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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近1 逢坂山~賀茂川2015年03月01日

賀茂川

京都附近

逢坂山を越えて汽車は京都盆地に入る。

逢坂山

大津より京都にむかふ途にある山。今は汽車のトンネルあり。古の逢坂の関の址、関の清水などこの山中にあり。

藤原高遠

逢坂の関の岩かど踏み鳴らし山立ち出づるきりはらの駒

後鳥羽天皇

鶯のなけどもいまだふる雪に杉の葉しろきあふ坂の関

宮内卿

逢坂や梢の花を吹くからに嵐ぞ霞む関の杉むら

兼好

逢坂の関ふきこゆる風の上にゆくへも知らずちる桜かな

藤原能清

あふさかの関の戸あくるしののめに都の空は月ぞのこれる

香川景樹

逢坂のせきの杉むらしげけれど木の間よりちる山ざくらかな

木下幸文

夜ふかくも出にけるかな逢坂の関屋に来てぞとりもなきける

山科

大石良雄閑居の址あり。

賀茂真淵

心とくきても見しかな山しなの石田の森のもみぢそめしを

木下幸文

朝たちて吾がこえくれば雨まじり竹葉たかはみだるゝ山科のさと

尾上柴舟

道の辺の竹葉の霜に朝日さし小鳥よくなく冬の山科

原田嘉朝

行きゆけば竹村のあなたこなたより鶯うたふ山科の道

戸井かね子

朝もやのうするるまゝに竹村のむらむら見ゆる山科の里

醍醐

山科より東南十六町。

藤原定家

手向して春やゆくらむ千早ふる長尾の宮の花の木綿ゆふしで

豊臣秀吉

深雪山帰るさ惜しき今日の暮花の面影いつか忘れむ

豊臣秀頼

治まれる時を待ち得て深雪山今日より千世と花ぞ咲きける

前田利家

相生の松に桜の咲添ひて深雪の山に千世を重ねむ

稲荷神社

稲荷駅の傍にあり。その後山を稲荷山また三つの峯といふ。

荷田春満

なく鳥のこゑもうもれて稲荷山くれ静なる雪のすぎむら

高橋残夢

みともしのかげ消そめていなり山うの花月夜ほのしらむなり

長谷川素水

うつくしき絵日傘つゞく稲荷道京のまひ子が花ぞめごろも

高畠式部

稲荷山はにの御鈴のふりはへて杉の下みちのぼるもろ人

与謝野晶子

夏の雨稲荷まつりの引き馬の鞍うつくしく雫するかな

賀茂川

京都市北方の山間よりいでて京都市を貫流す。

香川景樹

帰るべく夜はけたれど賀茂川の瀬のは高く月はさやけし

近藤芳樹

宿ながら見てあかすべき月夜かは賀茂までゆかむ川原伝ひに

大田垣蓮月

送火の火影しらみて賀茂川のぼにの月夜ぞあはれなりける

千鳥なくかも川堤つきふけて袖におぼゆる夜半の初しも

吉井勇

君とあればいつか河原の夜もふけて辻占売の声のきこゆる

安田靫彦

東山朝ぎりの中にまどろみて河原の石の一つづつ覚む

川田順

鴨川のかはらに白う流れたる春の霜夜の月あかりはも

九条武子

川床に友染洗ふ人も来ず千鳥しばなく春さむの家

大村八代子

夕涼み四条五条の橋の間にかがやきつづく燈火のはな

河杉初子

木屋町に宿れば悲し川千鳥ちろちろとなく瀬のにまじり

原口愛子

橋の下加茂の河原に子らあまた凧あげて居り元日のひる

補録

逢坂山

履中天皇

逢坂に遇ふや嬢子をとめを道問へばただにはらず当麻路たぎまぢ

蝉丸

これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬもあふさかの関

紀貫之

逢坂の関の清水に影みえていまやひくらむ望月の駒

伊勢よりのぼり侍りけるに、しのびて物いひ侍りける女のあづまへくだりけるが、逢坂にまかりあひて侍りけるに、つかはしける

大中臣能宣

ゆくすゑの命もしらぬ別れぢはけふ逢坂やかぎりなるらむ

藤原範永

有明の月も清水にやどりけり今宵はこえじ逢坂の関

良暹

逢坂の杉のむらだちひくほどはをぶちに見ゆる望月の駒

藤原家隆

逢坂や明ぼのしるき花の色におのれ夜ぶかき関の杉むら

