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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面5 佐保2015年04月02日

佐保川 wikipediaより

(写真は佐保川。wikipediaより)

佐保

奈良市の北方。

大伴家持

千鳥なくさほの川の清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ

大伴坂上郎女

うちのぼる佐保の河原の青柳は今は春べとなりにけるかも

紀友則

誰が為の錦なればか秋霧の佐保の山辺を立かくすらむ

曾禰好忠

入日さす佐保の山辺の柞原ははそはらくもらぬ雨と木の葉ふりつゝ

服部綾足

佐保川の秋を涸れたる細ながれくこの実赤う影投げにけり

補録

佐保

作者未詳

佐保川の清き川原に鳴く千鳥かはづと二つ忘れかねつも

大伴坂上郎女

千鳥鳴く佐保の川門かはとの瀬を広み打橋渡すと思へば

佐保川の小石踏み渡りぬばたまの黒馬くろまの来る夜は年にもあらぬか

我が背子がる衣薄し佐保風はいたくな吹きそ家に至るまで

よみ人知らず

佐保山のははその紅葉ちりぬべみ夜さへ見よと照らす月影

藤原冬嗣

ふるさとの佐保の河水けふもなほかくて逢ふ瀬はうれしかりけり

坂上是則

佐保山のははその色はうすけれど秋はふかくもなりにけるかな

大江匡房

佐保姫のうちたれ髪の玉柳ただ春風のけづるなりけり

越前

さほ姫の衣はる風なほさえて霞の袖にあは雪ぞふる

順徳院

佐保姫の染めゆく野べはみどり子の袖もあらはに若菜つむらし

心敬

佐保姫の霞の袖に髪すぢをみだすばかりの春雨の空

鵜殿余野子

ふるさとの佐保の河水ながれてのよにもかくこそ月はすみけれ

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面6 西の京2015年04月03日

薬師寺

西の京

奈良市の西郊をいふ。

東一雄

天平の濃き香にひたり西の京のみ寺めぐりに幾日すぐしつ

西大寺

西の京にあり。

殷富門院大輔

さりともと西の大寺たのむかなそなたの願ともしかりしを

尾山篤二郎

あらゝぎのあとの礎石に腰をおろし石間に生ひしかたばみを見る

菅原

西大寺に近し。

よみ人しらず

いざ此所ここにわが世は経なん菅原や伏見の里の荒れまくも惜し

菅原やふしみの暮に見渡せば霞にまがふ小初瀬の山

源俊頼

何となく物ぞ悲しき菅原や伏見の里の秋のゆふぐれ

藤原定家

ほととぎすしばしやすらへ菅原や伏見の里の村雨の空

藤原季経

明方に夜は成ぬらし菅原や伏見の田居に鴫ぞ立つなる

八田知紀

立花のにほふときにはあらねどもむかし恋しきすが原の里

垂仁天皇陵

菅原寺の南にあり。陵の傍に遺臣田道間守の墓あり。

佐佐木信綱

ゆく秋の雲はうかびぬみささぎの山の木立をめぐれる池に

服部綾足

春の雨垂仁帝のみさゝぎをめぐれる池の浮草にふる

唐招提寺

垂仁天皇陵の南方。

松原幸太郎

吾は悲し春の日匂ふ金堂の扉の前に佇みゐたり

人の世の悲しみ負ひて美しく静寂しじまにいます盧舎那仏かな

石榑千亦

敷石のわがくつの音をかへり見ぬ夜のくらき唐招提寺

薬師寺

唐招提寺の南四町。寺内に仏足石及その歌碑あり。

石榑千亦

とぶ鳥のゆくへあかるく黄にれし稲田の上の古きあらゝぎ

佐佐木信綱

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

秋篠

奈良の西、生駒山の東麓にあり。

西行

秋篠や外山の里やしぐるらん生駒のたけに雲のかゝれる

藤原実俊

朝日さす生駒の嶽はあらはれて霧たちのぼる秋篠の里

横井時冬

あれはてし秋篠寺の古へを語り顔なる松の一もと

補録

西の京

与謝野晶子

寒菊に涙さびしき夕別れせつなき別れ西の京にして

菅原

順徳院

菅原や伏見の里のささ枕ゆめもいくよの人目よくらむ

宗良親王

をはつ瀬の鐘のひびきぞ聞こゆなる伏見の夢のさむる枕に

頓阿

菅原や伏見の暮の面影にいづくの山もたつ霞かな

薬師寺

会津八一

すゐえん の あま つ をとめ が ころもで の ひま にも すめる あき の そら かな

秋篠

後小松院

しぐれつつ暮れてきのふの秋篠や外山の雲のうつりやすさよ

三条西実隆

ながめやる外山すずしき夕立の雲よりやこし秋しのの里

加藤千蔭

生駒山嶺のこがらし音たえて雪しづかなる秋しのの郷

会津八一

あきしの の みてら を いでて かへりみる いこま が たけ に ひ は おちむ と す

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面7 法隆寺2015年04月04日

法隆寺


奈良より関西本線によりて西すれば法隆寺に到るべし。

法隆寺

法隆寺駅より数町。有名なる壁画はその金堂にあり。また寺内の夢殿は聖徳太子の薨逝せられし処なり。

安田靫彦

つばくらめあしたの原をかけり来て斑鳩いかるが寺のふところに入る

風鐸のかすかに鳴れば春の月淡くもふるふあららぎの上に

夢殿の秘仏は今しとざされぬ扉にのこるまぼろしのゑみ

佐佐木信綱

薄き日は壁画に匂ふなつかしき慈眼にすがり泣かまくほしき

間島弟彦

桃散るや築地ついぢの垣のうすじめり雨になりゆく春の夢殿

補録

下河辺長流

夜といへばねられぬ恋も故やあると夢殿にこそきかまほしけれ

五重塔をあふぎみて
会津八一

ちとせ あまり みたび めぐれる ももとせ を ひとひ の ごとく たてる この たふ

夢殿の救世観音に

あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ

夢殿秘仏
中村憲吉

われ等来つる靴のおとのみ甃石いしみちのくさ霜枯れし夢殿の庭

佐藤佐太郎

夢殿をめぐりて落つる雨しづくいまのうつつはいにしへの音

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面8 竜田2015年04月06日

龍田大社(奈良県生駒郡三郷町)

