定家全釈:部類歌釈教その二 ― 2012年05月18日
人のよませ侍りし、
化城喩品哥 2743 仮の宿にたとふる
法 をあふげどもしばしやすめぬ身の憂へかな
【原文】かりのやとにたとふるのりをあふけともしはしやすめぬ身のうれへ哉
【通釈】化城に喩えて一先ず休息することを説く仏の教えを仰ぎ尊ぶけれども、我が身の憂いはしばしも休むことがない。
【語釈】◇仮の宿 法華経の「化城」による。導師が一行の者を休息させるため、かりそめに作った幻の城。
【参考】「法華経・化城喩品」(→資料)
汝等当前進 此是化城耳 我見汝疲極 中路欲退還 故以方便力 権化作此城 汝今勤精進 当共至宝所
【解説】人に勧められて(あるいは命ぜられて)法華経の《化城喩品》を題に詠んだ歌。衆生を教導するに際しては、いきなり究極の教えに導くのでなく、一先ず安心させる教えを説く必要のあることを、長旅において導師が幻の城を作って一行を暫く休息させることに喩えて説いた化城喩品の一節を踏まえる。以下、法華経の各品を順次主題とする歌が十一首続く(法華経の品を題とする歌は古来極めて多いので、以下題についてはいちいち先例を記さない)。
報恩会、
五百 弟子 品 2744 恋しとてこがるる色もあらしふく
柞 が原に人もやどらで
【原文】こひしとてこかるゝ色もあらしふくはゝそかはらに人もやとらて
【通釈】焦がれるような紅葉の色もあるまいから、嵐の吹く柞原には人が宿ることもない。(仏国土においては、恋しいと焦がれる色情もあるまい。人は母胎に宿らずして
【語釈】◇色もあらしふく 「色もあらじ」「嵐吹く」と掛けて言う。「色」は色欲の意に主旨があるが、「柞」との縁から紅葉の色の意も兼ねる。◇柞が原に人もやどらで 「柞」に「母(母胎)」の意を掛け、法華経の「一切衆生。皆以化生」の「
【参考】「法華経・五百弟子受記品」(→資料)
無諸悪道。亦無女人。一切衆生。皆以化生。無有婬欲。
【解説】いつとも知れないが、報恩会(報恩講)において法華経の《五百弟子品》を題に詠んだ歌。仏国土においては色欲もなく人は母胎を経ずして化生することを、「ははそ」が「母」の語を含む縁から、嵐吹く柞原に寄せて詠む。
同会、
人記品 2745 もろともに思ひそめける紫のゆかりの色もけふぞしらるる
【原文】もろともに思そめけるむらさきのゆかりの色もけふそしらるゝ
【通釈】釈迦が従兄の阿難と共に発心なさったご縁の有り難さも、縁者と共に発心を起こす報恩会の今日、しみじみと知られるのだ。
【語釈】◇もろともに 釈尊と阿難と一緒に。◇思ひそめける 発心した。授学無学人記品の「同時発阿耨多羅三藐三菩提心」による。「そめ」は「染め」の意が掛かり「紫」「色」の縁語。◇紫のゆかりの色 親類縁者であるしるし。既出。
【参考】「法華経・授学無学人記品」(→資料)
諸善男子。我与阿難等。於空王仏所。同時発阿耨多羅三藐三菩提心。阿難常楽多聞。我常勤精進。
【解説】《人記品》(授学無学人記品)は、釈尊の従兄である阿難や、子である
大輔勧住吉
一品経 、法師品 2746 たづねゆく清水にちかき道ぞこれ
御法 の花の露のしたかげ
【原文】たつねゆくし水にちかきみちそこれみのりの花のつゆのしたかけ
【通釈】尋ね求めてゆく清水のように浄らかな教えに近づく道こそがこれ、法華経の一品経供養である。
【語釈】◇清水にちかき道 法師品の「近水」による。「清水」は法華経によって近づき得る仏の智慧の喩え。◇御法の花 法華経の喩え。◇露のしたかげ 一品経供養(法華経を一品ずつ順次に仏前読誦する供養)の喩え。
【参考】「法華経・法師品」(→資料)
如人渇須水 穿鑿於高原 猶見乾燥土 知去水尚遠 漸見湿土泥 決定知近水
藤原俊成「千載集」(→資料)
武蔵野のほりかねの井もあるものをうれしく水の近づきにける
【解説】殷富門院大輔(→人名辞典)が勧進した住吉一品経供養において《法師品》を題に詠んだ歌。一品経によって法華経の教えに近づく喜びを詠んだ。
報恩会、
提婆品 2747 わたつうみの底の玉藻に宿かりて南の空をてらす月影
【原文】わたつうみのそこのたまもにやとかりてみなみのそらをてらす月かけ
【通釈】海の底の玉藻に宿を借りて、竜女は月影さながら南の空を照らし、衆生に妙法を説いている。
【語釈】◇底の玉藻 水底に棲む竜女の喩え。◇南の空 提婆達多品の「南方無垢世界」による。◇月影 悟りを得た竜女の喩えであろう。
【参考】「法華経・提婆達多品」(→資料)
当時衆会。皆見竜女。忽然之間。変成男子。具菩薩行。即往南方。無垢世界。坐宝蓮華。成等正覚。三十二相。八十種好。普為十方。一切衆生。演説妙法。
勝超法師「金葉集」(→資料)
わたつ海の底のもくづと見しものをいかでか空の月と成るらん
【他出】続古今集773、六家抄
【解説】上に引用した《提婆品》の一節は、竜女の成仏のさまを衆徒が目撃する場面。畜生道に生まれ、女人でもあった竜女さえ浄土に住することができた法華経の功徳を讃える。いつとも知れないが、報恩会(報恩講)において法華経の各品を題に詠んだ歌。
定家全釈:部類歌釈教その一 ― 2012年05月17日
釈教
後法性寺入道関白殿舎利講に、詩哥結縁あるべしとて、
十如是 の心を、相 2733 跡もなくむなしき空にたなびけど雲のかたちはひとつならぬを
【原文】あともなくむなしきそらにたなひけとくものかたちはひとつならぬを
【通釈】跡も残さずに消えてしまう虚空に棚引くけれども、雲の形は一つではない。
【語釈】◇後法性寺入道関白殿 藤原兼実(→人名辞典)。◇舎利講 仏舎利を供養する法会。◇十如是 『法華経』方便品(→資料)に説かれる十の因果律、相・性・躰・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等。
【解説】兼実が主催した舎利講で十如是の心を詠んだ十首のうち、《相》を詠む。物事の存在の仕方の一つである「相」、すなわち現象としてのすがたを、常に変化してやまない雲に寓する。「入道関白」とあるので、兼実が出家した建仁二年(1202)二月以後、死去した承元元年(1207)以前の作。定家四十一歳より四十六歳までにあたる。
