白氏文集卷四 牡丹芳(抄) ― 2010年04月27日
牡丹の
衞公宅靜閉東院 衛公の宅静かにして東院を閉ざし
西明寺深開北廊
戲蝶雙舞看人久
殘鶯一聲春日長
共愁日照芳難住 共に愁ふ 日照らして
仍張帷幕垂陰涼
花開花落二十日 花開き花落つ
一城之人皆若狂 一城の人皆狂へるが
【通釈】ひっそりとした衛公の邸宅は東院を閉ざしているが、
奧深い西明寺の境内では北の廊下を開放している。
牡丹の上を蝶が双つ戯れて舞い、人々はいつまでも花を眺めている。
里に留まっている鶯が一声鳴いて、春の日は長い。
人々は共に嘆く、日が照りつけて牡丹の色香の保ち難いことを。
そこで垂れ幕を張って涼しい影を落とす。
花が咲いて花が落ちる、その間二十日、
城中の人は皆物の怪に憑かれたかのようだ。
【語釈】◇衞公宅靜 「衛公」が誰を指すかは不明。「宅靜」と言うのは、家族総出で牡丹の花見に出かけているため。◇西明寺 長安にあった大寺院。牡丹の名所。◇北廊 北の渡り廊下。ここから牡丹の花園がよく見えたのであろう。◇残鴬 晩春になっても人里に留まっている鶯。
【補記】長編の新楽府より第二十五句から第三十二句までを抄出した。一首の主題はこの後にあり、「人心重華不重實(人心は華を重んじて実を重んぜず)」と当時の世相を批判し、諸士が農業の振興に取り組むべきことを諷している。「花開花落二十日」の句を踏まえたとおぼしい和歌が幾つか見られる。
【影響を受けた和歌の例】
咲きしより散りはつるまで見しほどに花のもとにて
植ゑたつる籬のうちの茂りあひてはつかに見ゆる深見草かな(源師光『正治初度百首』)
二十日まで露もめかれじ深見草さきちる花のおのが色々(藤原重家『重家集』)
咲き散るは程こそなけれ深見草はつかの月ぞおそく出でぬる(頓阿『続草庵集』)
夏のうちは花に色こきふかみ草はつかの露は月や待ちけん(三条西公条『称名院集』)
行く春をしたふ心のふかみ草花もはつかになりぬと思へば(三倉宜隆『大江戸倭歌集』)
【原詩全文】
牡丹芳 美天子憂農也
牡丹芳 牡丹芳 黄金蕊綻紅玉房 千片赤英霞爛爛 百枝絳點燈煌煌 照地初開錦繡段 當風不結蘭麝囊 仙人琪樹白無色 王母桃花小不香 宿露輕盈泛紫豔 朝陽照耀生紅光 紅紫二色間深淺 向背萬態隨低昂 映葉多情隱羞面 臥叢無力含醉妝 低嬌笑容疑掩口 凝思怨人如斷腸 穠姿貴彩信奇絶 雜卉亂花無比方 石竹金錢何細碎 芙蓉芍藥苦尋常 遂使王公與卿士 游花冠蓋日相望 庳車軟輿貴公主 香衫細馬豪家郎 衛公宅靜閉東院 西明寺深開北廊 戲蝶雙舞看人久 殘鶯一聲春日長 共愁日照芳難駐 仍張帷幕垂陰涼 花開花落二十日 一城之人皆若狂 三代以還文勝質 人心重華不重實 重華直至牡丹芳 其來有漸非今日 元和天子憂農桑 恤下動天天降祥 去歳嘉禾生九穗 田中寂寞無人至 今年瑞麥分兩歧 君心獨喜無人知 無人知 可歎息 我願暫求造化力 減卻牡丹妖豔色 少回卿士愛花心 同似吾君憂稼穡
白氏文集卷十七 十年三月三十日別微之於灃上…(抄) ― 2010年04月26日
十年三月三十日微之に
往事渺茫都似夢 往事は渺茫として
舊遊零落半歸泉 旧遊は零落して半ば
醉悲灑涙春杯裏
吟苦支頤曉燭前 吟の苦しみ、