石山にまうづとて、あけぼのに逢坂をこえしに

吉田兼好

雲の色にわかれもゆくか逢坂の関路の花のあけぼのの空

北畠具行

かへるべき道しなければこれやこの行くをかぎりの逢坂の関

伊達政宗

ささずとて誰かは越えむあふ坂の関の戸うづむ夜半のしら雪

良寛

逢坂の関のこなたにあらねども往き来の人にあこがれにけり

賀茂川

秋立つ日、うへのをのこども、賀茂の河原に川逍遥しける供にまかりてよめる

紀貫之

川風の涼しくもあるかうち寄する波とともにや秋は立つらむ

曾禰好忠

みそぎする賀茂の川風吹くらしも涼みにゆかむ妹をともなひ

藤原定家

誰がみそぎ同じ浅茅のゆふかけてまづうちなびく賀茂の川風

夏はつる扇に露もおきそめてみそぎすずしき賀茂の川風

後鳥羽院

夏と秋とゆきかふ夜半の浪の音のかたへすずしき賀茂の川風

伏見院

まだきより波のしがらみかけてけりみそぎ待つ間の賀茂の河風

洞院公賢

冬ふかみ賀茂の川風さゆる夜は汀の波ぞまづこほりける

三条実継

恋せじとせしみそぎこそうけずとも逢瀬はゆるせ賀茂の川波

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近2 東山~岡崎2015年03月02日

祇園白河

東山

京都の東方、山城近江の国境をなす連峯。

香川景樹

粟田山松の葉うづむ白雲のはれぬあさけになくほとゝぎす

埋火の外に心はなけれどもむかへば見ゆるしらとりの山

高畠式部

音羽山雪にのぼりてみわたせば九重のそらに花ぞふりしく

間島琴山

ひがし山祇園清水しろがねの箔をちらして春の雪ふる

清水寺

東山にあり。

河杉初子

京の子が日傘たたんでしやんなりと青葉うつくし清水のぼる

根岸光子

初旅の京のみやげと陶器すゑものの塔など買ひぬ清水坂に

祇園

京都東部、狭斜の地。

吉井勇

行く春の祇園はかなし舞姫が稽古がへりのうしろ姿も

賀茂川をゆく水よりもはかなしやその日その日の舞姫の恋

川田順

女たち小走りにゆく夜の霧に行燈あんどんの灯が紅うにじめり

朝場重三

ほとゝぎす京は八坂の御塔を南に過ぎぬありあけの月

九条武子

京言葉ふさはしこよひ宵宮の祇園ばやしのながれくる町

大橋豊子

春の夜はつなぎ団子の提燈ちやうちんのつゞく祇園のゆきずりもよし

高田春子

祇園町をどりのはてのちかづけば提燈の灯もはかなかりけり

黒谷

京都市東部にあり。金戒光明寺といふ、浄土宗の巨刹。

吉光寺朝子

雨あがり桐の花ちる黒谷のみ寺しづけきはつ蝉のこゑ

岡崎

京都東方にあり。今は市に入りて京都帝国大学など建てられ、閑静の趣は減じたり。

香川景樹

梟のこゑをしるべに帰るかな夕べをぐらきをかざきの里

大田垣蓮月

冬畑の大根おほねのくきに霜さえて朝戸出さむしをかざきのさと

をかざきの月見にきませ都人かどの畑いも煮てまつりなむ

東一雄

岡崎に友を訪ひての帰るさの時雨の雨もなつかしきかな

補録

東山

東山に百寺拝み侍りけるに、時雨のしければよめる

藤原道雅

もろともに山めぐりする時雨かなふるにかひなき身とはしらずや

大隈言道

東山のぼりも果てずまづ見れば都のしぐれ鳥羽にすぎゆく

八田知紀

朝日さすひむがし山の面影も遥かに霞む春は来にけり

清水寺

清水寺の夜の花見にまかりてよめる
香川景樹

照る月のかげにてみれば山ざくら枝うごくなり今かちるらむ

祇園

与謝野晶子

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき

人にそひて今日京の子の歌をきく祇園清水春の山まろき

木屋街は火かげ祇園は花のかげ小雨に暮るゝ京やはらかき

吉井勇

かにかくに祇園はこひしるときも枕の下を水のながるる

岡崎

香川景樹

妹と出でて若菜摘みにし岡崎のかきね恋しき春雨ぞふる

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近3 銀閣寺~志賀山越2015年03月03日