性 2734 にごり江やを河の水にしづめどもまことはおなじ山の端の月
【原文】にこり江やを河の水にしつめともまことはおなし山のはの月
【通釈】山の端の月が濁り淀んだ川の水に沈んでいるように見えても、
【語釈】◇にごり江や 「にごり江」は河海の水が湾入して淀み濁っているところ。「や」は場所を示す用法。◇を河の水 川の水。「を」は特に意味のない接頭語で、「小川」ではない。◇しづめども 水に映じ、水中に没しているように見えても。
【解説】「十如是」第二首、《性》を詠む。現象的存在(相)が常に変化しているのに対し、「性」は恒常的な本体・本質であり、それを月に象徴させた。
躰 2735 かりそめに鶴の林の名をたてし
煙 ののちのすがたをぞ見る
【原文】かりそめにつるの林の名をたてしけふりのゝちのすかたをそ見る
【通釈】かりそめに沙羅双樹の林で涅槃に入られ、荼毘に付された煙ののちの御姿を拝する。
【語釈】◇鶴の林 沙羅双樹の林。釈迦入滅の象徴。釈迦の死を悲しみ、鶴の羽のように白く枯死したことから
【解説】「十如是」第三首。《躰》ははたらきのもとになる存在であり、そのものの本質としての在り方。ここでは火葬の煙のあとに残った仏舎利に「躰」を寓したのである。
力 2736
水馴棹 いはまに波はちがへどもたゆまずのぼる宇治の川舟
【原文】みなれさほいはまになみはちかへともたゆますのほるうちのかはふね
【通釈】岩間を奔る波とは互い違いに行くけれども、水馴棹を弛まず操って、宇治の川舟は
【語釈】◇水馴棹 既出。◇ちがへども 互いに違った方向へ行くけれども。
【他出】続千載集962
【解説】「十如是」の第四、《
作 2737 春の田に心をつくる山がつも植うる早苗ぞ色にいでける
【原文】春の田に心をつくる山かつもうふるさなへそ色にいてける
【通釈】春の田作りに農夫は心も尽きるばかり疲れるが、植えた早苗は美しい緑の色を現わしているのだった。
【語釈】◇心をつくる 「つくる」は田を作る意と「尽くる」意を兼ねる。
【解説】「十如是」第五首、《
【校異】第四句「さなへそ」、名古屋大学本・岩波文庫「早苗
因 2738 種まきし春をわすれぬつまなれや垣ほにしのぶ大和撫子
【原文】たねまきし春をわすれぬつまなれやかきほにしのふやまとなでしこ
【通釈】種を蒔いた春を忘れずに思い出す手がかりなのだろうか。垣根に賞美する大和撫子は。
【語釈】◇春をわすれぬつま 春を忘れずにいる(たびたび思い出す)手がかり。「つま」は端緒の意。◇垣ほにしのぶ 「垣ほ」は垣根。「しのぶ」は賞美する意であろう。「夢なれや卯の花月夜ふくる夜に垣ねにしのぶ鳥の一声」(正治後度百首、家長)。◇大和撫子 既出。
【参考】よみ人しらず「古今集」(→資料)
あな恋し今も見てしか山がつの垣ほにさける大和撫子
【解説】「十如是」第六首。《因》は縁(間接的条件)に対して直接的原因であり、「果」のもととなるもの。美しい撫子の花を、それを咲かせた原因としての「種」に思いを馳せるものとして詠んだのである。
縁 2739 年をへて
子日 になるる姫小松ひくにぞ千代の影も見えける
【原文】年をへて子日になるゝひめこ松ひくにそちよのかけも見えける
【通釈】長年の間、子日に姫小松を引くことに馴れた。それゆえにこそ千代の松の影も見えるのであった。
【語釈】◇子日 既出。◇姫小松 既出。◇千代の影 千代を経た松のすがた。「影」に「陰」すなわち木陰の意を読むこともできよう。
【解説】「十如是」第七首。《縁》は、直接的原因である「因」に対し、間接的条件を言う。小松を引き抜くことはそれ自体が老松の原因にはならないが、老松を生むのに必要な条件ではある。子日という「縁」あってこそ、めでたい千代の松という将来(報)があるとしたのである。
果 2740 袖の香をよそへて植ゑし橘も朝おく霜に
実 をむすぶまで
【原文】袖のかをよそへてうへしたちはなもあさをくしもに身をむすふまて
【通釈】袖に花の香を懐かしもうと植えた橘も、朝霜が置く中、実を結ぶまでになった。
【語釈】◇袖の香をよそへて 懐かしい袖の香にことよせて。「香」には「果」の意が掛かり、題意を隠すと共に、「実を結ぶ」の縁語となる。
【参考】よみ人しらず「古今集」(→資料)
五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
【解説】「十如是」第八首、《果》を詠む。「果」は、直接的原因である「因」に対する結果。冬に橘の実がなったことを、夏に樹を植えたことの「果」として詠んだのである。
報 2741 しらぬ世を思ふもつらき目のまへにまた歎きつむのちの
煙 よ
【原文】しらぬよを思ふもつらきめのまへに又なけきつむのちのけふりよ
【通釈】知らない前世の因縁を思うのも辛い、目の当たりの現世にあって、さらにまた歎きを積んで、後世の煙に咽び泣く報いを受けるのだろう。
【語釈】◇しらぬ世 知らない前世。◇目のまへ 目の当たりにしている現世。◇歎き 「投げ木」すなわち薪の意が掛かり、「つむ」「煙」の縁語。この掛詞を用いた「なげきつむ」「なげきこりつむ」などの語句は先例が少なくない。◇のちの煙 後世の煙。煙は人を咽び泣かせる辛いことの喩え。
【解説】「十如是」第九首。《報》は「縁」に由るところの応報。定家は前世での縁が現世の辛さという「報」を招き、それがまた後世の憂さに連鎖してゆくことを歎いたのである。
【校異】結句「けふりよ」、名古屋大学本「煙に」。
本末究竟等 2742 浅茅生やまじる蓬の末葉までもとの心のかはりやはする
【原文】あさちふやましるよもきのすゑ葉まてもとの心のかはりやはする
【通釈】浅茅生にまじって生える蓬の末葉まで、昔の心が変わったりするだろうか。
【参考】「源氏物語・蓬生」(→資料)
尋ねても我こそとはめ道もなく深き蓬のもとの心を
【他出】続拾遺集1345、六家抄
