白氏文集卷二十 樟亭雙櫻樹2011年05月21日

ユスラウメの花と実 みすま工房

樟亭(しやうてい)双桜樹(さうあうじゆ)   白居易

南館西軒兩樹櫻  南館(なんくわん)西軒(せいけん) 両樹(りやうじゆ)(あう)
春條長足夏陰成  春条(しゆんでう)長じ足りて夏陰(かいん)成る
素華朱實今雖盡  素華(そくわ) 朱実(しゆじつ) 今尽きたりと(いへど)
碧葉風來別有情  碧葉(へきえふ) 風来りて別に情有り

【通釈】樟亭駅の南館、西の軒先に桜桃(ゆすらうめ)の樹が双つある。
春に生えた枝はすっかり伸びて、夏の涼しい木陰を成している。
白い花も朱の実も、今は尽きてしまったけれども、
緑の葉が風にそよいで、格別の風情がある。

【語釈】◇櫻 ユスラウメ、または桜桃。花は白く、実は紅い。

【補記】抗州の富陽山麓、樟亭駅に宿った時に作った詩。「春条長夏陰成」を句題に大江千里が歌を詠んでいる。

【影響を受けた和歌の例】
木の芽もえ春さかえこし枝なれば夏の陰とぞ成りまさりける(大江千里『句題和歌』)

白氏文集卷五十三 閑臥2011年01月29日

静岡県下田市

閑臥   白居易

盡日前軒臥  尽日(じんじつ)軒を前に()
神閑境亦空  (こころ)(しづ)かに(きやう)()(くう)なり
有山當枕上  山の枕上(ちんじやう)に当つる有り
無事到心中  事の心中(しんちゆう)に到る無し
簾卷侵床日  (すだれ)巻かれ (とこ)(おか)す日
屏遮入座風  (へい)(さへぎ)る 座に()る風
望春春未到  春を望むも春(いま)だ到らず
應在海門東  (まさ)海門(かいもん)の東にあるべし

【通釈】一日中、軒に向かって寝床に臥し、
心しずかに、空の境地にある。
枕もとにちょうど山が望まれる。
心中、雑事に煩わされることは無い。
捲き上げた簾から、寝床に日が射し込み、
部屋に吹き入る風は、屏風が遮ってくれる。
待ち望む春はまだ到らない。
今ごろ海峡の東に来ているだろう。

【語釈】◇海門 陸地に挟まれた海の通路。瀬戸。海峡。

【補記】長慶三年(823)、五十二歳、抗州での作。「望春春未到 応在海門東」を句題に慈円・定家が歌を詠んでいる。

【影響を受けた和歌の例】
みちのくや春まつ島のうは霞しばしなこその関路にぞ見る(慈円『拾玉集』)
清見潟あけなむとする年なみの関戸の外に春や待つらん(藤原定家『拾遺愚草員外』)

白氏文集卷六 冬夜2010年12月19日

冬夜(とうや)     白居易

家貧親愛散  家貧しければ親愛(しんあい)散じ
身病交遊罷  身病めば交遊()
眼前無一人  眼前に一人(いちにん)無し
獨掩村齋臥  独り村斎(そんさい)(おほ)ひて()
冷落燈火闇  冷落して燈火(くら)
離披簾幕破  離披(りひ)して簾幕(れんばく)(やぶ)
策策窗戸前  策策(さくさく)たり窓戸(さうこ)の前
又聞新雪下  又新雪の()るを聞く
長年漸省睡  長年(ちやうねん)(やうや)(ねむ)りを(はぶ)
夜半起端坐  夜半(やはん)起きて端坐(たんざ)
不學坐忘心  坐忘(ざばう)の心を学ばずは
寂莫安可過  寂莫(せきばく)(いづ)くんぞ過ごす()けん
兀然身寄世  兀然(ごつぜん)として身 世に寄せ
浩然心委化  浩然(かうぜん)として心 (くわ)(ゆだ)
如此來四年  ()くの如くして(このかた)四年
一千三百夜  一千(いつせん)三百(さんびやく)()