銀閣寺

銀閣寺

京都市の東北にあり。

川田順

松かぜや茶煙禅榻ぜんたふ風流は国に一人の東山殿

高田雪子

すがすがし青葉あらしに送られて菜花なのはな咲けるあぜ道をゆく

白河

京都市の東北の山麓にある村。

香川景樹

けさ見れば汀のこほり埋もれて雪のなかゆく白川の水

八田知紀

もえわたる庭の草もあらはれて烟ながるる白河の水

熊谷直好

巌きる槌のひびきに花ちりて青葉になりぬしら川のおく

鷲尾潜

京へ売る畑の蝦夷えぞ菊花さきて蝶むつれとぶしらかはの里

河杉初子

いにしへは三千の大衆かよひけむ白川口の春霞かな

志賀山越

京都市より東山を越えて近江国にいづる山路。

千種有功

志賀の山花に越ゆれば古への人も逢ふやとおもほゆるかな

高橋残夢

日ぐらしに越えはつべくもおもほえず花かげ多し志賀の山道

大隈言道

聞えずばなほこわ高に道とはむこなたにゆくや志賀の山越

木下幸文

かへるさは志賀の山ごえ暮はてゝきらゝの峰に鹿ぞ鳴くなる

大田垣蓮月

朝風にうばらかをりて郭公鳴くや卯月の志賀の山越

樺山常子

あゆみおそきつぼ装束の人ふたり志賀の山道花吹雪する

補録

白河

平定文

白河のしらずともいはじ底きよみながれて世々にすまむと思へば

上西門院兵衛

よろづ代のためしと見ゆる花の色をうつしとどめよ白川の水

源俊頼

白川の春の木ずゑを見わたせば松こそ花のたえまなりけれ

宗良親王

忘れめや都のたぎつ白河の名にふりつみし雪の明ぼの

小沢芦庵

ながれてのよにもかくこそ秋の月すみて久しき白河のみづ

香川景樹

里人はいはほ切り落す白河の奧に聞ゆるさをしかの声

明治天皇

いはほきる音もしめりて春雨のふる日しづけき白川の里

志賀山越

志賀の山越えにてよめる
春道列樹

山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり

志賀の山越えにて、石井のもとにて物いひける人の別れける折によめる

紀貫之

むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬるかな

西行

春風の花のふぶきにうづもれて行きもやられぬ志賀の山越え

藤原定家

袖の雪空吹く風もひとつにて花ににほへる志賀の山越え

藤原為家

峰の雲ふもとの雪にうつろひて花をぞたどる志賀の山越え

定為

にほひくる風のたよりをしをりにて花に越えゆく志賀の山道

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近4 洛北(山端~比叡山)2015年03月04日

延暦寺 根本中堂

はな

京都市の北郊、高野川に臨める岬端。

弘田長

山端やはなればなれの村々に霞みて匂ふ紅梅の花

詩仙堂

京都の北郊にあり、石川丈山隠棲の地。

石川丈山

渡らじな蝉の小川の浅くとも老の波そふ影もはづかし

橘曙覧

比叡の山ふもとの里に門とぢて剣を筆にとりぞ換へつる

与謝野尚絅

かきこもる木蔭かすかにともす火のうつりて涼し山のやり

東一雄

竹むらにまじる椿の花おちて門を入るよりなつかしきかな

比叡山

京都の東北に聳ゆ。寺あり延暦寺といふ。京都より登るに白川越、雲母きらら越等の道あり。

伝教大師

阿耨多羅あのくたら三藐さんみやく三菩提さんぼだいの仏たちわがたつ杣に冥加あらせ給へ

香川景樹

青柳の糸の絶間に見ゆるかなまだ解けやらぬ大比叡の雪

朝づく日さしも定めぬ大比叡のきらゝの坂に時雨ふる見ゆ

清水浜臣

夏しらぬかげもありけり大比枝や横川よがはに通ふ杉のしたみち

千種有功

千とせふるひえの杉村わけくれば夏さへ寒しひえの杉村

西田直二郎

峯ちかく鳶の越えゆく雲母きらゝ坂近江はさやに明けにけらしも

山田真吉

靄の上に朝日かゞやく比叡の嶺見のよろしもよ秋の朝けに

川田順

初秋や白川ぐちの露ふみて女もすなる比叡のぼりかな

補録