【解説】「十如是」第十首(結)。《本末究竟等》とは、「相」から「報」までの九つの存在のあり方が究極は無差別平等であること。そのことを、初心を変えずに恋人を待つ女の家の荒れた庭によって寓したのである。
定家全釈:部類歌神祇その六 ― 2012年05月17日
道のほどの哥、山路月
2725 袖の霜にかげうちはらふ深山路もまだ末とほき
夕月夜 かな
【原文】袖の霜にかけうちはらふみ山ちもまたすゑとをきゆふつくよ哉
【通釈】夕月夜、袖の霜に映った月影をうち払う。これほど深い山路にあっても、まだ先は遠いことよ。
【語釈】◇かげうちはらふ 月の光を霜と一緒にさっと払う。◇まだ末とほき 目的地(熊野)までの道は遠い。
【他出】明月記
【解説】熊野詣の道中、折々詠んだ歌八首の初。『明月記』によれば十月七日、厩戸の王子(大阪府泉南市中小路)の御所で詠んだ二首の一。題《山路ノ月》は既出。
暁初雪
2726 冬も今朝ことしの雪をいそぎけり
夜 をこめてたつ峰の明けぐれ
【原文】冬もけさことしの雪をいそきけりよをこめてたつみねのあけくれ
【通釈】まだ夜深いうちから宿を発つと、明けかけてなお暗い峰に、初雪が降っている。冬も今朝、今年の初雪を急ぐのだった。
【語釈】◇冬も…いそぎけり 一行の人々も急いで宿を発ったので、「冬も」と言う。◇ことしの雪 今年初めての雪。◇明けぐれ 既出。曙より少し暗い頃。
【解説】前歌と同じ時の詠。題《暁ノ初雪》は前例未見。『明月記』にはこの題で「色々のこのはのうへにちりそめて雪はうづまずしののめのみち」の歌を録している(員外之外3796)。
【校異】第三句「雪を」、名古屋大学本・岩波文庫「雪と」。第三句「いそきけり」、新編国歌大観「いそぎける」。
深山紅葉
2727 深山路は紅葉もふかき心あれや嵐のよそにみゆきまちける
【原文】み山ちはもみちもふかき心あれやあらしのよそにみゆきまちける
【通釈】この深山路では、紅葉も深い心があるからだろうか。嵐が吹くのをよそに、散ることなく御幸をお待ち申している。
【本歌】藤原忠平「拾遺集」(→資料)
小倉山峰のもみぢ葉こころあらば今ひとたびのみゆき待たなむ
【他出】熊野懐紙、明月記
【解説】『明月記』によれば十月九日、湯浅(和歌山県有田郡湯浅町)の宿で後鳥羽院より召された二首の一。題《深山紅葉》は源経信の歌に先蹤があり、金葉集と『経信集』に収録されている。『明月記』にはこの題で「こゑたてぬあらしも深き心あれやみ山のもみぢみゆき待ちけり」を記し、『熊野懐紙』にもこの形で伝わる。
海辺冬月
2728 くもりなき浜の真砂に君が代の数さへ見ゆる冬の月影
【原文】くもりなきはまのまさこにきみかよのかすさへ見ゆる冬の月かけ
【通釈】冬の月光によって曇りなく照らし出された浜の真砂に、君の限りないご寿命の数さえも見える。
【語釈】◇くもりなき 曇りなく月光に照らし出されたさま。
【本歌】よみ人しらず「古今集」(→資料)
わたつ海の浜の真砂をかぞへつつ君が千歳のありかずにせむ
【参考】よみ人しらず「古今集」(→資料)
白雲に羽うちかはし飛ぶ雁の数さへ見ゆる秋の夜の月
【他出】熊野懐紙、明月記
【解説】前歌と同日の詠。題《海辺冬月》は確かな前例を見出し得ない。月に反映する浜辺の真砂の数に君が代の数を見、祝意を表した。
【校異】結句「冬の月かけ」、名古屋大学本・岩波文庫「冬のよの月」。
河辺落葉
2729 そめし秋を暮れぬと誰かいはた河まだ波こゆる山姫の袖
【原文】そめし秋をくれぬとたれかいはた河またなみこゆる山ひめのそて
【通釈】紅に染めた秋を、もう暮れてしまったと誰が言おう。岩田川では、まだ山姫の袖のように美しい紅葉が波を越えて流れている。
【語釈】◇そめし秋 山姫が紅葉を染めた秋。◇誰かいはた河 「誰か言は(む)」「岩田河」と掛けて言う。岩田川は今の
【他出】明月記、夫木和歌抄、愚問賢註、六家抄
【解説】十月十三日、滝尻(和歌山県田辺市中辺路町)の宿所で後鳥羽院より題を給わった二首の一。題《河辺落葉》は前例未見であるが、「水上落葉」などの題で川に散った紅葉は数多く詠まれて来た。定家は錦秋の美をなお残す川面の紅葉を、山姫の袖に見立てた。なお、この日定家が岩田川(石田河)を渡った時の『明月記』の記事には次のようにあり、当日の経験に想を得た歌であることが推測される。「是より歩みて、石田河を指して渡る。先づ、一ノ瀬の王子に参じて、之を渡る。次でアイカの王子に参ず。河の間、紅葉浅深の影、波に映ず。景気殊に勝る。河の深き処、股に及ぶ。袴を
旅宿冬月
2730 岩浪のひびきはいそぐ旅の庵をしづかにすぐる冬の月影
【原文】いは浪のひゝきはいそくたひのいほをしつかにすくる冬の月かけ
【通釈】岩を打つ波の響きは慌ただしく聞こえる旅の庵であるが、冬の月影は上空をおだやかに過ぎてゆく。
【他出】明月記、六家抄
【解説】前歌と同じ日の詠。「月はしづかにみゆるに、浪のひゞきは宿へ道をいそぐ様なる心也」(六家抄)。題《旅宿冬月》は『月詣和歌集』に先蹤が見える。『明月記』では初句「たきがはの」。
羇中霰
2731 冬の日を霰ふりはへ朝たてば浪に浪こす佐野の松風
【原文】冬の日をあられふりはへあさたては浪に浪こすさのゝ松風
【通釈】霰の降る冬の日、ことさらに朝出発すると、波を次々に立てて、佐野のわたりに激しい松風が吹く。
【語釈】◇ふりはへ 既出。「降り」「振り延へ」の掛詞。「ことさらに」の意で「朝たてば」にかかる。◇朝たてば 朝出発すると。「たて」は浪の縁語。◇佐野の松風 佐野のわたりを吹く松風。「佐野」は「佐野のわたり」で既出。
【他出】夫木和歌抄
【解説】以下二首も熊野御幸の道中の作であるが、詠まれた場所・月日ともに不明。題《羇中霰》は前例未見であるが、「旅行霰」「旅宿霰」など類想の題は先例がある。定家は熊野新宮に近い佐野の渡りに降る霰まじりの松風を詠んだ。
夕神楽
2732 神垣や今日の空さへゆふかけて
三室 の山の榊葉の声
【原文】神かきやけふのそらさへゆふかけてみむろの山のさか木はのこゑ
【通釈】神社の垣の内では、今日の空さえ夕方になって、木綿を懸けた神官が「三室の山の榊葉」を歌う声が聞こえる。
