月照平沙夏夜霜 ― 2010年07月24日
白氏文集卷二十 江樓夕望招客
海天東望夕茫茫 海と天と 東を望めば夕べ
山勢川形濶復長
燈火萬家城四畔
星河一道水中央
風吹古木晴天雨 風は
月照平沙夏夜霜 月は
能就江楼銷暑否
比君茅舎校清涼 君が
【通釈】夕方、東方を望めば、海も空も茫々と暮れ、
山並も川の流れも、ゆったりとどこまでも続いている。
あまたの家々の灯火は城市の四辺まで行き渡り、
天の河が一すじ、川面の中央に映じている。
風は古木を吹いて、晴天の雨のように音を立て、
月は平らかな川砂を照らして、夏の夜に降りた霜のようだ。
君もこの川のほとりの楼閣に来て避暑が出来ないものか。
君の狭苦しい茅屋に比べれば、少しは涼しいだろう。
【補記】抗州の銭塘江のほとりの楼閣からの夕べの眺めの素晴らしさに、客を招こうと詠じた詩。和漢朗詠集巻上夏の「夏夜」に「風吹古木晴天雨 月照平沙夏夜霜」が引かれている。大江千里の歌は「月照平砂夏夜霜」の句題和歌。「夏月」の題詠でこの句を踏まえたと思われる和歌は少なからず見える。『新撰万葉集』の歌は「風吹古木晴天雨」を踏まえたものであろう。また謡曲『雨月』『経政』に両句を踏まえた章句が見える。
【影響を受けた和歌の例】
月影になべて真砂の照りぬれば夏の夜ふれる霜かとぞ見る(大江千里『句題和歌』)
夏の夜の霜やおけると見るまでに荒れたる宿をてらす月影(作者未詳『寛平御時后宮歌合』)
今夜かくながむる袖のつゆけきは月の霜をや秋とみつらん(よみ人しらず『後撰集』)
夏の夜もすずしかりけり月影は庭しろたへの霜と見えつつ(藤原長家『後拾遺集』)
雲きゆる空にや月のさえつらん庭もこほらぬ夏の夜の霜(西園寺実氏『弘長百首』)
ひさかたの照る日にあへどいかなれば霜と見ゆらん夏の夜の月(弁内侍『弁内侍日記』)
身にしみて月ぞ涼しき白妙の袖のひとへや夏の夜の霜(宗良親王『宗良親王千首』)
月もなほ残るみぎりの朝きよめ夏さへ霜をはらふとぞ見る(堯孝『新続古今集』)
夏の夜の霜には月もまがひけり雪とぞ見ゆる庭の卯の花(香川景樹『桂園一枝拾遺』)
(2010年7月31日加筆訂正)
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