洛北

与謝野晶子

まちの雨比叡の小雪のゆきかひにみぞれとなりし京の北かな

比叡山

ひえにのぼりてかへりまうできてよめる

紀貫之

山たかみ見つつわが来し桜花風は心にまかすべらなり

曾禰好忠

大比叡やをひえの山も秋くれば遠目もみえず霧のまがきに

慈円

おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖

尊円親王

今もなほわが立つ杣の朝がすみ世におほふべき袖かとぞみる

十市遠忠

大比叡やかたぶく月の木の間より海なかばある影をしぞ思ふ

日枝の山なる音羽の滝の花を見て
熊谷直好

咲く花も滝もましろにあらはれて暮れゆく山のおくぞ淋しき

八田知紀

大比叡の峯に夕ゐる白雲のさびしき秋になりにけるかな

与謝野晶子

春の雁比叡の根本中堂に逢へるも知らずみづうみも越ゆ

斎藤茂吉

現在いまのうつつなるこよひはしづかにて杉まの砂に月照りにけり

中村憲吉

日の暮れの雨ふかくなりし比叡寺四方よも結界けつかいに鐘を鳴らさぬ

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近5 洛北(大原~賀茂)2015年03月05日

下賀茂神社 糺の森

大原

京都の北方にあり。惟喬親王閑居の地。

在原業平

忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見むとは

寂然

水のおとは枕におつる心地してねざめがちなる大原の里

山風に峰のささ栗はらはらと庭におちしく大原の里

小沢芦庵

わがごとや老てつかれし賤の女がおくれて帰るをのゝ山みち

加藤千蔭

大原やおぼろの清水名のみして秋は月こそすみわたりけれ

金子薫園

鐘鳴るや三千院のあかつきのすみわたる気に涙おちぬれ

木下利玄

大原や野菊花咲くみちのべに京に行く子が母と憩へる

八瀬
高田相川

高野川ながれを清み里の子もあひるも遊ぶ八瀬の大橋

武田祐吉

鳴きかはす鶯目白咲き乱るむかう岸辺の桜山吹

寂光院

大原にあり。安徳天皇の御母建礼門院隠棲の地。

建礼門院

思ひきやみ山の奥にすまひして雲井の月をよそに見んとは

後白河法皇

池水にみぎはの桜散りしきて波の花こそ盛なりけれ

与謝野晶子

ほとゝぎす治承寿永のおん国母三十にして経よます寺

河杉初子

ほとほとと打てばむなしき音たつる寂光院のまろばしらかも

うす明り御像にさせばかしこしや寂光院の春のゆふぐれ

寂光院にしるしの石文をものして
柳原安子

うづもるる身は露霜のふる塚も春だに花の雪にかくれむ

賀茂

上下の二社あり、鴨川の上流泉川と瀬見の小川と合流の地なるは下加茂神社にして附近の森をただすの森といふ、上加茂は更に一里の上流にあり。

藤原敏行

ちはやぶる賀茂のやしろの姫こまつ万代ふとも色はかはらじ

加藤千蔭

山あゐにすれる袂の霜さえて月かげこほる賀茂のみたらし

村田春海

みたらしの岩うつ浪もうづもれて雪しづかなる賀茂の御社

千種有功

若葉さすただすの森の夕月夜千鳥にはあらじ今の一声

金子薫園

下賀茂の二月の森はわが親のすがたの如くなつかしきかな

伴葛園

仕へやめて局すみます下賀茂の柴のとぼその紅梅の花

大谷紝子

賀茂の森いづれば遠く咲つづく菜の花畑にかがよふ夕日

補録

大原

和泉式部

こりつめて真木の炭やくをぬるみ大原山の雪のむら消え

西行

炭竈のたなびくけぶり一すぢに心ぼそきは大原の里

式子内親王

日かずふる雪げにまさる炭竈すみがまの煙もさびし大原の里

藤原定家

秋の日に都をいそぐしづがかへるほどなき大原の里

宗良親王

大原や雪降りつみて道もなし今日はな焼きそ峰のすみがま

香川景樹

召せや召せゆふげの妻木はやく召せかへるさ遠し大原の里

長塚節

ちまき巻く笹のひろ葉を大原のふりにしさとは秋の日に干す

寂光院

九条武子

書ひらけば寂光院のものがたりなみだぐましも秋の夜にして