【通釈】昔のことは果てしなく遠くなり、すべては夢のようだ。
昔の友達は落ちぶれて、半ばは
酒に悲しく酔っては、春の盃の中に涙をこぼし、
詩を苦しく吟じては、明け方の灯の前で頬杖をついている。
【補記】元和十年(815)三月三十日、白居易は灃水のほとりで親友の元稹(元微之)と別れたが、四年後の三月十一日夜、長江の峡谷で偶然再会し、舟を夷陵に停めて三泊したのち再び別れた。その時語り尽くせなかったことを書き、再び逢った時の話の種にしようとの思いから作ったのがこの詩だという。七言十七韻の長詩であるが、そのうち第十三~十六句のみを抄出した。「往事渺茫都似夢 舊遊零落半歸泉」が和漢朗詠集巻下「懐旧」に引かれ、この二句、あるいは「往事渺(眇)茫都似夢」「往事如夢」「往事似夢」「往事渺(眇)茫」などを題として少なからぬ和歌が詠まれた。また『善知鳥』『船橋』『松山鏡』などの謡曲にも引用されている。
【影響を受けた和歌の例】
さかづきに春の涙をそそきける昔に似たる旅のまとゐに(式子内親王『式子内親王集』)
思ひいづる昔は夢のうたた寝に友なき袖のぬれぬ日ぞなき(慈円『拾玉集』)
見しはみな夢のただぢにまがひつつ昔は遠く人はかへらず(藤原定家『拾遺愚草員外』)
むなしくてみそぢの夢はすぐしきぬ老のねざめもいまよりやせん(土御門院『土御門院御集』)
夢とのみすぎにしかたを偲ぶぶればうつせみの世や昔なるらん(藤原為家『為家一夜百首』)
見るままにうつつの夢となりゆくはさだめなき世の昔なりけり(葉室光俊『続後撰集』)
別れをばひと夜の夢とみしかども親のいさめぞたえて久しき(藤原顕氏『続拾遺集』)
来しかたの身の思ひ出も夢なれば憂きをうつつと今はなげかじ(法眼行済『続千載集』)
さだかなる夢よりもけにはかなきは過ぎこしかたのうつつなりけり(花山院師兼『師兼千首』)
思へなほ昔をぬれば見る夢の夢にさめたる仮のうつつぞ(正徹『草根集』)
きえねただ見し世ははてもしら雲のむなしき空にうかぶ面かげ(三条西実隆『雪玉集』)
思ひ出づる事も残らず夢なればさめしともなき我が寝覚かな(香川景樹『桂園一枝』)
【参考】源氏物語・須磨
夜もすがらまどろまず、文作りあかしたまふ。さ言ひながらも、ものの聞こえをつつみて、急ぎ帰りたまふ。いとなかなかなり。御かはらけまゐりて、「酔ひの悲しび涙そそく春の盃のうち」ともろ声に誦じたまふ。御供の人も涙をながす。おのがじしはつかなる別れ惜しむべかめり。
【原詩全文】
十年三月三十日別微之於灃上、十四年三月十一日夜、遇微之於峽中、停舟夷陵、三宿而別。言不盡者以詩終之。因賦七言十七韻以贈、且欲記所遇之地與相見之時、爲他年會話張本也。
灃水店頭春盡日 送君上馬謫通川 夷陵峽口明月夜 此處逢君是偶然 一別五年方見面 相攜三宿未回船 坐從日暮唯長歎 語到天明竟未眠 齒發蹉跎將五十 關河迢遞過三千 生涯共寄滄江上 郷國倶抛白日邊 往事渺茫都似夢 舊遊流落半歸泉 醉悲灑涙春杯裏 吟苦支頤曉燭前 莫問龍鍾惡官職 且聽清脆好文篇 別來只是成詩癖 老去何曾更酒顛 各限王程須去住 重開離宴貴留連 黃牛渡北移征棹 白狗崖東卷別筵 神女台雲閑繚繞 使君灘水急潺湲 風淒暝色愁楊柳 月吊宵聲哭杜鵑 萬丈赤幢潭底日 一條白練峽中天 君還秦地辭炎徼 我向忠州入瘴煙 未死會應相見在 又知何地複何年
