佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』大和紀伊方面18 日高・那智 ― 2015年04月23日
日高
和歌山の南方十数里。日高河畔に安珍清姫の古蹟と伝ふる道成寺あり。
鴉鳴く松原のかなた網をひく声さかりなりとのぐもる日に
喪へる心さびしく越えてゆく梅津呂越えを人に逢はずも
木の間もる入日の光あかあかと日高松原冬ぞ来むかふ
那智
寺を普陀落寺といふ。那智の滝あり。
壁たてるいはほとほりて天地にとゞろきわたる滝の音かな
高機をいはほにたてゝ天つ日の影さへ織れるからにしき哉
滝の上の杉のむらだち月おちて雲井にかをる水けぶりかな
山伏のふきなす貝のこゑくれて雲にとゞろく奈智の滝つせ
真熊野の熊野の浦ゆてる月のひかり満ち渡る那智の滝山
雲の行き速かなればおどろきて雲を見て居き滝の上の雲を
川添の川原なでしこ咲く道をめしひの親子那智まうでする
補録
いはばしる滝にまがひて那智の山高嶺を見れば花のしら雲
雲きゆる那智の高嶺に月たけて光をぬける滝の白糸
雲かかる那智の山陰いかならむ霙はげしき長き夜の闇
天の原雲なき空の雪と雨ととはに見せたる那智の大滝
いただきに杣板のせてくだる子がうしろで寒き那智の山風
天つ処女あまつ白木綿とはに織るをさの音かも滝の音かも
修行者が清き素足のあなうらに汝も作仏す那智の黒石
雲の中に那智の山あり人かよひ伐木すなり春夏秋冬
ぬばたまの夜の樹群のしげきうへにさゐさゐ落つる那智の白滝
末うすく落ちゆく那智の大滝のそのすゑつかたに湧ける霧雲
暮れゆけば墨のいろなす群山の折り合へる峡にひびくおほ滝
朝なぎの五百重の山の静けさにかかりてひびくその大滝は
冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ
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