賀茂

よみ人知らず

ちはやぶる賀茂のやしろの木綿ゆふだすきひと日も君をかけぬ日はなし

藤原俊成

川千鳥なれもやものは憂はしきただすの森をゆきかへりなく

いつきの昔を思ひ出でて
式子内親王

ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞ忘れぬ

出家の後、賀茂にまゐりて、みたらしに手洗ふとて

鴨長明

右の手もその面影もかはりぬる我をば知るやみたらしの神

藤原家隆

風そよぐならの小川の夕ぐれはみそぎぞ夏のしるしなりける

藤原定家

聞くごとにたのむ心ぞ澄みまさる賀茂のやしろのみたらしの声

順徳院

みそぎする賀茂の川波ゆふかけて糺の森にひぐらしのこゑ

田安宗武

何ゆゑと事はしらぬをあふひぐさ賀茂の祭に吾もかざせり

まつりの日
八田知紀

卯の花の白がさねして神山のみあれ見に行く今日にもあるかな

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近6 洛西(北野神社~三尾)2015年03月06日

清滝川 右京区嵯峨清滝町

北野神社

菅原道真を祀る。

鷲尾潜

今出川紙凧たこあぐる子に風寒し北野の宮の紅梅の花

岡田道一

大前のうす紅梅は咲きそめて古りし蔀に春の日のさす

金閣寺

足利氏経営の古寺。林泉頗よし。

石松東雄

小坊師が案内あないの声もかれはてて春の日ひくし衣笠の山

新井洸

たそがれの衣笠山のかげ冷ゆる池の面の黄の落葉はも

衣笠山

金閣寺背後の山。

八田知紀

佐保姫のうすみどりなる霞もてぬひあらためし衣笠の山

金子龍子

初雪を京にて見たりうれしくも衣笠山の初雪を見つ

並が岡

兼好法師閑居の地。

熊谷直好

朝日さすならびの岡の松の上になきかはしたる鶯のこゑ

門野珠子

ここにして筆をとりけむそのかみのおもかげうかぶ松風の声

御室

京都の西郊。

高橋捨六

仁清のむかしこひしみ春三月やよひ花の御室に窯跡かまあととひぬ

村田清子

京の春旅のをはりにちる花の中にまじりて仁和寺に来ぬ

鷹が峰

京都の西北鷹が峰に光悦の旧蹟あり。

加藤正義

鷹が峰苔むす庭の老松よ君がありけむ昔かたらへ

安田靫彦

光悦が窯師とかたるみなみ窓金泥皿にとけ入る朝日

ふうわりと月のぼりけり鷹が峰光悦村に見ゆる窯の火

左右田翠松

陶工すゑつくりよくやけたりし陶器すゑもののあけぼのの色を見つゝみをり

友野伴見

春雨のしとしととそゝぐ鷹が峰光悦の墓に白椿落つ

三尾さんび

高雄、槙尾まきのを栂尾とがのををいふ。紅葉の勝地。いづれも清滝川に臨めり。

藤原俊成

いはばしる水の白玉数見えて清滝川にすめる月かな

西行

降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川の水の白浪

香川景樹

筏おろす清滝川の滝つ瀬に散りてながるゝ山吹のはな

原三渓

清滝の竹むらつづき山の家に鶯きかむ初春に来て

原田照子

高尾山山をうづむる紅に清滝川も色染めにけり

高尾
吉井勇

君とする土器かはらけ投げの遊びさへいかに嬉しきものとかは知る

高尾ゆきのその帰り路は雨も晴れ星いでそめぬ京に入る頃

高田雪子

幾度か晴れくもる日に色かはる高尾の山の木々のもみぢ葉

補録

北野神社

永享九年正月一日、北野参詣よみ侍る
下冷泉持為

春ながら今年の空は初雪にふりはへ神のめぐみをや見ん

足利尊氏

神垣やあたり間ぢかく匂ふなり北野の宮の梅の下風

冷泉為村

雪とくる北野の宮居のどかにて春のめぐみに霞みそむらん

加藤千蔭

南より先づ咲きそめて日数ふる北野の梅ぞさかりひさしき

金閣寺

与謝野晶子

金閣寺北山殿の林泉にいつ忍び入り咲ける野薔薇ぞ

佐藤佐太郎

池の水ひろく湛へて金閣の廂の金はかがよひにけり

衣笠山

後水尾院

とはばやな衣笠岡の秋の色をきてみよとこそ鹿もなくらめ

並が岡

河内

