸を多みゆくら〳〵に漕ぎ帰るみゆ
しづかなるあたみの浦の春雨に釣する海人の船ぞかずそふ
いつまでもここに住まばや大島も小島もおのが物がほにして
吹く風に浪のうき霧ややはれて錦が浦ぞ月になりゆく
伊豆の海静かに晴れて大島の三原の山に雪降れる見ゆ
雨晴れて海の静けさ初夏の沖の初島ねむれるごとし
大戸あけて買物に出づる夜の女湯の里なれば艶なる初春
明わたる浦の初島はつ雪のちりかふ空に千鳥なくなり
梅林の梅まだ早し人稀に蜜柑うる子の寒き顔かな
線ひきて汽船は伊東へ出でにけりその道たどりわが心ゆく
海静かに伊豆山沖の真白帆の二枚張まで見ゆるあかるさ
日金山
また十国峠といふ。
富士の嶺もあしたか山もうち霞み楽しみてこし心たがひぬ
日金山十国のながめ春の日をひねもす見てもあかじとぞ思ふ
雲の影ちがやの山を走りゆけばほじろ山がら空にむれ立つ
伊東
熱海より南方数里の海岸にある温泉地。
船酔も忘れはてつつ湯の宿のおばしまによりて海を眺めぬ
真昼日のまぶしき庭のかたすみの百日紅に海の風ふく
音無の森の朝かぜ秋めきてあるかなきかの虫の声する
雨の日や貝がらちれる磯町をありきなづみぬ病む子たすけて
若々しき湯女のわらひ声海の音鶯のねに一日くれぬる
下田
伊豆南端の港。
秋風の天城嶺こえて此夕べ下田の海に雁が音きゝぬ
伊豆の海の下田の港そのかみを忍びつつ沖の波をみるかな
街道を遠く来ぬれば田の果に下田は煙うちなびきつつ
大島を背面になして行く舟の真帆吹き送る山おろしの風
補録
伊豆山
影ともにふもとの海に落ちてけり東の月のいづの山風
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線7 伊豆七島 ― 2015年02月18日
伊豆の海
伊豆の海や沖の波路の朝なぎに遠島きえてたつ霞かな
物もなく沖はれわたる朝なぎになほ霞みけり伊豆の七しま
伊豆の海や入江入江の浪のいろ濁り黄ばみて秋の風吹く
大島
伊豆半島の東方沖にあり。山を三原山といふ、火山なり。
炭やきの翁の小屋に水こひて半はわかぬ物がたりきく
大島や三原の山の麓辺は桜椿のいま盛なり
白煙は渦巻き登るひさかたの天つ日影は光あやふし
火の島のつら〳〵椿つら〳〵に物をぞ思ふ人の子故に
南の孤島の春の磯山にわれ手をとりて脈拍をきく
きさらぎの三原の山の御神火の本土になびく朝ごちの空
花もりの神ここにすみてとことはに椿にほへる大しま島山
うみにそふふもと焼原雨になりて三原の煙ひくく舞ひくだる
船にあまる大帆はなゝめ船なゝめとぶ鳥なして黒潮よぎる
島少女何かかたらふ島つばき花ちるかげに牛をつなぎて
切割のこけの岩みち土の香のしめれる道のひなぎくの花
親しうなりし島の誰彼まさきかれと船に寄りきぬ椿手に〳〵
八丈島
伊豆七島のうちの最南の島。
八丈男子妹がりゆきぬ魚さへも鰭破るとふ荒海月夜
補録
伊豆の海
文永二年の春、伊豆山にまうでて侍りし夜、くもりもはてぬ月いとのどかにて、浦々島々かすめるをみて
さびしさのかぎりとぞ見るわたつ海のとほ島かすむ春の夜の月
となりには初島みえて七島は潮気にくもる伊豆の海ばら
いかばかり心ゆくらむ伊豆の海や浪にうつろふ月の夜ごろは
伊豆の海や見ゆる新島三宅島大島嶺は雲居棚引く
皐月の雲のかげりにうすき藍をひきうすき藍ひき伊豆が崎が見ゆ
伊豆大島
数知らず伊豆の島より流れくる椿の花と見ゆるいさり火
大島はそらになづめりかなたにも夕ベせまれば水くむやをんな