竜田

王寺駅より近し。紅葉の名所。

よみ人知らず

立田川錦織りかく神無月時雨の雨をたてぬきにして

清原深養父

神なびの山を過ぎ行く秋なれば竜田川にぞぬさは手向くる

補録

長田王

わたの底沖つ白波立田山いつか越えなむ妹があたり見む

作者未詳

夕されば雁の越えゆく竜田山しぐれにきほひ色づきにけり

独り竜田山の桜花を惜しむ歌
大伴家持

竜田山見つつ越えし桜花散りか過ぎなむ我が帰るとに

伝大伴家持

行かむ人来む人しのべ春霞たつ田の山の初桜花

よみ人知らず

竜田河もみぢみだれて流るめり渡らば錦なかや絶えなむ

風吹けば沖つ白波たつた山よはにや君がひとり越ゆらむ

がみそぎ木綿ゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへて鳴く

竜田川もみぢ葉ながる神なびのみむろの山に時雨ふるらし

在原業平

ちはやぶる神世も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは

紀貫之

年ごとにもみぢ葉ながす竜田川みなとや秋のとまりなるらむ

能因法師

嵐吹くみむろの山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり

藤原清輔

竜田姫かざしの玉の緒をよわみ乱れにけりと見ゆる白露

俊恵

立田山梢まばらになるままにふかくも鹿のそよぐなるかな

藤原定家

夕暮は山かげすずし竜田川みどりの影をくくる白浪

立田川岩根のつつじ影見えてなほ水くくる春のくれなゐ

宮内卿

竜田山あらしや嶺によわるらむ渡らぬ水も錦たえけり

下河辺長流

つひにわがきてもかへらぬ唐錦たつ田や何のふるさとの空

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面9 石上神社2015年04月07日

石上神宮 奈良県天理市

石上神社

丹波市駅の附近、布留川の南の森林中にあり。

佐佐木信綱

靄ごもる布留の川添とめゆかば昔少女をとめに蓋し逢はんかも

補録

石上・布留

柿本人麻呂

をとめらが袖ふる山の瑞垣みづかきの久しき時ゆ思ひき我は

遍昭

いそのかみ布留の山べの桜花植ゑけむ時をしる人ぞなき

奈良の石上寺にて郭公の鳴くをよめる
素性法師

いそのかみふるき宮この時鳥こゑばかりこそ昔なりけれ

中務

いそのかみ古きみやこを来てみれば昔かざしし花咲きにけり

大江匡房

わぎも子が袖ふる山も春きてぞ霞のころもたちわたりける

藤原有家

見ぬ世まで思ふもさびしいそのかみ布留の山べの雨の夕暮

後鳥羽院

風は吹くとしづかに匂へ乙女子をとめごが袖ふる山に花の散る頃

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面10 三輪山2015年04月08日

大神神社 奈良県桜井市

三輪山

三輪駅より近し。官弊大社大神神社はその麓にありて大物主命を祀る。

額田王

三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなむ隠さふべしや

よみ人知らず

わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てるかど

村田春海

三輪山や花より後のかげもよししげ木がもとに若葉さす頃

補録

三輪山

柿本人麻呂

いにしへにありけむ人もがごとか三輪の檜原ひばら挿頭かざし折りけむ

紀貫之

三輪山をしかもかくすか春霞人に知られぬ花や咲くらむ

伊勢

三輪の山いかに待ち見む年ふともたづぬる人もあらじと思へば

藤原清輔

かざし折る三輪の檜原のの間よりひれふる花や神の八乙女

禅性

初瀬山夕越え暮れて宿とへば三輪の檜原に秋風ぞ吹く

源実朝

ながむれば吹く風すずし三輪の山杉の梢を出づる月影

順徳院

花の色になほ折しらぬかざしかな三輪の檜原の春の夕暮

木下長嘯子

夕立の杉の梢はあらはれて三輪の檜原ぞまたくもりゆく

巻向まきむく

柿本人麻呂

鳴神なるかみの音のみ聞きし巻向の檜原の山を今日見つるかも

巻向の山辺とよみて行く水の水沫みなわの如し世の人われは

伝柿本人麻呂

巻向の檜原もいまだ雲居ねば小松がうれゆ沫雪流る

巻向川

柿本人麻呂

ぬば玉の夜さり来れば巻向の川音高しも嵐かも

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新刊のお知らせ 藤原定家全歌集(補訂版)2015年04月08日

昭和十五年十月に文明社が刊行した冷泉為臣編『藤原定家全歌集』を原本とし、電子書籍として復刊したものです。
以前の記事にも書いたのですが、原本は誤植・誤刻が非常に多いので、定家自筆本などに当たって「補訂」しました。
原本の誤りが多いことには、それなりの避けがたい理由がありました。この本の序にも書いたのですが、底本に用いた定家自筆本は冷泉家の秘本であったため、部外者による校閲・校正が困難であったことに最大の原因があったろうと思います。また、定家薨後七百年祭に向けて刊行を急いだらしいことも一因でしょう。出版の翌年には太平洋戦争が始まり、まもなく為臣氏は出征して、昭和十九年に大陸で戦死してしまわれましたから、編者自身による改訂は不可能だったのです。
昭和四十九年には国書刊行会から覆刻版が刊行されましたが、訂正は一切されないままでした(覆刻だから当たり前なのですが)。

平成四年から冷泉家時雨亭叢書の刊行が始まり、定家の『拾遺愚草』の自筆本も影印版で読めるようになりました。私は少なからぬ疑問を持っていた『藤原定家全歌集』と読み比べてみて、想像以上の不一致の多さに愕然とすることになったわけです。
その後、折々『全歌集』の余白に訂正の書き込みを続け、書き込みだらけになってしまったので、電子テキストにして、できる限り他本との校合を進めてきました。
冷泉家時雨亭叢書など古写本の影印版が多数刊行され、また国立国会図書館を始めとする各地の図書館が厖大な古写本・古刊本等の画像・PDFを公開するようになったおかげで、私などのように何処にも所属しない一私人でも、書斎にいながらにして古典籍の校訂が十分可能になっているのです。

例えば、『全歌集』の「拾遺愚草員外之外」には正篇・員外未収録の『明月記』中の歌も漏れなく収められているのですが、長年疑問に思っていた歌があります。寛喜三年八月十九日条の、