思ふどちならびの岡の坪菫つぼすみれうらやましくも匂ふ花かな

建礼門院右京大夫

おぼつかな並の岡の名のみしてひとりすみれの花ぞ露けき

後宇多院

色々にならびの岡の初もみぢ秋の嵯峨野のゆききにぞ見る

ならびの岡に無常所まうけて、かたはらに桜を植ゑさすとて

吉田兼好

ちぎりおく花とならびの岡のべにあはれいくよの春をすぐさむ

御室

藤原定家

神さびていはふ御室の年ふりてなほ木綿ゆふかくる松の白雪

若山牧水

松の実や楓の花や仁和寺の夏なほ若し山ほととぎす

三尾

清滝川
神退

清滝の瀬々の白糸くりためて山分け衣織りて着ましを

源国信

岩根こす清滝河のはやければ波折りかくる岸の山吹

俊恵

筏おろす清滝川にすむ月は棹にさはらぬ氷なりけり

藤原定家

秋の水清滝川の夕日かげ木の葉もうかずくもるばかりは

千種有功

水上の高嶺の雪も今日とけて清滝川に春風ぞ吹く

与謝野晶子

ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清滝夜の明けやすき

高雄
後土御門院

なる神の音は高雄の山ながらあたごの峰にかかる夕立

栂尾
加納諸平

なべて世にかをりみちたる木の芽かな栂の尾山に植ゑ継ぎしより

大田垣蓮月

一枝も手折らばうけん栂尾の落葉はゆるせ秋の山守

中村憲吉

夕づきて川べにたかき栂の尾寺黄葉もみぢの谷にもやかかりたる

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近7 洛西(嵯峨)2015年03月07日

嵯峨 竹林の道

嵯峨

京都市西郊一帯の地。

香川景樹

野の宮の樫の下道けふ来れば古葉とともにちる桜かな

橘曙覧

木の芽煮てこの頃都売りありく翁を見けり嵯峨の花かげ

与謝野寛

竹筏青きがうへに桜散り油のごとき嵯峨のはるさめ

若山牧水

罌粟の実のまろく青きが並び居り清涼寺よりわが出で来れば

木下利玄

真萩ちるあしたの雨にそぼぬれて友とまうづる妓王妓女の墓

間島弟彦

嵯峨の奥大竹やぶの春の雨青み烟れり目路の限りは

樺山常子

還幸の御車ゆるうきしろひて花の雨ふる北嵯峨のみち

白蓮

花降る日小督の墓にぬかづけばはらからの如親しみ覚ゆ

蒲生直子

北嵯峨や尼によき子と乞はれてし昔なつかしはるの夕ぐれ

補録

嵯峨

嵯峨野にて馬よりおちてよめる
遍昭

名にめでて折れるばかりぞ女郎花われおちにきと人に語るな

嵯峨大覚寺にまかりて、これかれ歌よみ侍りけるによみ侍る

藤原公任

滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ

賀茂成助

小萩さく秋まであらば思ひいでむ嵯峨野をやきし春はその日と

嵯峨にすみけるに、たはぶれ歌とて人々よみけるを

西行

うなゐ子がすさみにならす麦笛のこゑにおどろく夏の昼臥し

藤原俊成

春日野は子の日の若菜の春のあと都の嵯峨は秋萩の時

公時卿母みまかりて歎き侍りけるころ、大納言実国がもとに申しつかはしける

徳大寺実定

悲しさは秋のさが野のきりぎりすなほ古郷にねをや鳴くらん

俊成卿女

花をみし秋の嵯峨野の露の色も枯葉の霜にかはる月影

後嵯峨院

名にめでし嵯峨野の秋のをみなへしこれも菩提のたねとしらずや

野宮

野宮に斎宮の庚申し侍りけるに、松風入夜琴といふ題をよみ侍りける

徽子女王

琴の音に峰の松風かよふらしいづれのをより調べそめけむ

野宮より退下の後雪をみて
祥子内親王

わすれめや神のいがきの榊葉にゆふかけそへし雪の曙

嵯峨にて夏草の花を
木下長嘯子

夏草の花にぞのこる野宮やふりはへ問ひし神のうつり香

広沢の池

広沢の月を見てよめる
藤原範永

すむ人もなき山里の秋の夜は月の光もさびしかりけり

遍照寺にて、月を見て
平忠盛

すだきけむ昔の人は影たえて宿もるものは有明の月

遍照寺の月を見て
源頼政

いにしへの人はみぎはに影たえて月のみすめる広沢の池