【語釈】◇ゆふかけて 「夕かけて」「
【参考】作者未詳「古今集」(→資料)
神垣の三室の山の榊葉は神のみまへにしげりあひにけり
【解説】題《夕神楽》は前例未見。熊野参詣の途次、各王子で神楽が奏されたことが『明月記』に見え、それに因んだ出題であろう。
拾遺愚草下・神祇部おわり
(2012年5月18日加筆訂正)
定家全釈:部類歌神祇その五 ― 2012年05月15日
那智
深山風2720 風の音もただ世の常にふかばこそ深山いでての形見にもせめ
【原文】風のをともたゝ世のつねにふかはこそみ山いてゝのかたみにもせめ
【通釈】ただ尋常に吹く風の音であれば、深山を出てのちの思い出の種にもしようが。那智社で聞く風の音は並大抵でなく、形見とするには激しすぎる。
【解説】建仁元年(1201)十月、後鳥羽院の熊野御幸に従駕しての詠。熊野三山の一、那智(既出)に至ったのは十月十九日。「山海の眺望、興無きにあらず。(中略)未の時、那智に参著す。先づ滝殿を拝す。嶮岨遠路、暁より不食、無力極めて術無し」(明月記)。その夜更けに御所で詠んだ三首。題《深山ノ風》は前例未見。山風は激しすぎて旅の思い出の種にもならないと歎くが、それは那智社の鎮座する山の奥深さに対する讃歎の心でもあろう。
滝間月
2721 やはらぐる光そふらし滝の糸のよるとも見えずやどる月影
【原文】やはらくるひかりそふらしたきのいとのよるとも見えすやとる月かけ
【通釈】和光同塵の光を添えているらしい。滝の白糸は夜とも見えぬほど煌々として、月の光が宿っている。
【語釈】◇やはらぐる光 既出。◇滝の糸 白糸のように流れ落ちる滝。「滝」は那智の滝。糸を
【解説】那智での第二首。題《滝間月》は前例未見。那智の滝に映る月光に那智大権現の示現を見る。
寺落葉
2722 寺ふかき紅葉の色に跡たえて
唐紅 をはらふ木枯し
【原文】てらふかきもみちの色にあとたえてから紅をはらふこからし
【通釈】寺の庭奧深く、深く積もった紅葉の色に埋れて、人の足跡も絶えた。ただ木枯しが美しい紅の葉を吹き払っている。
【語釈】◇寺ふかき紅葉の色 寺の奧深く、深い紅葉の色。「ふかき」は前後にかかる。
【解説】那智での第三首。題《寺落葉》は前例未見。山深い那智権現の冬の侘しい風情に唐紅の艶を添える。
【校異】初句「ふかき」、名古屋大学本「ふるき」。
本宮にて、又講ぜられ侍りし、遠近落葉
2723 苔莚みどりにかふる
唐錦 ひと葉のこさぬ遠 の木枯し
【原文】こけむしろみとりにかふるからにしきひとはのこさぬをちのこからし
【通釈】莚さながらの苔の緑に代わって、唐錦が敷きつめられている。向うの山の木枯しが、一葉残さず紅葉を散らしたのだ。
【語釈】◇苔莚 いちめんに生えた苔を莚に喩えた語。◇唐錦 色鮮やかな紅葉の喩え。
【参考】「和漢朗詠集・紅葉」(→資料)
不堪紅葉青苔地 又是涼風暮雨天
遍昭「拾遺集」(→資料)
唐錦枝にひとむらのこれるは秋の形見をたたぬなりけり
【他出】和歌一字抄
【解説】建仁元年(1201)十月十六日、熊野本宮での詠。『明月記』同日条に「発心門料二首 遠近落葉、暮聞河波。歌凡て尋常にあらず。希有の不思議。予、窮屈病悩、為す方無し」とある。題《遠近落葉》は前例未見。『明月記』同月十五日条には「次で発心門。此の王子の宝前、殊に信心を発す。紅葉風に翻る。宝殿の上に、四五尺の木、隙無く生ふ。多くは是紅葉なり」と、発心門周辺の紅葉について記述がある。
暮聞河波
2724 もろ人の心のそこもにごらじな夕べにすめる河波の声
【原文】もろ人の心のそこもにこらしなゆふへにすめる河波のこゑ
【通釈】参詣する人々の心の底も濁るまいな。夕方、川波の声が澄んでいる。
【語釈】◇心のそこ 「そこ(底)」は河の縁語。◇河波 「岩田川(御熊野詣での道筋で渡る)の川波」(訳注全歌集)。
【解説】前歌と同じ時、「発心門料二首」の一。題《暮聞河波》は前例未見。本宮の至近を流れる清流の波音に寄せた題であろう。
定家全釈:部類歌神祇その四 ― 2012年05月13日
御熊野詣の御共にまゐりて、哥つかうまつりし中に
本宮
寄社祝2714 ちはやぶる熊野の宮のなぎの葉をかはらぬ千世のためしにぞ折る
【原文】ちはやふるくまのゝ宮のなきの葉をかはらぬ千世のためしにそおる
【通釈】熊野の宮の梛の葉を、千代お変わりない君の吉例として手折るのだ。
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| 熊野本宮 |
【語釈】◇ちはやぶる 神の枕詞であるが、ここは「熊野の宮」の枕詞に転用した。◇熊野の宮 熊野三社(本宮・新宮・那智社)。ここは本宮。◇なぎの葉 「なぎ」は梛または那木と書く、マキ科の常緑高木。熊野では神木とされ、葉を災難除けに
【他出】歌枕名寄、夫木和歌抄、六華和歌集
【解説】建仁元年(1201)十月、後鳥羽院の熊野御幸に従駕しての詠。熊野の神木梛の葉に寄せて院の永寿を祝う。この御幸の記録は『明月記』に詳しく、都を発ったのは五日、定家は各所で応製の和歌を詠じつつ、十六日本宮に至った。「山川千里を過ぎて、遂に宝前に奉拝す。感涙禁じ難し」。掲出歌以下三首は十六日深更の作。題《寄レ社祝》は『明月記』同年十月六日、住吉社での応製和歌に先例が見える(員外之外3793)。
河千鳥
2715 さ夜千鳥やちよと神やをしふらんきよき川原に君いのるなり
【原文】さ夜千鳥やちよと神やをしふらんきよきかはらにきみいのるなり
【通釈】小夜千鳥が八千代と鳴くのは、神がそう教えるのだろうか。清い熊野川の川原で、君のご長寿をお祈りしているようだ。
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| 熊野川 |
【語釈】◇やちよ 千鳥の鳴き声を「やちよ(八千代)」と聞きなす。◇君いのるなり 君の幸いを祈るようだ。
【参考】藤原定家「女御入内御屏風歌」(→移動)
君が代をやちよとつぐるさ夜千鳥島のほかまでこゑきこゆなり
