菅家文草卷六 早春内宴、侍清涼殿同賦鶯出谷 ― 2010年03月03日
早春内宴に、清涼殿に
鶯兒不敢被人聞
出谷來時過妙文 谷を出でて来たる時
新路如今穿宿雪
舊巢爲後屬春雲
管絃聲裏啼求友
羅綺花間入得群
恰似明王招隱處
荷衣黄壞應玄纁
【通釈】鶯の子は、人に声を聞かさない。
しかし谷を出て来る時、その声は妙なる経声にもまさる。
通じたばかりの道は、いまだ残雪が深い。
古巣は、谷にたなびく春の霞に委せてゆく。
都へ出ると、美しい管弦の声にまぎれ、啼いて友を求める。
舞妓の花やかな衣裳の間に入って、仲間になる。
ちょうど明君が隠士を招いた宴のようだ。
地味な衣は黄ばんで古び、引出物の玄纁にぴったりだ。
【語釈】◇妙文 すぐれた経典、特に法華経。鶯の声を「ほけきょう」と聞きなしたことから「過妙文」と言う。◇穿宿雪 残雪を踏んで穴をあける。それほどまだ雪が深いということ。◇舊巢 今まで住んでいた巣。時鳥は鶯の巣に産卵し、抱卵・育雛を委ねる。それゆえ次に「屬春雲」と言う。◇爲後 「のちのために」とも訓む。今は岩波古典大系本に従い「こののち」と訓んだ。◇春の雲 谷間にたなびく霞。◇羅綺 羅はうすもの。紗・絽などの織物。綺はあやぎぬ。美しい模様の絹織物。◇明王招隱處 明君が山谷の隠士を招き歓待するところ。谷から出て来た鶯を隠士になぞらえている。◇荷衣 蓮の葉で編んだ衣。仙人や隠者の服装のこと。鶯の地味な色の羽毛を暗示している。◇應 ちょうどよく合う。ぴったりである。◇玄纁 「玄纁」は黒っぽい赤色。引出物とした。
【補記】醍醐天皇の昌泰二年(899)正月二十一日の内宴に侍っての応製詩。谷を出た鶯を、山を出た隠士になぞらえ、内裏の華やかな宴に紛れ込んだとした。和漢朗詠集巻上「鶯」に第三・四句が引かれている。特に第四句「旧巣為後属春雲」を踏まえて多くの和歌が作られた。土御門院の御製はこの句を題として詠まれたものである。
【影響を受けた和歌の例】
わが苑を宿とはしめよ鶯の古巣は春の雲につけてき(藤原俊成『風雅集』)
啼きとむる花かとぞ思ふ鶯のかへる古巣の谷の白雲(藤原家隆『新続古今集』)
鶯のかへる古巣やたづぬらん雲にあまねき春雨の空(藤原定家『拾遺愚草』)
鶯もまだいでやらぬ春の雲ことしともいはず山風ぞ吹く(同上)
古巣うづむ雲のあるじとなりぬらん馴れし都をいづる鶯(藤原良経『秋篠月清集』)
白雲をおのが巣守りとちぎりてや都の花にうつる鶯(土御門院『土御門院御集』)
啼き出でむ空をや待たむ鶯の雲につけてし旧巣なりせば(三条西実隆『雪玉集』)
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