藤原定家

散る花にみぎはのほかの影そひて春しも月は広沢の池

化野あだしの

式子内親王

暮るるまも待つべき世かはあだし野の末葉の露に嵐立つなり

藤原良経

人の世は思へばなべてあだし野のよもぎがもとのひとつ白露

二条為道

あだし野や風まつ露をよそにみて消えんものとも身をば思はず

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近8 洛西(嵐山・大井川)2015年03月08日

嵐山

嵐山

京都の西、大井川に臨む。

藤原公任

朝まだき嵐の山の寒ければ紅葉の錦きぬ人ぞなき

亜元

あらし山花の光も暮れゆけば戸無瀬の奥に蛙なくなり

木下幸文

嵐山まつの葉わけてとびまがふほたるぞ夏の花には有ける

与謝野晶子

あらし山名所の橋の初雪に七人ななたりわたる舞ごろもかな

加藤順三

京少女団扇ぬらして群れあそぶ音羽の滝のゆふづく夜かな

大井川

嵐山の麓を流る。

賀茂真淵

大井川わか葉涼しき山かげのみどりをわくる水のしらなみ

小沢芦庵

大井川月と花とのおぼろ夜にひとりかすまぬなみの音かな

香川景樹

大井川かへらぬ水にかげ見えてことしもさける山ざくら哉

木下幸文

ほたるとび蛙もなきて大井川またなつの夜もおもしろき哉

東久世通禧

大井川ゐぜきの浪は高けれど鳴く音まぎれぬほとゝぎすかな

西田直二郎

桂川絵に見るやうの瀬の蘆やいしぶし見むと月に下りけり

補録

嵐山

白河院

大井川ふるき流れをたづねきて嵐の山のもみぢをぞ見る

俊恵

けふ見れば嵐の山は大井川もみぢ吹きおろす名にこそありけれ

藤原定家

吹きはらふ紅葉のうへの霧はれて峯たしかなる嵐山かな

藤原秀能

むかし見し嵐の山にさそはれて木の葉のさきに散る涙かな

藤原為家

朝ぼらけ嵐の山は峯晴れて麓をくだる秋の川霧

永福門院右衛門督

ながめのこす花の梢もあらし山風よりさきに尋ねつるかな

大井川・桂川

(大井川の下流を桂川といふ。)

紀貫之

大井川かはべの松に言問はむかかる行幸みゆきやありし昔を

源順

夕さればいとどわびしき大井川かがり火なれや消えかへりもゆ

藤原家経

高瀬舟しぶくばかりにもみぢ葉の流れてくだる大井川かな

藤原定頼

水もなく見えこそわたれ大井川きしの紅葉は雨とふれども

源経信

大井川いは波たかし筏士よ岸の紅葉にあからめなせそ

紅葉のさかりに大井河にまかりて
源有房

もみぢ葉は井関にとめよ大井川空に暮れゆく秋をこそあらめ

藤原定家

ひさかたの中なる河の鵜飼舟いかに契りて闇を待つらん

西園寺実氏

大井河秋のなごりをたづぬれば入江の水に沈むもみぢ葉

小倉公雄

大井川かへらぬ水のうかひ舟つかふと思ひし御代ぞ恋しき

京極為兼

大井川はるかにみゆる橋のうへに行く人すごし雨の夕暮

窪田空穂

しがらみを越えては白く落つる水遠き水音みのとの聞かば聞きつべし

小倉山

紀貫之

夕づく夜をぐらの山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらむ

清原深養父

鳴く雁のねをのみぞ聞く小倉山霧たちはるる時しなければ

藤原忠平

小倉山峰のもみぢ葉こころあらば今ひとたびのみゆき待たなむ

平兼盛

あやしくも鹿のたちどの見えぬかなをぐらの山に我や来ぬらむ

藤原定家

小倉山しぐるるころの朝な朝な昨日はうすき四方のもみぢ葉

宇都宮景綱

をぐら山木の葉しぐれてゆく秋の嵐のうへにのこる月かげ

八条院高倉

わが庵はをぐらの山のちかければうき世をしかとなかぬ日ぞなき

延政門院新大納言

をぐら山秋とばかりの薄紅葉しぐれてのちの色ぞゆかしき

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近9 京都ここかしこ2015年03月09日

聖護院の枝垂れ桜(京都の桜フリー写真)

聖護院の枝垂れ桜(京都の桜フリー写真より)