牛ひきてかへる少女に路とひて島の言葉を又おぼえけり
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線8 箱根 ― 2015年02月19日
更に小田原に還りて西すれば箱根山に入るべし。
箱根
国府津より約三里。
玉くしげ箱根の山をいそげども猶あけがたき横雲の空
箱根路はもみぢしにけり旅人の山わけごろも袖にほふまで
はこね山のぼるみ坂の石かどの一つひとつに苦しかりけり
神山のをのへ雲立ちふもとべに青草そよぐまひるさびしも
木伝ひに霧らふ木立の奥深み白き馬はも尾をふりゐたり
夕暮は底ひに流れ山裾のゆるき斜面に百合おぼろ見ゆ
駕籠にして春の箱根を旅すればむかしながらの鶯の声
雨ふくむ山の嵐に靡きふす穂薄が原をはせ下りけり
老杉の深きしげみをわれ行けば静けきいろにゆらぐわが袖
谷川の音にかりねの夢さめてまた箱根路の月を見しかな
湯あがりの廊下を歩む身のほてり遠くにひびく山の風かな
宮の下いでゆのやどの雨さむし今宵ぞ峯に雪のつもらむ
谷川の瀬の音に心さえ〳〵て秋の夜さむき底倉の宿
湯の山の欅一本黄ばみたり石うづたかき河原の前に
宮城野の夜のあけがたをたをやかにそひふすさまの紅萩の花
天雲に山の草木もうちしめりゆふべしづけき蘆の湯のやど
芒かれて只焼石のころ〳〵と冬の二子のながめさびしも
暁の雨をふくめる二子山青くせまれりゆぶねの中に
二子山薄の銀に光る日は大島までも青き海なり
たそがれの静寂にうかぶ二子山その頂を白き雲ゆく
夕日湖を黄金にそめて山の上の離宮所清く静けし
雪の富士を眼前にして家ありぬぶなの大木の黄ばめる蔭に
箱根路の仙石原の夏の日に雲雀啼くなり声おとろへて
蘆の湖
箱根山上の湖水。
玉くしげ箱根の山の峰ふかく湖みえてすめる月かげ
ふたご山みねに北ゆく雲みえて夕立すなりあしの海づら
おそろしく火をふきし山の頂にかかるみづうみ誰かも造りし
火の山のいかりしづめて清き湖うまししことも神のたはむれ
湖尻のみち暮れゆきて何か知らず大きなる葉のしきり落つなり
五月晴紺青色の湖をましろき鳥の渡るもさびし
いつまでもいつ迄もわが船を見る寂しきか秋は湖畔の女
箱根路
箱根蘆の湖より鞍掛山、十国峠を経て、熱海の海岸に出づる山路。
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に浪のよる見ゆ
辛亥元旦弦巻山を経て熱海にまします皇孫殿下へ伺候せる道すがら
あな尊と弦巻山の朝げしき東は初日西は富士が嶺
千早ぶる神代ながらの朝日影年の初めに仰ぐ尊さ
○
風にゆらぐ山一面の薄の穂空の緑は静かにもだせり
谷わたる鳥ならなくに秋風の山かたつきて笹の露吸ふ
これより東海道本線にかへる。
足柄山
山北駅より駿河駅に通ずる鉄道付近の山をいふ。往昔は今の箱根地方をも総称せり。
わが末の世々に忘るな足柄や箱根の雪をわけし心は
足がらの関の山路を北ゆけば空もをぐらきここちこそすれ
あしがらや空は晴れゆく山かぜにつもる雪ちる竹の下道
足がらの八重山桜さきにけり春の嵐の関守もがな
旅人の朝ゆく駒のひづめより雲立ちのぼる足柄の山
足柄や関のむら山あきふけてしぐれもよほす峯のうき雲
足柄の山の山びことよむなりいづれの峰に舟木きるらむ
穂を垂れて黒き爛砂にやすらへり足柄ごえのみねの色草
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