佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』目次2016年08月31日

1 東海道線 2 京都附近 3 伊勢方面
4 大和紀伊方面 5 大阪神戸附近 6 山陽線
7 山陰線 8 四国 9 九州 10 中央線
11 信越線 12 北陸線 13 総武線 14 常盤線
15 東北線 16 磐越線、奥羽線 17 北海道及樺太
18 台湾 19 朝鮮及満洲 20 支那及印度 21 欧米及其他

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線14 松江・宍道湖2016年08月27日

宍道湖の夕暮

松江

中の海と宍道湖との間にあり。駅より北半里に松江城址あり。

藤井喜一

出雲富士はつかにかかる雲を見て旅の夕べをさびしみにけり

宍道湖

松江駅の西十町にあり。周囲十一里半、碧雲湖の名あり。湖中、嫁が島あり。

松平乗承のりつぐ

朝ぼらけみどりの雲のうみとほく浪よりあくるながめ涼しも

今井康子

湖に夜釣のともしうるむまで立ちてをあれど見るにあかなく

補録

松江

上田秋成

出雲なる松江のすずき秋風に姿を見せて立てるしら波

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線13 安来・中海2016年08月26日

中海 鳥取県米子市にて

中海 ©鳥取県

安来やすき

中の海に臨む。

錦織幸子

日本海の夕べはさびし燈台の灯も見えぬまで秋雨降れば

補録

中海なかうみ

中の海とも。鳥取・島根県境にまたがる汽水湖。西にある宍道湖と大橋川によってつながっている。古くは「飫宇おうの海」と言った。

 

出雲守門部かどべのおおきみの京を思ふ歌一首(万葉集)

飫宇の海の河原の千鳥汝が鳴けばわが佐保川の思ほゆらくに

門部王の恋の歌(万葉集)

飫宇の海の潮干の潟の片思ひに思ひや行かむ道の長手を

讃岐守安宿あすかべのおほきみ等、出雲掾安宿あすかべの奈杼麻呂などまろの家に集ひて宴する歌(万葉集)

おほきみのみことかしこみ於保おほの浦をそがひに見つつ都へのぼる

(注:「於保の浦」(原文「於保乃宇良」)が出雲国庁近くの浦であるとすれば、現在の中海の一部にあたるかと推測される。)

源俊頼

おうの海にしのまの海人のかづくてふ風のかがみの堪へがたの世や

加納諸平

飫宇の海の その川千鳥 千世とぎ 八千世とぎて 今日もかも 円居まとゐすらしも ことほがひ さかほがひして 今もかも 宴すらしも 玉松の はしき島山 ゆきめぐる 月日も知らに 宴すらしも

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線12 美保の関2016年08月25日

美保の崎(地蔵崎)

写真は美保神社飛地「地の御前」。沖合には「沖の御前」と呼ばれる小島があり、神話で事代主命が釣をしていたとされる所。島根県松江市美保関町地蔵崎。

美保の関

島根半島の東端。境駅より汽船にて四十分を要す。(注:現在では松江駅や境港駅からコミュニティバスが利用できる)

三条実美

みほが関よるの浪の穂のいちじろく神世のあとぞここに残れる

藤井喜一

明け方を頬白なけばもやはれて浜の小松のすくすく立てり

宮川秀理

出雲富士片曇りして美保の海の真帆ことごとく夕やけにけり

林国太郎

美保の海夕もや淡く立ちこめて涼しく立てり夜見の松原

補録

内山真竜翁にともなひて出雲国に行きける時
藤原重年

島根の 手すみの浦を 朝なぎに こぎ出でて見れば 神さぶる 山はあれども 浪よする 海はあれども 天地あめつちの 事代主ことしろぬしと 名かかせる 神の御手もち 釣らしし この美保の崎に く崎あらめや

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線11 夜見が浜・境2016年08月21日

弓ヶ浜(鳥取県米子市)

夜見よみが浜

米子より北西に、美保湾と中海とを隔つる沙洲。米子より洲端の境まで鉄道あり。(注:鳥取県西端部。今は普通「弓ヶ浜」と呼ぶ。米子駅から境港駅までJR境線が運行している。)