京都こゝかしこ

鷲見潜

むしろたてて瓜苗つくる聖護院春日うらゝにひばりなくなり

佐佐木信綱

春風の三条四条夕ぐれを旅人さびて歩みけるかな

蘆田武

鞍馬道石運び来る牛車うしぐるま牛の背にちる山ざくらばな

福原俊丸

青きいらかぬりの柱絵の如き平安宮の春の日うらら

河杉初子

細うかいた美しい仮字見る様な春雨がふる三条五条

白蓮

いつの日か絵巻に見たる東福寺通天橋にちる紅葉かな

高田春子

京の雪祇園清水黒谷の塔につもれるなつかしさかな

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近10 洛南(深草~淀)2015年03月09日

伏見 三十石舟

深草

京都市の南郊。元政の墓あり。

藤原家隆

深草や竹のは山の夕ぎりに人こそ見えね鶉なくなり

印東昌綱

竹三本わづかにたてり深草や清きひじりのおくつきどころ

伏見

京都南方の市街。

藤原俊成

ふしみ山松のかげより見渡せば明くる田の面に秋風ぞ吹く

熊谷直好

呉竹の伏見の里を朝行けば遠近に鳴くうぐひすの声

吉井勇

旅なれば伏見の街の夜半のも悲しくひとり京へいそぎぬ

新開竹雨

伏見の街ほし並べたる人形を笑うて撫でて春の風ふく

九条武子

三夜荘父がいましし春の頃は花もわが身も幸多かりし

伏見桃山陵

京都の南方、伏見町の東方にあり。

前田利定

うら悲しみささぎ山を中にして大天地おほあめつちは秋さびにけり

中岡黙

駒たてて大みいくさけみしまししそのかみ思ふに涙せきあへず

原三渓

神ながら吾大君の眠りいます伏見の御山尊くもあるか

乃木神社

昭憲皇太后の御陵より南に下る道にあり。

福原俊丸

桃山のみささぎ守る御社にかしこみ並ぶからかねの駒

伏見の南、淀川に臨めり。

壬生忠見

いづ方に鳴て行くらむほとゝぎす淀のわたりのまだ夜深きに

徳川慶喜

一声は空に流れて淀川の淀むまもなく行くほとゝぎす

大隈言道

旅人のいかに乗りてか淀船の苫の上なる数のすが笠

くらき夜は船も見えねど淀川の水の上ゆく燈火のかげ

補録

深草

深草の里に住みけるを、京にまで来とて、そこなる女に

在原業平

年を経て住みこし里を出でていなばいとど深草野とやなりなむ

返し

野とならば鶉となりて鳴きをらむかりにだにやは君が来ざらむ

堀河の太政大臣おほきおほいまうちぎみ身まかりにける時に、深草の山にをさめてけるのちによみける

勝延

空蝉はからを見つつもなぐさめつ深草の山煙だにたて

同じ時
上野岑雄

深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け

藤原俊成

夕されば野べの秋風身にしみてうづら鳴くなり深草の里

藤原家隆

思ひ入る身は深草の秋の露たのめし末や木枯しの風

後崇光院

その色とわかぬあはれもふか草や竹のは山の秋の夕ぐれ

元政

里の犬のあとのみ見えてふる雪もいとど深草冬ぞさびしき

伏見

作者未詳

巨椋おほくらの入江とよむなり射目いめ人の伏見が田居に雁渡るらし

仁和のみかど、嵯峨の御時の例にて、芹河に行幸したまひける日

在原行平

嵯峨の山みゆきたえにし芹河の千世のふるみち跡はありけり

藤原有家

夢かよふ道さへたえぬ呉竹の伏見の里の雪の下折れ

後鳥羽院

をしねほす伏見のくろにたつしぎの羽音さびしき朝霜の空

永福門院内侍

伏見山裾野をかけて見渡せば遥かに下る宇治の柴舟

後崇光院

今よりや伏見の花になれてみん都の春も思ひわすれて

八田知紀

いめびとの伏見の里を朝ゆけば梅が香ならぬ風なかりけり

源頼政

山城の美豆野みづのの里に妹をおきていくたび淀に舟よばふらん

藤原公衡

狩り暮らし交野の真柴をりしきて淀の河瀬の月を見るかな

木下長嘯子

はるばると鳥羽田の末をながむれば穂波にうかぶ淀の川舟

菅沼斐雄

夕まぐれ淀野の沢をたつ鴫のゆくへさびしき水の色かな