【通釈】家が貧しくなると、親しい肉親も離散し、
身体が病むと、友人たちとの交遊も止む。
こうして目の前には誰一人いなくなり、
独り村の家に引き籠って臥している。
落ちぶれて部屋の灯し火は暗く、
簾の垂れ布はばらばらに破れている。
窓の扉の前で、さくさくと
さらに新雪の降る音を聞く。
年を取ってから次第に睡眠が短くなり、
夜半起き上がっては茫然と坐している。
行禅の心を学ばなければ、
この寂しさをどうしてやり過ごそう。
ひっそりとこの世に身を置き、
ゆったりと自然のはたらきに心を委ねる。
このようにして四年、
千三百の夜を過してきた。

【語釈】◇村齋 村荘の一室。「齋」は引き籠る室。◇冷落 零落に同じ。落ちぶれたさま。◇離披 ばらばらになる。◇策策 雪の降る音の擬音語。◇坐忘 白氏文集巻七「睡起晏坐」に「行禅」に同じものとする。坐して無我の境地に入ること。◇兀然 孤独なさま。心寂しいさま。

【補記】五言古詩による閑適詩。元和九年(814)四十三歳、母の死後故郷渭村に退去していた時の作であろう。以下の和歌はすべて「策策窓戸前 又聞新雪下」の句題和歌。

【影響を受けた和歌の例】
槙の戸をおし明がたの空さえて庭白妙に雪降りにけり(慈円『拾玉集』)
初雪の窓のくれ竹ふしながら(おも)末葉(うれば)の程ぞきこゆる(藤原定家『拾遺愚草員外』)
風さやぐ松の(とぼそ)の明け方に今年まだ見ぬ雪を見るかな(寂身『寂身法師集』)

白氏文集卷六 東園翫菊2010年12月07日

菊の花 神奈川県鎌倉市

東園(とうゑん)に菊を(ぐわん)す 白居易

少年昨已去  少年(さく)(すで)に去り
芳歳今又闌  芳歳(はうさい)今又(たけなは)なり
如何寂寞意  如何(いかん)寂寞(せきばく)()
復此荒涼園  ()()の荒涼の(ゑん)
園中獨立久  園中に独り立つこと(ひさ)
日淡風露寒  日淡くして風露(ふうろ)寒し
秋蔬盡蕪沒  秋蔬(しうそ)(ことごと)蕪没(ぶぼつ)
好樹亦凋殘  好樹(かうじゆ)()凋残(てうざん)
唯有數叢菊  ()数叢(すうそう)の菊有るのみ
新開籬落閒  新たに籬落(りらく)(かん)(ひら)
携觴聊就酌  (さかづき)(たづさ)へて(いささ)()きて()
爲爾一留連  (なんぢ)が為に(ひと)たび留連(りうれん)
憶我少小日  (おも)ふ我が少小(せうせう)の日
易爲興所牽  興の()く所と為り易し
見酒無時節  酒を見ては時節(じせつ)無く
未飲已欣然  未だ飲まずして(すで)欣然(きんぜん)たり
近從年長來  近ごろ(とし)長じてより(このかた)
漸覺取樂難  (やうや)く楽しみを取ることの(かた)きを(おぼ)
常恐更衰老  常に恐る 更に衰老(すいらう)せんことを
強醉亦無歡  ()ひて()ふも()(くわん)無し
顧謂爾菊花  (かへり)みて()(なんぢ)菊花(きくくわ)
後時何獨鮮  時に(おく)れて何ぞ独り鮮やかなる
誠知不爲我  誠に我が為ならざるを知るも
借爾暫開顏  (なんぢ)を借りて(しばら)く顔を(ひら)かん