【解説】前歌と同じく熊野本宮の御座所において詠んだ、《河ノ千鳥》(前例未見)に寄せての
山家月
2716 深山木のかげよりほかにくまもなし嵐にすてし仮庵の月
【原文】み山木のかけよりほかにくまもなしあらしにすてしかりいほの月
【通釈】深山の木々の影以外には翳りもない。嵐の吹く中、結び捨てた仮庵に照る月は。
【語釈】◇くまもなし 陰とてない。隠れる所もない。◇嵐にすてし 嵐の吹く中、結び捨てた。
【解説】本宮での第三首、題《山家ノ月》は既出。旅の庵に見る月影の隈無さに祝意を籠めた。
新宮
海辺残月2717 わたつうみもひとつに見ゆる
天 の戸 のあくるもわかず澄める月影
【原文】わたつうみもひとつに見ゆるあまのとのあくるもわかすゝめる月影
【通釈】海原も一つに見える天――その扉を開けて夜が明けたのも見分けがつかないばかりに澄み切った月の光よ。
【語釈】◇天の戸 これを開けると夜が明けると考えられた天上の扉。神話に基づく表現。◇あくるもわかず 「あくる」は「開くる」「明くる」両義の掛詞。
【参考】源頼政「千載集」(→資料)
あまつ空ひとつにみゆる越の海の浪をわけてもかへる雁がね
【解説】熊野御幸に従駕した時の詠が続く。十月十八日、本宮を出て舟で川を下り、その日のうちに新宮(熊野速玉大社)に至って、夜、御座所で詠んだ三首の一。題《海辺残月》は前例未見。新宮は海に近く、当夜は十八夜の残月に当たったゆえの出題であろう。
庭上冬菊
2718 霜おかぬ南の海の
浜庇 ひさしくのこる秋の白菊
【原文】霜をかぬ南のうみのはまひさしひさしくのこる秋のしらきく
【通釈】冬も霜の置かない南の海の浜――海人の家の庇の下に咲いている秋の白菊は、久しく色変らずに咲き残っている。
【語釈】◇南の海 南海道に属する熊野の海。◇浜庇 既出。ここは話手の見ている実景であると共に、「ひさしく」を言い起こす序のはたらきもする。
【参考】「伊勢物語」百十六段(→資料)
浪間より見ゆる小島の浜びさし久しくなりぬ君にあひ見で
【他出】和歌一字抄、夫木和歌抄、歌林良材、六家抄
【解説】新宮における第二首。題《庭上ノ冬菊》は前例未見。南国の当地に因み、久しく咲き残るとして白菊を賞でた。
暁聞竹風
2719 あけぬるか竹の葉風のふしながらまづこの君の千代ぞきこゆる
【原文】あけぬるか竹のは風のふしなからまつこのきみのちよそきこゆる
【通釈】夜が明けたのか。竹の葉を鳴らす風の音に、臥しながら耳を傾ければ、君が代の千代続くことが真っ先に聞き知れる。
【語釈】◇竹の葉風 竹の葉を鳴らして吹く風。「千代ふべき宿とやかねて知りぬらん竹の葉風もそよとこたふる」(林葉和歌集、俊恵)が先蹤。◇ふしながら 臥しながら。「ふし」には節の意が掛かり、竹の縁語。◇この君 「晋騎兵参軍王子猷 栽称此君」(和漢朗詠集 →資料)により竹を「この君」と称したので、竹の縁語。
【解説】新宮における第三首。題《
(2012年5月17日加筆訂正)
定家全釈:部類歌神祇その三 ― 2012年05月11日
日吉社にこもりて思ひつづけける事のなかに
2708 見し夢の末たのもしく合ふことに心よわらぬ物思ひかな
【原文】見し夢のすゑたのもしくあふことに心よはらぬものおもひ哉
【通釈】日吉社に参籠して得た夢想が、将来きっと実現することが期待されて、弱気になることのない願望であるよ。
【語釈】◇見し夢 参籠して得た夢想。◇末たのもしく 将来が期待されて。◇合ふこと 夢が現実と合致すること。夢の実現。
【解説】日吉社(既出)に参籠した際、感慨を詠んだ歌四首。制作年は明らかでないが、『明月記』によれば定家は建仁元年(1201)十二月六日から七夜にわたり日吉社に参籠し、十一日に左近中将昇進の夢想を得たことを記している。あるいはその時の作か。
2709 うしと世を三とせはすぎのうれへつつかくてあらしに身やまじりなん
【原文】うしとよを三とせはすきのうれへつゝかくてあらしに身やましりなん
【通釈】この世は憂いものだと見て三年は過ぎ、こうして生きてはいられまいと憂えつつ、嵐の中の杉のように我が身は辛い世の中に交わるのだろうか。
【語釈】◇うしと世を三とせはすぎの 「憂しと世を見」「三年は過ぎ」「杉の」と掛けて言う。「
【解説】日吉社参籠中の歌の第二首。建仁元年(1201)の作とすれば、「三とせ」は土御門天皇即位後の三年か。
【校異】第二句「すきの」、岩波文庫「過ぎぬ」、新編国歌大観「すぎぬ」。
2710 かぞへやるほどや歎きをいのりけん神にまかせて
音 をぞなきつる
【原文】かそへやるほとやなけきをいのりけん神にまかせてねをそなきつる
【通釈】次から次へと数える程歎きが続くことなど祈っただろうか。もはや神のご意志のままに任せて、声上げて泣いてしまったよ。
【語釈】◇かぞへやる どんどん数える。次々に数える。◇歎きをいのりけん 歎くことを祈っただろうか。◇神にまかせて 神の心のままに委ねて。神意にさからわず。
【解説】第三首。日吉の神すなわち山王権現に願いの通じないことを歎き訴える。
【校異】結句「なきつる」、名古屋大学本「なきける」、岩波文庫「泣きける」。
2711 すてはつな契りあればぞたのみけむ神のなかにも人のなかにも
【原文】すてはつなちきりあれはそたのみけむ神のなかにも人のなかにも
【通釈】私を見限りなさるな。前世からの因縁があってこそ、お縋りしたのだ。神の中でも日吉の神と、人の中でもこの私との間に。
【語釈】◇すてはつな 神よ私を見限らないで下さい。◇契り 前世からの因縁。◇神のなかにも… 神の中でも日吉の神と、人のなかでもこの私と。
【解説】山王権現と自身に因縁があるとして、縋る心を詠む。
【校異】初句「すてはつな」、名古屋大学本「すてはつる」、岩波文庫「捨てはつる」。
承久元年九月、日吉哥合とて、内よりのおほせごとにて、六首の中
社頭松風2712 たのみこししるしもみつの河淀に今さへ松の風ぞひさしき
【原文】たのみこしゝるしもみつの河よとに今さへ松の風そひさしき