白氏文集卷五十一 落花 ― 2010年04月23日
落花 白居易
留春春不住 春を
春歸人寂寞 春帰りて人
厭風風不定 風を
風起花蕭索 風
既興風前歎 既に風前の
重命花下酌 重ねて
勸君嘗綠醅 君に勧めて
教人拾紅萼 人をして
桃飄火燄燄 桃
梨墮雪漠漠 梨
獨有病眼花 独り
春風吹不落
【通釈】春を留めようとしても春は留まらない。
春は去って行き人はしょんぼりとしている。
風を嫌がっても風はおさまらない。
風が吹き立ち花は寂れている。
ついに風前の灯と老いの歎きを起こし、
またも花の下で酒宴を開かせる。
君に美酒を嘗めるよう勧め、
人に紅い花びらを拾わせる。
桃の花が翻って、燃え立つ火のようだ。
梨の花が散って、いちめん雪のようだ。
ただ、病んだ私の目を霞ませる花だけは、
春風が吹いても落ちずに留まっている。
【語釈】◇風前歎 風前の灯のように老い先短いことの歎き。◇綠醅 美酒。◇紅萼 紅い花びら。以下の句によって桃と分かる。◇眼花 白内障などによる、かすみ目。
【補記】大和三年(829)から同六年頃の作かという(新釈漢文大系)。慈円・定家の第一首は「留春春不留、春帰人寂寞」を、第二首は「厭風風不定、風起花蕭索」を句題とした歌。また法印憲実の歌は「留春春不留」の句題和歌。【参考】に挙げた野水の句は「留春春不留、春帰人寂寞」を題とする。
【影響を受けた和歌の例】
をしめどもとまらぬ今日はよしの山梢にひとりのこる春風(慈円『拾玉集』)
山ざくら風に成行く梢よりたえだえおつる滝のしらいと(同上)
春のゆく梢の花に風たちていづれの空をとまりともなし(藤原定家『拾遺愚草員外』)
うらむとてもとの日かずのかぎりあれば人もしづかに花もとまらず(同上)
をしむにはよらぬならひと思ふだになほ歎かるる春の暮かな(法印憲実『閑月和歌集』)
【参考】
行春もこゝろへがほの野寺かな(岡田野水『詩題十六句』)
唐詩選卷六 春暁 ― 2010年04月21日
春眠不覺曉 春眠
處處聞啼鳥 処々
夜來風雨聲
花落知多少 花落つること知んぬ多少ぞ
【通釈】春の眠りは、夜が明けるのも気づかない。
目覚めるとあちこちで鳥の鳴く声がしている。
昨夜は風雨の音がしていたが
花はどれほど散ったことだろう。
【語釈】◇知多少 「多少」は「どのくらい」を意味する疑問詞で、「知」と共に「いったいどれほどか」といった意味になる。「知」を「知んぬ」と訓むのは古来の訓み慣わしに従ったもの。
【補記】唐詩の五言絶句の中でも殊に名高い作であるが、和歌への影響は意外に少ない。
【作者】
【影響を受けた和歌の例】
夢のうちもうつろふ花に風吹きてしづ心なき春のうたた寝(式子内親王『続古今集』)
暁をしらずといへる春ながらことしは夢もやすくむすばず(明治天皇『御集』)
和漢朗詠集卷上 落花 ― 2010年04月18日
惜残春(抄)
残春を惜しむ(抄) 大江朝綱
落花狼藉風狂後
啼鳥龍鐘雨打時
【通釈】風が荒れ狂ったあと、花は激しく散り乱れる。
雨が叩きつけるように降る中、鶯はしょんぼりとした声で啼く。
【語釈】◇龍鐘 龍鍾に同じ。老いて疲れる。うらぶれる。「龍」は前句「狼」と対偶。