【通釈】青春時代は遠く去り、
男盛りの歳も最早過ぎようとしている。
どうしたことか、寂寞の思いが、
この荒れ果てた庭園に来ればよみがえる。
園中にひとり長く佇んでいると、
初冬の日は淡く、風や露が冷え冷えと感じられる。
秋の野菜はことごとく雑草に埋もれ、
立派な樹々もまた枯れ衰えた。
ただ数叢の菊が、
垣根の間に新しい花をつけている。
盃を手に、その前でひとまず酌むと、
菊よ、お前のために一時(いっとき)立ち去れずにいる。
思えば我が若き日々、
何事にもすぐ興味を惹かれたものだ。
酒を見れば、時節も関係なし、
飲まないうちからもう良い気分になっていた。
近頃、年を取ってからというもの、
次第に楽しみを得ることが難しくなってきた気がする。
更に老い衰えることを常に怖れ、
強いて酒に酔ったところで、やはり歓びは無い。
振り返って言う、菊の花よ、
時候に後れて、どうしてお前は独り色鮮やかなのか。
もとより私のためでないことは知っているが、
お前を力に、暫し私も顔をほころばせよう。

【語釈】◇芳歳 男盛りの年齢。◇蕪沒 蕪は荒々しく繁った雑草。その中にまぎれてしまったさま。◇籬落 まがき。

【補記】五言古詩による閑適詩。元和八年(813)、四十二歳の作。「唯有数叢菊、新開籬落間」を題に、慈円・定家・寂身が歌を詠んでいる。

【影響を受けた和歌の例】
しら菊の霜にうつろふませの中に今はことしの花も思はず(慈円『拾玉集』)
咲く花の今はの霜におきとめて残る籬の白菊の色(藤原定家『拾遺愚草員外』)
のこる色は秋なき時のかたみぞと契りし菊もうつろひにけり(寂身『寂身法師集』)

李賀集卷三 莫種樹2010年11月30日

樹を()うる(なか)れ  李賀

園中莫種樹  園中に樹を()うる(なか)
種樹四時愁  樹を()うれば四時(しじ)(うれ)
獨睡南牀月  独り南牀(なんしやう)の月に(ねむ)れば
今秋似去秋  今秋(こんしう)去秋(きよしう)に似たり

【通釈】 庭に樹を植えてはならない。
樹を植えれば四季つねに心は愁える。
独り南の窓辺に月を浴びて眠れば、
今年の秋も去年の秋にそっくりだ。

【補記】元和四年(809)、作者十九歳の作という。全唐詩巻三百二十九に所載。柳原安子の歌はおそらく偶然の一致であろうが、時代と国を隔てた詩人と歌人の心の交響の一例として挙げておきたい。

【作者】李賀(791~817)は中唐の詩人。字は長吉(ちようきつ)。河南省昌谷の人。唐帝室の後裔。早熟の天才であったが、科挙を拒まれ、昌谷に帰り二十七歳で病没した。

【影響を受けた和歌の例】
夕べ夕べ木の葉ふる音わびしきに紅葉する木は植ゑじとぞ思ふ(柳原安子)

白氏文集卷八 秋蝶2010年11月24日

花と蝶

秋蝶(しうてふ)    白居易

秋花紫蒙蒙  秋花(しうか) (むらさき)にして蒙蒙(もうもう)
秋蝶黄茸茸  秋蝶(しうてふ)黄にして茸茸(じようじよう)たり
花低蝶新小  花(ひく)く蝶新小(しんせう)
飛戲叢西東  飛び(たはむ)(くさむら)西東(にしひがし)
日暮涼風來  日暮れて涼風(きた)
紛紛花落叢  紛紛(ふんぷん)として花(くさむら)に落つ
夜深白露冷  夜()けて白露(はくろ)(ひや)やかに
蝶亦死叢中  蝶()叢中(そうちゆう)に死す
朝生夕倶化  (あした)(しやう)(ゆふべ)(とも)(くわ)
氣類各相從  気類(きるい) (おのおの) 相從(あひしたが)
不見千年鶴  見ずや千年(せんねん)(つる)
多栖百丈松  多く百丈(ひやくぢやう)の松に()むを