今も月のみやこはよそなれと猶かけかくす秋そかなしき

『全歌集』ではこのようになっているのですが、国書刊行会版の『明月記』を見ると、次のような形で載っています。

今も月の都はよそなれと猶かけかくす秋そかなしき

久保田淳氏の『訳注藤原定家全歌集』でも国書刊行会版『明月記』に拠ったのでしょうか、「今も唯」となっています。どうも「唯」の方が正しいらしいけれど、「ただ」という語が一首にしっくり嵌らないと、首をひねりました。
ところが時雨亭叢書の定家自筆『明月記』を見ると、次のようになっていたのです。

「今もこれ」が正しく、『全歌集』・国書刊行会版『明月記』、どちらも誤っていたことが明らかになったわけです。

こうした誤りが、『全歌集』には、私の調べでは946箇所ありました。

もう一つ例をあげますと、『全歌集』には鷹詞(鷹匠の専門用語)で鷹飼の奥義(?)を綴った奇書「鷹三百五十一首」も収められているのですが、これは国立国会図書館のデジタルコレクションで公開されている古写本『鷹三百首』と同系統の本をもとにしたことが明らかです。これによって『全歌集』所収「鷹三百五十一首」の誤りをほぼ正すことができます。『群書類従』の「鷹三百首和歌」は別系統で異同の多い本ですが、もちろんこれも参考になります。

もとより図書館などに出掛けねばならないこともありましたが、おおかた蔵書とネットによって、『藤原定家全歌集』の最小限の補訂はできたと思います。

原本は600ページを超える大冊で、校正に多大な労力と経費がかかってしまったため、自主出版の電子書籍にはあるまじき値段となってしまいましたが、基本的には、昔(私が学生の頃)の岩波文庫のように100円や200円で購読できる電子書籍を作ってゆきたいと思っています。よろしくご愛顧のほどお願いいたします。

なお、上に掲げた表紙は、原本のカバー表紙をスキャンして加工したものです。古めかしく見えるのはそのためです。

本書はDRMフリーなので、コピーしたり別のファイル形式に変換したりすることができます(できるはずです)。epubファイルを解凍すればいくつかのxhtmlファイルと画像ファイルになりますので、加工するなどして研究等にご自由に活用して頂けます。

古典籍や名著と言われる本にも、誤りは少なくありません。これを補訂して復刊することが望ましいのですが、こうした仕事は、専門の研究者と出版社の専売特許ではなくなりつつあると思います。特定の条件を満たす書に限られることは勿論ですが、ある程度の知識と素養があれば、誰にでもできる時代になってきたと思います。
力倆ある多くの方がさまざまの古典・古書を生き返らせてくれたら、そして安価に(!)出版してくれたら、と願ってやみません。

Amazonはこちらから。
藤原定家全歌集(補訂版)

楽天はこちらからどうぞ。
【はじめての方限定!一冊無料クーポンもれなくプレゼント】藤原定家全歌集(補訂版)【電子書籍】

以下は関連書へのリンクです。
明月記 翻刻一

同 定家自筆本影印版四

明月記 国書刊行会版

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面11 長谷観音・多武峰2015年04月10日

長谷寺五重塔(ゆんフリー写真素材集)