【作者】大江朝綱(886~957)。
【補記】出典は御物小野道風筆屏風土代の「惜残春」(下記参照)。土御門院の作は「落花狼藉風狂後」の句題和歌。なお源氏物語・若菜上の柏木の詞「花乱りがはしく散るめりや」の典拠として『河海抄』は「落花狼藉風狂後」の句を挙げている。下に引用した具氏の歌は、直接的には源氏物語を意識したものかもしれない。
【影響を受けた和歌の例】
花さそふ木の下風の吹くままになほ時しらぬ雪ぞみだるる(土御門院『土御門院御集』)
咲きつづく梢を分きて吹く風にみだれがはしく花は散るめり(源具氏『建長八年百首歌合』)
【原詩全文】惜残春 大江朝綱
艷陽盡處幾相思 招客迎僧欲展眉 春入林歸猶晦迹 老尋人至詎成期 落花狼藉風狂後 啼鳥龍鐘雨打時 樹欲枝空鶯也老 此情須附一篇詩
唐詩選卷二 代悲白頭翁(抄) ― 2010年04月17日
白頭を悲しむ翁に代る(抄) 劉廷芝
古人無復洛城東 古人
今人還対落花風 今人
年年歳歳花相似 年々歳々花あひ似たり
歳歳年年人不同 歳々年々人同じからず
【通釈】洛陽の東に花を眺めた古人もすでに亡く
残された私たちは再びここに来て、花を散らす風に向かっている。
毎年毎年、美しい花は同じように咲くが
毎年毎年、花を見る人は変わってしまう。
【補記】「洛陽城東桃李花」に始まる劉廷芝「代悲白頭翁」より第九句から第十二句までを抄した。「
【作者】
【影響を受けた和歌の例】
色も香もおなじ昔にさくらめど年ふる人ぞあらたまりける(紀友則『古今集』)
花の色は昔ながらに見し人の心のみこそうつろひにけれ(元良親王『後撰集』)
昔みし花のとしとし似たれども同じからぬを思ひしらなん(藤原公任『公任集』)
かへりこぬ昔を花にかこちてもあはれ幾世の春か経ぬらむ(西園寺実氏『続古今集』)
【原詩全文】
洛陽城東桃李花 飛來飛去落誰家 洛陽女兒好顔色 行逢落花長嘆息 今年花落顔色改 明年花開復誰在 已見松柏催爲薪 更聞桑田變成海 古人無復洛城東 今人還對落花風 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同 寄言全盛紅顔子 應憐半死白頭翁 此翁白頭眞可憐 伊昔紅顔美少年 公子王孫芳樹下 清歌妙舞落花前 光祿池臺開錦繍 將軍樓閣畫神仙 一朝臥病無相識 三春行樂在誰邊 宛轉蛾眉能幾時 須臾鶴髪亂如絲 但看古來歌舞地 惟有黄昏鳥雀悲
白氏文集卷二十 江樓晩眺、景物鮮奇、吟翫成篇、寄水部張員外 ― 2010年04月12日
江楼にて晩に景物の鮮奇なるを眺め、吟翫して篇を成し、
澹煙疏雨閒斜陽
江色鮮明海氣涼
蜃散雲收破樓閣
虹殘水照斷橋梁 虹
風翻白浪花千片 風
鴈點青天字一行 雁青天に点ず 字
好著丹青圖寫取
題詩寄與水曹郎 詩を題して寄せ与へん
【通釈】淡い靄と疎らな雨のうちに夕陽の光が射し込み、
湖面の色は鮮明となって、海からの気が涼しい。
雲がおさまり、薄まっていた蜃気楼は粉々に失せた。
夕陽が水面を照らし、残っていた虹の橋はずたずたに断たれた。
風は白波に千の花びらをひらめかせ、
雁は青空に一つらの文字を描いている。
よし、絵具で以てこの絶景を写し取り、
詩を題し、水曹郎の君に贈ってあげよう。