【通釈】秋の花が紫に咲き乱れている。
秋の蝶が黄に飛び交っている。
花は丈低く、蝶は生れたばかりで小さく、
草叢の西を東を飛び戯れる。
日が暮れると涼しい風が吹いて来て、
乱れるように花が草叢に散る。
夜が更けると露が冷やかに置いて、
蝶もまた草叢に落ちて死ぬ。
花も蝶も、朝に生れ、夕に共に死ぬ。
気の通じた仲で、お互い従い合っているのだ。
知らないか、千年生きる鶴は、
百丈の松に棲むことが多いのを。

【語釈】◇蒙蒙 咲き満ちているさま。◇茸茸 ふつう草木の繁るさまを言うが、ここでは蝶の飛び交うさまであろう。◇気類 気を同じくするもの。気の合う同類。◇百丈松 丈高い松。

【補記】長慶二年(821)、長安から抗州に赴任する途上の作。久保田淳著『新古今歌人の研究』は定家若年の作にこの詩の影響を指摘する。

【影響を受けた和歌の例】
菊枯れて飛びかふ蝶の見えぬかな咲き散る花や命なりけん(藤原定家『拾遺愚草』)

白氏文集卷十四 晩秋夜2010年11月21日

晩秋の夜     白居易

碧空溶溶月華靜  碧空(へきくう)溶溶(ようよう)として月華(げつくわ)静かなり
月裏愁人弔孤影  月裏(げつり)愁人(しうじん)孤影(こえい)(とむら)
花開殘菊傍疎籬  花(ひら)きて残菊(ざんぎく)疎籬(そり)()
葉下衰桐落寒井  葉()ちて衰桐(すいとう)寒井(かんゐ)に落つ
塞鴻飛急覺秋盡  塞鴻(さいこう)飛ぶこと急にして秋の()くるを覚え
鄰雞鳴遲知夜永  鄰鶏(りんけい)鳴くこと遅くして夜の(なが)きを知る
凝情不語空所思  情を()らして語らず ()だ思ふ所あれば
風吹白露衣裳冷  風白露(はくろ)を吹いて衣裳(いしやう)(ひや)やかなり

【通釈】紺碧の夜空は広々として、月が静かに照っている。
月明かりの中、愁いに沈む人は自らの孤影を悲しんでいる。
色褪せた残菊が疎らな垣に添って咲き、
衰えた桐の葉は寒々とした井戸の上に落ちる。
北辺の鴻が忙しげに空を飛び、秋も末になったと気づく。
隣家の鶏はなかなか鳴き出さず、夜が長くなったと知る。
物言わず一心に物思いに耽っていると、
風が白露を吹いて、いつか夜着は冷え冷えとしていた。

【語釈】◇溶溶 ゆるやかなさま。やすらかなさま。◇愁人 詩人自身を客観視して言う。◇塞鴻 北の辺塞の地から飛来した鴻。鴻は大型の水鳥。ひしくい(大雁)や白鳥の類。

【補記】「鴻飛急覚秋」を句題に大江千里が、「鴻飛急覚秋尽、隣鶏鳴遅知夜永」を句題に慈円と定家が歌を詠んでいる。

【影響を受けた和歌の例】
ゆく雁の飛ぶこと速く見えしより秋の限りと思ひ知りにき(大江千里『句題和歌』)
いかにせん夜半に待たるる鳥のねをいそがぬ秋と思はましかば(慈円『拾玉集』)
槙の屋にとなりの霜は白妙のゆふつけ鳥をいつか聞くべき(藤原定家『拾遺愚草員外』)

白氏文集卷十四 秋思2010年11月15日

秋思(しうし)     白居易

病眠夜少夢  病眠(びやうみん)の夜は夢少なく
閒立秋多思  間立(かんりつ)の秋は思ひ多し
寂寞餘雨晴  寂寞(せきばく)として余雨(よう)晴れ
蕭條早寒至  蕭条(せうでう)として早寒(さうかん)至る
鳥棲紅葉樹  鳥は紅葉(こうえふ)の樹に()
月照靑苔地  月は青苔(せいたい)の地を照らす
何況鏡中年  何ぞ(いは)んや鏡中(きやうちう)の年
又過三十二  ()た三十二を過ぎたるをや