写真は長谷寺五重塔。Photo by (c)Tomo.Yun ゆんフリー写真素材集より。

長谷観音

初瀬町にあり、その寺の長廊の左右は名高き牡丹園なり。

伊藤仁斎

くしつゝこの世や過ぎむ初瀬山昨日もきゝし入相の鐘

円珠庵契沖

初瀬のや里のうなゐに道とへば霞める梅の立枝をぞさす

上田秋成

まきむくの檜原さやぎてふくかぜに初瀬少女をとめのそでかへる見ゆ

木下幸文

思ひいでば後も心ぞすみぬべき初瀬の寺のあきの夜の月

福原俊丸

牡丹ぼうたんの香にむせびつつ丈六の観世音菩薩もだしいませり

初瀬女はつせめがうるや牡丹のつくり花うらぐはしもよ家づとにせむ

高木真藤

おりくるは円位の君か廻廊の燈籠のの静けき夕べ

多武峯

桜井駅の南一里、頂に談山神社ありて藤原鎌足を祀る。

飛鳥井雅章

たづね来てこゝも桜の峯つゞき吉野初瀬の花の中宿

補録

長谷観音・初瀬

柿本人麻呂

泊瀬川夕渡り来て我妹子わぎもこが家の金門かなどに近づきにけり

こもりくの泊瀬の山の山の)にいさよふ雲は妹にかもあらむ

笠金村

泊瀬女はつせめが造る木綿ゆふ花み吉野の滝の水沫みなわに咲きにけらずや

よみ人知らず

初瀬川布留川の辺に二もとある杉 年を経てまたも相見ん二もとある杉

大江匡房

初瀬山雲ゐに花のさきぬれば天の川波たつかとぞみる

源俊頼

憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを

藤原定家

年もへぬ祈る契りははつせ山をのへの鐘のよその夕暮

後鳥羽院

を泊瀬や宿やはわかむ吹きにほふ風の上ゆく花の白雲

藤原為家

初瀬女はつせめの峰の桜の花かづら空さへかけてにほふ春風

二条為定

こもりえの初瀬の檜原吹きわけて嵐にもるる入相の鐘

宗良親王

をはつ瀬の鐘のひびきぞ聞こゆなる伏見の夢のさむる枕に

花山院長親

を初瀬や桜にまじる檜原まで花咲きつづく雪の朝明け

下冷泉政為

冬くれば霜の鐘きく初瀬山もろき木の葉にひびくとはなし

中院通村

初瀬山をのへのあらし音さえて霜夜にかへる暁の鐘

後水尾院

白雲に松も檜原も籠り江に初瀬の山ぞ花に明けゆく

多武峯

三条西実隆

あくる夜の雲もたゆたふ多武の峰四方の梢の霞みあひつつ

釈迢空

神宝カムダカラ とぼしくいますことの
 たふとさ。
古き社の
 しづまれる山

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面12 藤原宮址~飛鳥川2015年04月11日

藤原宮跡より天の香具山を望む

藤原宮址

大和の三山に囲まれたる地方。

佐佐木信綱

藤原の大宮所菜の花の霞めるをちの天の香具山

三山さんざん

藤原の古京を中心として立てる、天の香具山、耳成みみなし山、畝傍うねび山の三山をいふ。

賀茂真淵

見渡せば天の香具山うねび山あらそひたてる春がすみかな

安田靫彦

三山は霞にうかびこもりくの初瀬あたりにひばりなくなり

佐佐木信綱

ちらばれる耳成山や香具山や菜の花黄なる春の大和に

天香具山

桜井より西すれば左に見ゆ。

持統天皇

春過ぎて夏来たるらし白たへの衣ほしたり天の香具山

作者未詳

久方の天の香具山この夕べ霞たなびく春立つらしも

古への事は知らぬを我見ても久しくなりぬ天の香具山

上田秋成

香具山の尾上に立ちて見渡せば大和国原さなへとるなり

八田知紀

あさづく日にほへる時に久方の天のかぐ山見るがたふとさ

耳成山

桜井駅より西する汽車の右に見ゆ。

よみ人知らず

耳なしの山のくちなし得てしがな思の色の下ぞめにせむ

畝傍山

天の香具山と相対してその西方平野の中に立つ。三山中最高し。

本居宣長

うねび山見ればかしこし橿原のひじりの御世の大宮所

富士谷成章

神代をもかけてぞしのぶ玉だすき畝火の山の今日し見つれば

神武天皇陵

畝傍山の東北麓にあり、神武天皇を祀れる橿原神宮は畝傍山の東南にあり。

昭憲皇太后

ひろまへに玉ぐしとりてうねび山高き御稜威みいつを仰ぐ今日かな

飛鳥川

天の香具山と畝傍山との中間を流れて大和川に入る川、このあたり古昔の飛鳥の京の故地なり。

熊谷直好

いにしへを思へば遠し飛鳥川いくたびかはる淵瀬なるらむ

川田順

浅う澄む飛鳥の川の秋の水に蠶棚いくらもひたしてありぬ

佐佐木信綱

秋雨に飛鳥を行けば遠つ世の思ひするかな萩の花ちる

安田靫彦

飛鳥路を行けばつちくれ小山にもふるき幻うかびてありけり

補録

三山

天智天皇

香具山と耳成山とあひし時立ちて見に印南いなみ国原

天香具山

舒明天皇

大和には 群山むらやまあれど とりよろふ あめの香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は けぶり立ち立つ 海原うなはらは かまめ立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島あきづしま 大和の国は

