白氏文集卷十四 嘉陵夜有懐二首 ― 2010年03月13日
露濕牆花春意深 露は
西廊月上半床陰
憐君獨臥無言語 憐れむ 君が独り
唯我知君此夜心
其二
不明不暗朧朧月 明ならず暗ならず
不暖不寒慢慢風 暖ならず寒ならず
獨臥空床好天氣 独り
平明閒事到心中 平明
【通釈】露は垣根の花を潤して、春のあわれが深い。
西の渡殿に月が昇り、寝床の半ばを照らしている。
悲しく思う、君が独り言葉も無く床に臥していることを。
ただ私だけが、君の今夜の心を知っている。
其の二
明るくもなく、暗くもない、おぼろな月。
暑くもなく、寒くもない、ゆるやなか風。
私は独り寝床に臥して、天気は穏やか。
明け方、つまらぬ事ばかり心に浮かんで来る。
【語釈】◇平明 夜明け。◇間事 無駄な心配事を言うのであろう。
【補記】元和四年(809)三月、元稹が監察御史として蜀の東川に派遣された時三十二首の詩を詠み、白居易はそのうち十二首に和して酬いた。その第八・九首。那波本白氏文集では其の二の初句は「不明不闇朦朧月」とする。ここでは『全唐詩』などに拠り、我が国でより流通している本文を採った。『千載佳句』巻上「春夜」、『新撰朗詠集』巻上「春夜」、いずれも「其二」の初二句を「不明不暗朧朧月、非暖非寒漫漫風」として引く。
【影響を受けた和歌の例】
大江千里・藤原隆房の歌はいずれも句題和歌である。また讃岐以下の歌は、直接的には千里の「照りもせず」歌の本歌取りであり、白氏の詩は間接的に影響を与えていると言うべきであろう。
照りもせず曇りもはてぬ春の夜のおぼろ
暑からず寒くもあらずよきほどに吹き来る風はやまずもあらなむ(大江千里『句題和歌』)
くまもなくさえぬものゆゑ春の夜の月しもなぞやおぼろけならぬ(藤原隆房『朗詠百首』)
てりもせず雲もかからぬ春の夜の月は庭こそしづかなりけれ(讃岐『千五百番歌合』)
大空は梅のにほひにかすみつつ曇りもはてぬ春の夜の月(藤原定家『新古今集』)
吉野山てりもせぬ夜の月かげにこずゑの花は雪とちりつつ(後鳥羽院『千五百番歌合』)
志賀の浦のおぼろ月夜の名残とてくもりもはてぬ曙の空(同上『元久詩歌合』)
てりもせぬ月のつくまも見ゆばかりあたら夜ごとに霞む空かな(藤原信実『洞院摂政家百首』)
てりもせずおぼろ月夜のこち風にくもりはてたる春雨ぞふる(藤原為家『夫木和歌抄』)
照りもせずかすめばかすむ月ゆゑは曇りもはてじ人の俤(順徳院『紫禁和歌集』)
月ぞ猶くもりもはてぬ山の端はあるかなきかに霞む夕べに(頓阿『草庵集』)
かすみつつ曇りもはてずながき日に朧月夜を待ちくらしぬる(飛鳥井雅親『続亜槐集』)
吉野山咲きものこらぬ花の上にくもりもはてずあり明の月(松永貞徳『逍遥集』)
てりもせぬ春の月夜の山桜花のおぼろぞしく物もなき(本居宣長『鈴屋集』)
てりもせぬおぼろ月夜のをぐら山されどもあかず花かげにして(香川景樹『桂園一枝拾遺』)
最近のコメント