【語釈】◇澹煙 澹は淡に同じ。淡いもや。◇蜃 蜃気楼。◇樓閣 蜃気楼によって見えていた高層建築物。◇橋梁 虹を橋になぞらえる。◇丹青赤と青の絵具。 ◇圖寫 写生。◇水曹郎 水部員外郎、張籍。
【補記】湖辺の楼閣からの夕景を嘆賞しているうちに出来た詩を、水部員外郎の張籍に贈ったという。和漢朗詠集巻下「眺望」に「風翻白浪花千片 鴈點青天字一行」が採られている。下の千里・蘆庵の歌は「風翻白浪花千片」の句題和歌。
【影響を受けた和歌の例】
沖つより吹きくる風は白浪の花とのみこそ見えわたりけれ(大江千里『句題和歌』)
白妙の浪ぢわけてやはるはくる風ふくままに花もさきけり(よみ人しらず『新勅撰集』)
沖つ風吹きたつなへに寄る波は散るを惜しまぬ花にぞありける(小沢蘆庵『六帖詠草』)
和漢朗詠集卷上 閏三月 ― 2010年04月11日
花悔帰根無益悔 花は根に帰らむことを悔ゆれども悔ゆるに
鳥期入谷定延期 鳥は谷に
【通釈】桜の花は散ってしまったが、閏三月と知って、根に帰ろうとしたことを悔いても、もはやどうしようもない。
鶯は谷に帰ろうと思ったが、閏三月と知って、きっとその日時を延ばしていることだろう。
【補記】出典未詳。作者名は「藤滋藤」とあるが、釈信阿私注によれば作者は清原滋藤。これの影響を受けた「花は根に」「鳥は古巣に」帰るという趣向の歌は夥しい。
【影響を受けた和歌の例】
根にかへる花の姿の恋しくはただこのもとを形見とは見よ(藤原実行『金葉集』)
花は根に鳥はふる巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき(崇徳院『千載集』)
尋ねくる人は都を忘るれど根にかへりゆく山ざくらかな(藤原俊成『風雅集』)
根にかへる花とはきけど見る人のこころのうちにとまるなりけり(藤原重家『風雅集』)
根にかへる花をうらみし春よりもかた見とまらぬ夏の暮かな(藤原定家『拾遺愚草員外』)
高嶺より谷の梢にちりきつつ根にかへらぬは桜なりけり(藤原良経『秋篠月清集』)
花やどる桜が枝は旅なれや風たちぬればねにかへるらむ(〃)
雪きゆる枯野のしたのあさみどりこぞの草葉やねにかへるらむ(〃)
根にかへる花ともみえず山桜あらしのさそふ庭の白雪(飛鳥井教定『続拾遺集』)
根にかへり雲にいるてふ花鳥のなごりも今の春の暮れがた(伏見院『伏見院御集』)
根にかへり古巣をいそぐ花鳥のおなじ道にや春も行くらん(二条為定『新千載集』)
根にかへる花かとみれば木の本を又吹きたつる庭の春風(正親町公蔭『新拾遺集』)
鳥はまたよそなる谷の桜花ねにかへりても山風ぞふく(冷泉為尹『為尹千首』)
こゑ聞けば古巣をいそぐ鳥もなしまだきも花の根に帰るらん(正徹『草根集』)
根にかへり古巣にゆくも花鳥のもとのちぎりのあれば有る世を(三条西実隆『雪玉集』)
ふるさとへ別るる雁のこゑききて梢の花も根にかへるらん(加藤千蔭『うけらが花』)
白氏文集卷十三 春中與廬四周諒華陽觀同居 ― 2010年04月07日
性情懶慢好相親 性情
門巷蕭條稱作鄰
背燭共憐深夜月
蹋花同惜少年春 花を
杏壇住僻雖宜病
芸閣官微不救貧
文行如君尚憔悴
不知霄漢待何人 知らず