【通釈】病がちの夜の眠りは夢みることも少なく、
(しず)かに立って秋の物思いに耽ることが多い。
いつの間にかひっそりと残り雨はやみ、
わびしくも初冬の薄ら寒さが訪れる。
鳥は紅葉の残る樹を選んで棲み、
月は青い苔に覆われた地を冷え冷えと照らしている。
まして言うまい、鏡に映った私の歳、
白髪が交じり始める三十二を過ぎたことなど。

【語釈】◇閒立 安らかに立つ。◇三十二 白髪混じりの毛髪になるとされた年。潘岳の『秋興賦并序』に「晉十有四年、余春秋三十有二、始見二毛」とある。

【補記】実際に白居易三十二歳の作とすれば、貞元十九年(803)の作。試判抜萃科に及第し、校書郎を授けられて長安常楽里に仮寓していた頃である。「鳥棲紅葉樹」を句題に千里が、「月照青苔地」を句題に実隆が歌を詠んでいる。

【影響を受けた和歌の例】
秋すぎば散りなむものを啼く鳥のなど紅葉ばの枝にしもすむ(大江千里『句題和歌』)
山風の雲こそあらめ苔のうへの塵もくもらず宿る月かな(三条西実隆『雪玉集』)

(2010年11月16日・21日加筆訂正)

白氏文集卷十二 山鷓鴣2010年11月12日

色づいた茅

山鷓鴣(さんしやこ)   白居易

山鷓鴣      山鷓鴣(さんしやこ)
朝朝夜夜啼復啼  朝朝(てうてう)夜夜(よよ)()()()
啼時露白風凄凄  啼く時露白く風凄凄(せいせい)たり
黄茅岡頭秋日晩  黄茅(くわうばう)岡頭(かうとう)秋日(しうじつ)()
苦竹嶺下寒月低  苦竹(くちく)嶺下(れいか)に寒月()
畬田有粟何不啄  畬田(よでん)(ぞく)有り何ぞ(ついば)まざる
石楠有枝何不棲  石楠(しやくなん)に枝有り何ぞ()まざる
迢迢不緩復不急  迢迢(てうてう)として(くわん)ならず()た急がず
樓上舟中聲闇入  楼上(ろうじやう)舟中(せんちゆう)(あん)()
夢鄉遷客展轉臥  (きやう)を夢みる遷客(せんかく)展転(てんてん)して()
抱兒寡婦彷徨立  ()(いだ)寡婦(かふ)彷徨(はうくわう)して立つ
山鷓鴣      山鷓鴣(さんしやこ)
爾本此鄉鳥    (なんぢ)(もと)此の(きやう)の鳥にして
生不辭巢不別群  生れて巣を辞せず(ぐん)に別れず
何苦聲聲啼到曉  何をか苦しみて声声(せいせい)()きて(あかつき)に到る
啼到曉      ()きて(あかつき)に到る
唯能愁北人    ()()北人(ほくじん)を愁へしめ
南人慣聞如不聞  南人(なんじん)は聞き慣れて聞こえざる如し

【通釈】山鷓鴣よ、おまえは毎朝毎晩啼き続ける。
おまえが啼く頃、露は白く凝り、風は寒々と吹く。
色づいた(ちがや)の靡く岡のほとりに秋の日は暮れ、
山麓の竹林に冷え冷えとした月明かりが射す。
畑には粟が生っているのに何故おまえは啄まない。
石楠花(しゃくなげ)が咲いているのに何故その枝に棲み付かない。
遥か遠くから、のろくもなく、また速くもなく、
高殿の上にも、舟の中にも、その声は忍び込んで来る。
故郷を夢見る旅人は展転として床に臥し、
赤子を抱いた寡婦はうろうろと立ち歩く。
山鷓鴣よ、元来おまえはこの里の鳥で、
生れてから巣を離れたことはなく、群から別れたこともない。
なのに何を苦しんで声を限りに暁まで啼き続けるのか。
暁まで啼き続け、ひたすら北国生れの人を愁いに沈める。
南国の人はと言えば、聞き馴れて気にも留めない様子だが。