【通釈】頼みとしてきた日吉社の効験も見たが、三津川の川淀のように淀んでしまい、今も良い風向きを待望すること久しい。
【語釈】◇しるしもみつの河淀に 「しるしも見つ」「三津の河淀に」と掛けて言う。「しるし」は霊験。「三津の河」は琵琶湖に流れ入る四ツ谷川か。万葉集にも見える歌枕。既出。◇今さへ松の 「今さへ待つ」「松の…」と掛けて言う。◇風ぞ久しき 「風」は風向き、なりゆき。「久しき」は風を待つこと久しい意。
【解説】承久元年(1219)九月七日、内(順徳天皇)の命により、日吉の山王二十一社の内の大宮社に奉納された歌合(既出)、十一番右(無判)。題《社頭松風》は『金槐和歌集』に先例が見える。定家は日吉社にゆかりのある三津川の川淀によせて官位の淀んでいることを言い、《松》に昇進待望の心を託した。この年五十八歳、参議正三位民部卿。
湖上眺望
2713 にほの海の朝な夕なにながめしてよるべなぎさの名にやくちなん
【原文】にほの海のあさなゆふなになかめしてよるへなきさの名にやくちなん
【通釈】鳰の
【語釈】◇にほの海 琵琶湖の古称。◇よるべなぎさの 「寄る辺無き」を、海の縁語「渚」に掛けて言う。
【解説】前歌と同じ日、日吉の十禅師社に奉納された歌合(既出)、十一番右(無判)。「述懐の心を籠め、暗に順徳天皇の庇護を願う」(訳注全歌集)。題《湖上眺望》(前例未見)に寄せた述懐の歌であるが、日吉社に奉納した歌として神祇の部に編入したものであろう。
定家全釈:部類歌神祇その二 ― 2012年05月10日
承元二年の秋、少将
具親 三社にて、歌講ずべきよし申しし中に、住吉2703 つれもなくなほ住の江に
手向 ぐさひきすてらるる道の朽葉を
【原文】つれもなく猶すみの江にたむけくさひきすてらるゝ道のくち葉を
【通釈】神は応えてくれず、それでも変りなくなお住吉社にお供えをする。引き捨てられて道の朽ち葉になる手向草であるのに。(私もまた、ままならずに、なおこの世に住み続けて、住吉の神に歌草を捧げる。打ち捨てられて朽ちるだけなのに。)
【語釈】◇具親 既出。人名辞典参照。◇つれもなく 神が無情である意に、それでも依然として手向をする意を掛ける。◇なほ住の江に 「なほ住み」「住の江」と掛けて言う。住の江は既出。ここは住吉社の換喩として言う。◇手向ぐさ 旅の安全を祈って神に捧げる品。既出。ここは住吉社に奉納する歌の暗喩。◇ひきすてらるる 引き抜いて捨てられる。「手向ぐさ」の縁語。◇道の朽葉を 「朽葉」は人に顧みられることなく捨て置かれるものの喩え。「を」は動詞「たむけ」の目的格を示すと共に、詠嘆も籠めた用法であろう。
【参考】川島皇子「万葉集」「新古今集」(→資料)
白波の浜松が枝の手向ぐさ幾代までにか年の経ぬらむ
【他出】夫木和歌抄
【解説】承元二年(1208)秋、少将具親が三社で披講すべく勧進した歌。「三社」は住吉・広田・石清水を指す(2573番歌参照)。掲出歌は和歌の守護神である住吉の神に対して、これまで効験のなかった恨みを籠めつつ、なお祈願する心を詠む。
2704 かきつめし松の下浪いろわかぬ藻屑なりけり身さへ朽ちぬる
【原文】かきつめし松のした浪いろわかぬもくつなりけり身さへくちぬる
【通釈】松の下に寄せる波にかき集めたのは、種類も見分けられぬ藻屑であった。我が身さえ、朽ちた藻屑にほかならず。
【語釈】◇かきつめし 掻き集めた。「かき」には「書き」の意を響かせる。◇いろわかぬ藻屑 種類も分からない藻屑。「藻屑」は「自身の詠草の謙辞」(訳注全歌集)。
【参考】「源氏物語・幻」(→資料)
かきつめて見るもかひなし藻塩草おなじ雲ゐの煙とをなれ
藤原定家「千五百番歌合」(→移動)
和歌の浦にかひなき藻屑かきつめて身さへ朽ちぬと思ひけるかな
【解説】《住吉》題の第二首。住吉社の浜松の下に寄せる波と藻屑(当時住吉社は波打ち際に面していた)に寄せて、不遇に沈み続ける身を訴える。
広田
2705 あはれびを広田の浜にいのりても今はかひなき身の思ひかな
【原文】あはれひをひろたのはまにいのりてもいまはかひなき身のおもひ哉
【通釈】神のご慈悲を広田の社に祈っても、もはや甲斐もない我が身の思いであるよ。
【語釈】◇広田の浜 広田社の前の浜。広田社は兵庫県西宮市大社町の広田神社。天照大神の
【他出】夫木和歌抄
【解説】広田社に対し祈る甲斐もないと己の境遇を歎く。当時、定家は歌人として内裏歌壇に取り立てられながら、位階は一向に昇進しない状態が長年続いていた。
2706 海人のすむ里のしるべの幾とせにわれからたへて見るめなりけり
【原文】あまのすむさとのしるへのいくとせにわれからたへて見るめなりけり
【通釈】海人の住む里の道案内は「浦見ん(恨みん)」と言うが、いったい幾年、我が心から恨みを堪えて、このように辛い目に遭ったのだったか。
【語釈】◇里のしるべ 里の案内人。初句と共に本歌から取った語。◇われからたへて 自分の意思から堪えて。「われから」には虫の名「割殻」の意が掛かり、「海人」「みるめ」と共に海の縁語。◇見るめ 見る目。辛い目にあうこと。「
【本歌】小野小町「古今集」(→資料)
海人のすむ里のしるべにあらなくにうらみむとのみ人の言ふらむ
【参考】藤原直子「古今集」(→資料)
海人の刈る藻にすむ虫のわれからとねをこそなかめ世をば恨みじ
【解説】広田社に奉った第二首。社は海辺にあるゆえ、海に縁のある題材を揃えて不遇を訴えた。
【校異】第四句「たへて」、名古屋大学本「たえて」。結句「なりけり」、名古屋大学本「なりけむ」。
ことわりと思ひしことを北野にいのり申すとて
2707 ちはやぶる神の北野に跡たれてのちさへかかる物や思はん
そのことばかり、しるしあらたになむ侍りける
【原文】ちはやふる神のきたのにあとたれてのちさへかゝる物やおもはん
【通釈】北野天神に立願して、霊験のお示しのあった後さえも、このような辛い物思いをするのだろうか。
【語釈】◇ちはやぶる 神の枕詞。◇神の北野 「神」は天神(道真)を指す。「北野」は北野天神。京都市上京区。菅原道真を祀る。◇跡たれて 神の示現があったことを言うか。ただし『六家集抜書抄』は「跡たれては勧