今井康子

夜見が浜朝しほさせば靄の中に網うつ人の影おぼろなり

投網とあみうつ日野の河尻砂ふめば目もはろかなり夜見の浜松

錦織幸子

夜見が浜白き砂原小松原月草に吹くしろがねの風

月かげはほのかにさして海にゆく千鳥啼くなり夜見の大浜

夜見が浜の尖端にあり。(注:鳥取県境港市。もとさかえ町と言ったが、昭和二十九年、近隣の町村を合併して境港さかいみなと市と称した。)

錦織幸子

汽笛鳴りぬ又鳴りぬ錨上ぐる音境の港雨にうるめり

今井康子

一筋の潮をへだてて隣国のくがにもうつる此町の

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線10 安養寺・米子2016年08月18日

米子市街

米子城跡より米子市街と日本海を望む。

安養寺

日野川の鉄橋より上流十町あまりの左岸にあり。後醍醐天皇の皇女瓊子たまこ内親王の御墓あり。

 

元弘のはじめつかた、世の中みだりがはしく侍りしに、思ひわび、さまなどかへけるよしききて、瓊子内親王もとへ申しつかはしける

尊良親王

いかでなほわれもうき世をそむきなむ羨しきは墨染の袖

返し
瓊子内親王

君は猶そむきなはてそとにかくに定めなき世の定めなければ

米子よなご

中海に面して夜見半島の頭部を占む。法成寺に連理の松あり。

錦織幸子

帯のよな米子の街と誰かいひし月になりゆく久米の城山

今井康子

日本海に入日沈めばあかあかと裾野をかけて雲の峰映ゆ

大山の裾野よぎりて夕風は錦の海にさざなみたたす

補録

米子よなご

冷泉須賀子

天主台のぼりてみれば霧はれて波路はるかに隠岐のしまみゆ

米子市にて
昭和天皇

あまたなるいか釣り舟の漁火は夜のうなばらにかがやきて見ゆ

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線8 三朝2016年08月15日

三朝温泉(鳥取県撮れたて写真館)

三朝温泉街 ©鳥取県

補録

三朝

鳥取県東伯郡三朝町。温泉地として名高い。

与謝野寛

三朝湯のゆたかなるかなこころさへこの新しく湧くに学ばん

与謝野晶子

川波が雨の裾をば白くする三朝の橋を越えてこしかな

斎藤茂吉

したしきはうす紅の合歓の花むらがり匂ふ旅のやどりに

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線7 鳥取砂丘2016年08月12日

鳥取砂丘 馬の背

鳥取砂丘 馬の背

補録

鳥取砂丘

鳥取県鳥取市。千代せんだい川の河口から発達した海岸砂丘で、面積では青森県の猿ヶ森砂丘に次ぐ日本第二位の大砂丘。河口東側を「浜坂砂丘」とも呼ぶ。

有島武郎

浜坂の遠き砂丘のなかにしてさびしき我を見いでけるかも

与謝野晶子

砂丘とは浮かべるものにあらずして踏めば鳴るかな寂しき音に

池本利美

白々と砂丘も海もかすみたる風の光となりて歩めり

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線6 因幡山2016年08月09日

因幡国庁跡

因幡国庁跡より因幡山を望む。

補録

因幡山

鳥取県鳥取市国府町の小山。稲羽山、稲葉山とも書く。国庁跡の東北。ただし在原行平の歌の「いなばの山」は固有名詞でなく「因幡の国の山」と見る説もあり、また『歌枕名寄』など中世の歌学書は美濃国の歌枕としている。

在原行平「古今集」

立ちわかれいなばの山の峰におふるまつとしきかば今かへりこむ

慈円

嶺の松も裾野の萩もなびききていなばの山はただ秋の風

藤原定家「新古今集」

忘れなむまつとな告げそ中々にいなばの山の峰の秋風

源具親

いかでかは待つともきかんはるばるといなばの山の峰の秋風

伏見院「新千載集」

都人まつとしきかば言伝てよ独りいなばの嶺の嵐に

冷泉為尹

嵐ふく峰の霞のたちわかれいな葉の山の松ぞ見えゆく

尭孝

峰に生ふる松吹きこしていなば山月の桂にかへる秋風

因幡国庁跡

鳥取市国府町。天平宝字三年(759)正月一日、因幡守であった大伴家持が因幡国庁で詠んだ一首は万葉集の巻末歌。

大伴家持「万葉集」

あらたしき年のはじめの初春のけふ降る雪のいやしけ吉言よごと

佐佐木信綱

ふる雪のいやしけ吉事よごとここにしてうたひあげけむ言ほぎの歌