【語釈】◇山鷓鴣 山に住む鷓鴣。鷓鴣は中国南部に生息する雉の仲間。鶉より大きく、雉より小さい。下の動画を参照。◇黄茅 不詳。色づいたチガヤの類か。◇苦竹 真竹・呉竹。◇畬田 焼畑。◇石楠しゃくなげ。 ◇迢迢 遥かなさま。◇遷客 余儀なく故郷を離れた人。◇北人 北国生れの人。作者自身を客観視して言う。

【補記】「山鷓鴣」は朝廷で演奏された楽曲の題にある。慈円と寂身の歌は「黄茅岡頭秋日晩 苦竹嶺下寒月低」の、定家の歌は「黄茅岡頭秋日晩」の句題和歌。

【影響を受けた和歌の例】
宿しむる片岡山の浅茅原露にかたぶく月をみるかな(慈円『拾玉集』)
誰もさや心の色の変はるらむ岡の浅茅に夕日さす頃(藤原定家『拾遺愚草員外』)
夕露や岡の浅茅にのこるらん影こそなびけ山のはの月(寂身『寂身法師集』)

去者日以疎 古詩十九首より2010年11月05日

古詩十九首 十四 作者未詳

去者日以疎  去る者は日に(もつ)(うと)
來者日以親  (きた)る者は日に以て(した)
出郭門直視  郭門(かくもん)を出でて直視すれば
但見丘與墳  ()だ丘と(つか)とを見るのみ
古墓犂爲田  古墓(こぼ)()かれて田と為り
松柏摧爲薪  松柏(しようはく)(くだ)かれて(たきぎ)と為る
白楊多悲風  白楊(はくよう)悲風多く
蕭蕭愁殺人  蕭蕭(せうせう)として人を愁殺(しうさつ)
思還故里閭  (もと)里閭(りりよ)(かへ)らんことを思ひ
欲歸道無因  帰らんと欲するも道()る無し

【通釈】死者は日に日に忘れられ遠い存在となり、
生者は日に日に親しみを増す。
城郭の門を出てまっすぐを見れば、
ただ盛り土した大小の墓があるばかり。
古い墓は鋤き返されて田となり、
常緑の松や檜もいつか砕かれて薪となる。
箱柳に悲しげな風がしきりと吹きつけ、
蕭々と音立てて人を愁いに沈める。
故郷の村里に再び住むことを思い、
帰ろうと願うが、戻るべき道はない。

【語釈】◇松柏 「柏」はカシワでなくヒノキ・サワラ・コノテガシワなど常緑樹の総称。◇白楊 ハコヤナギ。風に葉が鳴るので「山鳴らし」とも言う。ポプラの仲間。

【補記】諺「去る者は日々に疎し」のもととなった詩。和歌では「松柏摧爲薪」や「白楊多悲風」を踏まえた作が見られる。「松柏催爲薪」は劉廷芝の「代悲白頭翁」にも引かれて名高い。

【影響を受けた和歌の例】
下葉すく岸の柳を吹く風の身にしむからに秋ぞかなしき(直仁親王『崇光院仙洞歌合』)
露の間にうつろふ花よさもあらばあれ松もたきぎとなる世なりけり(村田春海『琴後集』)
古里は松もたきぎにくだかれて風のやどりもむなしかりけり(井上文雄『大江戸倭歌集』)

【参考】『徒然草』第三十段
思ひ出でて偲ぶ人あらんほどこそあらめ、そもまたほどなく失せて、聞き伝ふるばかりの末々は、あはれとやは思ふ。さるは、跡とふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず、年々の春の草のみぞ、心あらん人はあはれと見るべきを、果ては、嵐に咽びし松も千年を待たで薪に摧かれ、古き墳は犂かれて田となりぬ。その形だになくなりぬるぞ悲しき。