【他出】続後撰集577、六家抄
【解説】詞書に「ことわりと思ひしこと」と言うのは、そうなるのが道理であると思っていたこと。もとより自身の昇進に関する願いである。参詣して定家は何らかの示現を得たのだが、その後も立願が叶わないと天神に訴えた歌であろう。左注は、その後、当の願いだけは霊験あらたかに叶ったとの補足である。
定家全釈:部類歌神祇その一 ― 2012年05月09日
神祇
後京極摂政殿、伊勢勅使時、外宮にまゐりて
2699 契りありてけふ宮河の
木綿 鬘 ながき世までもかけてたのまむ
【原文】ちきりありてけふ宮河のゆふかつらなかき世まてもかけてたのまむ
【通釈】前世からの因縁があって、今日伊勢の
【語釈】◇宮河 伊勢国の歌枕、宮川。伊勢神宮外宮の近くを流れるので、外宮の象徴とされた。「み」に「見」の意を掛ける。◇木綿鬘 既出。外宮で神事が行われたことを示し、かつ「かけて」を言い起こすはたらきをする。◇ながき世までも 永く続く将来の世までも。子孫の世々までも。◇かけて 「かけ」は木綿鬘の縁語。
【他出】新古今集1872、百番自歌合、歌枕名寄
【解説】建久六年(1195)二月、伊勢勅使となった良経に従って伊勢に下り、外宮に参詣した時の作。伊勢参詣をめでたい巡り合せとし、その縁を力として神のご加護をつよく請い願う心である。掛詞・縁語を駆使した巧みな詞運びのうちに緊張感が漲っている。定家三十四歳。
むかし八幡の哥合とて人のよませ侍りし、社頭述懐
2700 たのむかな雲ゐに星をいただきてわがすみかてふもとの誓ひを
【原文】たのむ哉くもゐにほしをいたたきてわかすみかてふもとのちかひを
【通釈】内裏に精勤して白髪がまじるようになったので、我が国に垂迹してここを住み処とされた八幡大菩薩の本願に縋り、ご加護をお頼み申すことよ。
【語釈】◇雲ゐ 内裏の暗喩。◇星をいただきて 星の残る明け方に出仕し、星の出る夜に退出して。精勤することを言う慣用句。「星をいただく」で既出。白髪がまじることを含意。◇わがすみかてふもとの誓ひ この地(我が国であり、また鎮座地の男山)を我が住み処とされた、八幡大菩薩の本願。
【参考】藤原経家「月詣和歌集」(→資料)
雲の上にみ代まで星をいただけば天照神の哀れかくらむ
【解説】石清水八幡宮の歌合で《社頭述懐》の題を詠んだ歌。同題は既出。白髪を詠むが、詞書にことさら「むかし」と書き添えているので、老年期の作ではないのであろう。
住吉
并 依羅 社に求子 の哥よみてたてまつるべきよし、祠官申ししかばたてまつりし2701 住吉の松が根あらふしきなみにいのる
御蔭 は千代もかはらじ
【原文】住吉の松かねあらふしきなみにいのるみかけはちよもかはらし
【通釈】住吉社の松の根をしきりと洗う波のように、繰り返し祈り続ける神のご加護は、長久に変わるまい。
【語釈】◇住吉 既出。◇依羅社 大依羅神社。大阪市住吉区。当地の大豪族であった依羅氏の祖神と住吉三神を祀る。◇求子
【参考】西行「山家集」(→資料)
住吉の松が根あらふ波の音をこずゑにかくる沖つ潮風
【他出】続後撰集552、歌枕名寄
【解説】住吉・依羅社に求子の歌を奉るよう請われて詠んだ歌。東遊に詠まれた「姫小松」に寄せる波に託して、住吉社の長久のご加護を祈願する。『明月記』建暦元年(1211)十一月四日条に「住吉の経国来談の次で、当社に東遊の歌詠むべき由、月来云ひ付くるの事、重ねて之を示す。仍て之を詠ず」とあり掲出歌を記している。「経国」は住吉社の神主を務めた津守経国(1185~1228)。なお上二句は西行の歌(参考)と同一であるが、また『院句題五十首』1762番歌にも似通う。
2702 君が代は
依羅 の杜のとことはに松と杉とや千たびさかえん
【原文】きみか世はよさみのもりのとことはに松とすきとやちたひさかえん
【通釈】君が代は依羅の杜の松と杉とのように、常磐に何度も何度も栄えるだろう。
【語釈】◇依羅の杜 依羅社(大依羅神社)の鎮守の杜。◇松と杉と 松と杉とのように。松・杉いずれも常緑で長寿の木とされる。
【他出】歌枕名寄、夫木和歌抄、六家抄
【解説】祠官に求められ、依羅社に奉納した歌。
【校異】結句「さかえん」、名古屋大学本・新編国歌大観「さかへん」。
定家全釈:部類歌無常その十六 ― 2012年05月08日
(承前)
2693 霜のたて山の錦の夜をへてはともなふ虫やよわりはつらん
【原文】霜のたて山の錦の夜をへてはともなふむしやよはりはつらん
【通釈】霜を縦糸にして山の錦を織る夜々を経て、一緒に啼いていた虫の声は弱り果ててしまったでしょうか。
【語釈】◇霜のたて 既出。◇山の錦 既出。◇へて 「へ」は
【本歌】藤原関雄「古今集」(→資料)
霜のたて露のぬきこそ弱からし山の錦の織ればかつ散る
【解説】母の喪に服している人に贈った歌十首の第六首。歌を贈った相手が山に籠っていたことが知られる。紅葉と虫の音という晩秋の山里の風物に寄せて、悲しみに弱り果てた心を思い遣った。
2694 思ひやる枕の霜もさえはてて都の夢もあらしこそふけ
【原文】思やる枕の霜もさえはてゝ宮このゆめもあらしこそふけ
【通釈】あなたを思い遣る私の枕には霜も冴え切って、ここ都で見る夢も嵐が吹いて破られます。
【語釈】◇都の夢も 私(定家)が都で見る夢も。相手の人は山里にいて、夢を見ても嵐に破られるとの想像の上で、「都の夢も」と言う。
【解説】第七首。弔慰の歌を続けた後で、初めて我が身に言い及び、都から思いを馳せる自身もまた侘しい境遇にあることを暗示している。
2695 さだめなく
時雨 るる雲のゆききにもそなたの空をわすれやはする
【原文】さためなくしくるゝ雲のゆきゝにもそなたのそらをわすれやはする
【通釈】あちらこちらと定めなく時雨を降らす雲の往き来につけても、あなたのおられる方の空を忘れたりするでしょうか。
【語釈】◇そなたの空 あなたのいる方向の空。「おもひかねそなたの空をながむれば」(詞花集、忠通 →資料)、「おもひあまりそなたの空をながむれば」(新古今集、俊成 →資料)など先蹤は少なくない。