源俊頼

十市とほちには夕立すらし久方の天の香具山雲がくれゆく

後鳥羽院

ほのぼのと春こそ空に来にけらし天のかぐ山霞たなびく

耳成山

作者未詳

耳成の池し恨めし我妹子わぎもこが来つつかづかば水はかれなむ

畝傍山

伊須気余理比売いすけよりひめ

狭井河さゐがはよ 雲たち渡り 畝傍山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす

正徹

もののふのかがり焼くらしうねび山とよはた雲と煙たつなり

飛鳥川

斉明天皇

飛鳥河水漲みなぎらひつつ行く水のあひだも無くも思ほゆるかも

作者未詳

飛鳥川もみぢ葉流る葛木かづらきの山の木の葉は今し散るらし

よみ人知らず

世の中はなにか常なるあすか川きのふの淵ぞけふは瀬になる

春道列樹

昨日といひ今日と暮らしてあすか川流れてはやき月日なりけり

藤原定家

飛鳥川かはらぬ春の色ながら都の花といつにほひけん

上田秋成

夕されば蛙なくなり飛鳥川瀬々ふむ石のころび声して

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面13 下市~吉野山2015年04月12日

吉野山 一目千本


桜井線の終点高田駅より和歌山線によりて吉野、高野方面に至るべし。その吉野口駅より吉野へ吉野鉄道あり。

下市

吉野鉄道の下市口駅より南九町。吉野川の左岸にあり。

下市鮓屋
人見少華

夕明りほのかに夢を見るやうな黒髪塚のきんぽうげの花

六田むつだの渡

吉野鉄道の終点吉野駅にあり。

藤原公経

高瀬さす六田の淀の柳原みどりもふかく霞む春かな

加藤千蔭

春されば六田のよどのやなぎ原みどりに見ゆる風の色かな

吉野山

藤原良経

昔たれかかる桜の花をうゑて吉野をはるの山となしけむ

西行

吉野山さくらが枝に雪散りて花おそげなる年にもあるかな

吉野山去年こぞのしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねん

吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらむ

賀茂真淵

もろこしの人に見せばやみ吉野の吉野の山の山ざくら花

浄月

奧深く尋ね入らずば吉野山人にしられぬ花をみましや

加納諸平

昔おもふ吉野の山の遠近をちこちに花ふきわけてゆくあらしかな

幽真

花山の朝ゐる雲に打のりて心空なり土はふめども

八田知紀

よしの山霞のおくは知らねども見ゆる限はさくらなりけり

行誡

さくら花匂ふ吉野の山ながらわが御仏にたてまつらばや

一目千本
加納諸平

ゆくも花かへるも花の中道を咲き散る限ゆきかへり見む

補録

六田の渡

作者未詳

かはづ鳴く六田の河の川楊ねもころ見れど飽かぬ河かも

源俊頼

これを見よ六田の淀にさでさしてしほれししづの麻衣かは

土御門院

舟つなぐ影も緑になりにけり六田の淀のたまのを柳

吉野

天皇(天智天皇)吉野宮に幸しし時の御製の歌

き人のよしとよく見てよしとひし芳野よく見よよき人よく見つ

よみ人知らず

み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時のかくれがにせむ

壬生忠岑

春たつといふばかりにやみ吉野の山もかすみてけさは見ゆらむ

坂上是則

朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪

凡河内躬恒

いづくとも春の光は分かなくにまだみ吉野の山は雪降る

大江匡房

白雲と見ゆるにしるしみよしのの吉野の山の花ざかりかも

藤原忠通

吉野山みねの桜や咲きぬらむ麓の里ににほふ春風

西行

なにとなく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山

吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき

藤原定家

さくら花咲きにし日より吉野山そらもひとつにかをる白雲

藤原良経

み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり

後鳥羽院

み吉野の高嶺のさくら散りにけり嵐もしろき春の明けぼの

順徳院

しら雲や花よりうへにかかるらむ桜ぞたかきみ吉野の山

藤原行能

あすも来む風しづかなるみ吉野の山の桜はけふ暮れぬとも

本居宣長

里人い桜うゑつぐ吉野山神のためと桜うゑつぐ

芳野懐古
加納諸平

咲く花のあだなるかたにうつりゆく吉野の山の名こそ惜しけれ

明治天皇

ひとたびは見むよしもがな名ぐはしき吉野の山の花のさかりを

折口春洋

山の背に 続きかゞやく吉野の町。棟も甍も 花の中なる

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