【通釈】性質が懶惰で君とはよく気が合い、
近所の路地は物寂しげなので、隣付き合いにぴったりだ。
灯火を背にして共に深夜の月を賞美し、
散った花を踏んで共に青春を愛惜した。
杏の花咲くこの館は僻遠の地にあり、療養には持って来いなのだが、
御書所に勤める君の官位は低く、貧窮を救うことは出来ない。
詩文も徳行も君のようにすぐれた人が、なお困窮しているとは。
朝廷は如何なる人材を待望しているというのか。
【語釈】◇門巷 家門と近所の路地の家並。<◇芸閣 御書所の唐名。朝廷所属の図書館。◇霄漢 大空。朝廷にたとえる。
【補記】友人の「盧四周諒」と華陽観に同居していた時の作。華陽観とは長安の道観(道士の住処)で、唐代宗の第五女華陽公主の旧宅。永貞元年(805)、白居易は友人たちと共ここに住んだ。和漢朗詠集巻上「春夜」に第三・四句が引かれている。また『采女』『西行桜』などの数多くの謡曲に第三・四句を踏まえた文句がある。下記の慈円・定家の歌はいずれもこの二句を句題とした作である。
【影響を受けた和歌の例】
あり明の月にそむくるともし火の影にうつろふ花を見るかな(慈円『拾玉集』)
そむけつる窓の灯ふかき夜のかすみにいづる二月の月(藤原定家『拾遺愚草員外』)
山の端の月待つ空のにほふより花にそむくる春のともしび(藤原定家『拾遺愚草』)
深き夜の花の木陰にそむけ置きてともにあはれむ春の灯(正徹『草根集』)
さても猶花にそむけぬ影なれやおのれかかぐる月のともしび(木下長嘯子『挙白集』)
灯火もそむけてやみん深き夜の窓の光は雪にまかせて(武者小路実陰『芳雲集』)
千家詩卷三 湖上 ― 2010年04月05日
湖上
花開紅樹亂鶯啼 花開いて
草長平湖白鷺飛 草長じて
風日晴和人意好
夕陽簫鼓幾船歸
【通釈】紅い花が咲いた樹で、むやみに鶯が鳴き、
畔の草が伸びた平らかな湖に、白鷺が飛ぶ。
風は穏やか、日は晴れて、人は心楽しむ。
夕日の照る中、楽の音を響かせて、幾艘かの船が帰って来る。
【語釈】◇風日 風と陽光。◇簫鼓 簫と鼓。楽器。
【補記】抗州の西湖の春を詠む。『千家詩』は南宋の劉克莊(1187~1269)の撰した詞華集。五言絶句・五言律詩・七言絶句・七言律詩の四巻からなる。全テキストが閲覧可。以下の和歌は「花開紅樹乱」を句題和歌とした『頓阿句題百首』所収歌。「乱」の字は正しくは「鶯」に掛かるのであるが、「紅樹乱ル」と誤読したものらしい。同百首は貞治四年(1365)閏九月五日に周嗣が編集・書写したものという(新編国歌大観解題)。
【作者】徐元杰は南宋の人。字は仁伯。江西上饒の人。理宗の紹定五年(1232)の進士で、太常寺少卿・工部侍郎などを歴任した。
【影響を受けた和歌の例】
花の色にみだれにけりな佐保姫のしのぶにかあらぬ春の衣手(頓阿『頓阿句題百首』)
花桜さきそめしよりくれなゐの色にみだるる庭の春風(良守上人)
さくら花うつろはむとや朝日影にほへる雲に山風ぞふく(僧都良春)
紅にうつろはむとや咲く花にみだれてまじる嶺のしら雲(頓宗)
雲ながらうつりにけりな紅の初花ざくら色もひとつに(周嗣)

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