【解説】第八首。時雨に言寄せ、変わらず悲しみを思い遣る自身の心を訴える。
2696 おほかたの身をしる袖におきそへてなほ色ふかき秋の露かな
【原文】おほかたの身をしる袖にをきそへて猶色ふかき秋のつゆ哉
【通釈】ただでさえ我が身のつたなさを知る袖ですのに、さらに置き添えて、紅い色を深くする秋の露ですことよ。
【語釈】◇おほかたの 一般の。普通の。死別など、特別悲しい事情のない。◇身をしる袖 既出。◇秋の露 涙を暗示する。
【参考】在原業平「古今集」(→資料)
かずかずに思ひ思はずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる
【解説】第九首。ここまでの三首、自身もまた悲哀に沈んでいると訴えて、相手の悲しみを慰めようとの心遣いである。
2697 ふるさとの時雨につけて
言伝 てよひとかたならず思ひやるとは
【原文】ふるさとの時雨につけてことつてよひとかたならす思やるとは
【通釈】古里の時雨に託してあなたに伝言せよ。並々ならずあなたのことを思い遣っていると。
【語釈】◇ひとかたならず 既出。
【解説】第十首(結)。「言伝てよ」はまず手紙を託す使者への命であろうが、また晩秋の風物に託して自身の深い弔意を知ってほしいとの、贈歌の相手への願いでもあろう。
女院かくれさせおはしまして、典侍世をそむきにしころ、とぶらひつかはして、前宮内卿
〔2698〕花の色もうき世にかふる墨染の袖や涙になほしづくらん
返し
2698 墨染を花の衣にたちかへし涙の色はあはれとも見き
【原文】花のいろもうきよにかふるすみそめのそてやなみたに猶しつくらん/すみそめを花の衣にたちかへしなみたのいろはあはれとも見き
【通釈】〔家隆〕憂き世にあって、花の色も墨染に変えたご息女の袖は、なお涙に濡れているでしょうか。
〔定家〕墨染の喪服を花の衣に変えた娘の涙の色を、つくづく哀れと見ました。
【語釈】〔詞書〕◇女院 藻壁門院。道家女、竴子。後堀河院の中宮。天福元年(1233)九月十八日没。人名辞典参照。◇典侍 定家の長女、因子。人名辞典参照。
〔家隆〕◇花の色 衣服の美しい色。◇しづく 古今集の小野篁の歌の「水のおもにしづく花の色」(→資料)によるか。掲出歌では「雫」と通わせ、滴った涙で濡れる意としたのであろう。
〔定家〕◇花の衣 色の美しい衣。◇たちかへし 裁ち替へし。仕立て直した。
【参考】藤原俊成「長秋詠藻」(→資料)
墨染にあらぬ袖だにかはるなりふかき涙のほどをしらなん
【他出】〔家隆〕新千載集2227、〔家隆・定家〕後堀河院民部卿典侍集
【解説】天福元年(1233)九月二十三日、定家の長女で後堀河院に仕えていた典侍因子(→人名辞典)が藻壁門院の崩御に殉じて出家した。その頃、前宮内卿家隆(→人名辞典)から贈られた見舞の歌と、定家の返歌。
拾遺愚草下 無常部おわり
定家全釈:部類歌無常その十五 ― 2012年05月07日
老耄籠居ののち、秋ごろ母の思ひなる人に
2688 かはりにし袂の色もいかならん
時雨 れはてぬる四方の梢に
【原文】かはりにしたもとの色もいかならんしくれはてぬるよものこすゑに
【通釈】時雨が降って四方の梢がすっかり色づいた候、涙に暮れるあなたの袂の色もどれほど変わってしまったことでしょう。
【語釈】◇かはりにし袂の色 喪服に着替えた袖の色。また、血涙に染まって変わった袖の色。◇時雨れはてぬる 時雨が降り尽くした。時雨は葉を紅葉させるものとして言い、かつまた涙の暗喩でもある。
【解説】老いて籠居した後、ある年の秋、母の喪に服している人に贈った歌十首の初。民部卿を辞した安貞元年(1227)以後、または権中納言を辞した貞永元年(1232)以後の作か。
2689 いかばかり秋の夜すがらしのぶらん久しき果てのさらぬ別れを
【原文】いか許秋の夜すからしのふらんひさしきはてのさらぬわかれを
【通釈】秋の長夜の夜すがら、どれほど故人を偲ばれていることでしょう。久しく親しまれた果てに、避けられない別れによってこの世を去られたご母堂を。
【語釈】◇さらぬ別れ 避けがたい別れ。死別。参考歌による。
【参考】業平朝臣の母「古今集」(→資料)
老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき君かな
【解説】秋の夜長に言寄せて亡母を偲ぶ心を思い遣る。十首すべて晩秋という季節の風趣に関わらせた弔問歌である。
2690 露しぐれ袖になごりをしのべとや秋を形見の別れなりけん
【原文】つゆしくれ袖になこりをしのへとや秋をかたみのわかれなりけん
【通釈】露時雨が袖を濡らす秋。袖に名残をお偲びなさいと、この秋という季節を形見にご母堂は世を去られたのでしょうか。
【語釈】◇露しぐれ 露と時雨。いずれも秋の風物であり、涙の暗喩でもある。
【解説】第三首。露時雨に夥しく袖を濡らす晩秋という季節に寄せて、この時節に世を去った故人の心を偲ぶ。
2691 形見とて
幾日 もあらぬ秋の日にうつろひまさる白菊の花
【原文】かたみとていくかもあらぬ秋の日にうつろひまさるしらきくのはな
【通釈】これも故人の形見と、幾日も残っていない秋の日に、色をさらに変えてゆく白菊の花よ。
【語釈】◇うつろひまさる ますます色を変える。白菊の花は衰えると紫に色を変える。
【解説】第四首。前歌を承けた「形見」を白菊の花に移し、晩秋に咲き残るこの花を惜しむ心に、故人を偲ぶ心を響き合わせる。
2692 なき人を恋ふる涙やきほふらんおつる木の葉に嵐たつころ
【原文】なき人をこふる涙やきほふらんおつるこのはにあらしたつころ
【通釈】故人をお偲びする涙が、木の葉と競い合って落ちるのでしょうか。落葉に嵐が吹き立つこの季節。
【解説】第五首。共に落ちるものであることから落葉と涙を競い合うものとし、悲しみの深さを思い遣った弔問歌。



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