佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州30 二日市温泉2017年05月13日

二日市温泉 御前湯

二日市温泉「御前湯」(旅と温泉の無料写真素材 おんふぉとhttp://on-photo.com/)

補録

二日市温泉

福岡県筑紫野市湯町。古くは次田すきた温泉、薬師温泉、武蔵温泉などと呼ばれ、二日市温泉は戦後の命名。江戸時代、藩主専用の「御前湯」が置かれ、今もこの名を借りた温泉施設がある。JR二日市駅の南西五百メートル程。

 

次田温泉に宿り鶴の喧くを聞きて作れる歌

大伴旅人(万葉集)

湯の原に鳴く蘆鶴あしたづは我が如く妹に恋ふれや時わかず鳴く

三条実美

湯の原にあそぶ蘆鶴こととはむなれこそ知らめ千代のいにしへ

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州29 染川2017年05月10日

補録

染川

太宰府天満宮の南、光明禅寺の前を流れる小川。今は藍染川と呼ばれる。その名により染色の縁で恋歌に詠まれることが多い。歌枕「思ひ川」もこの染川と見る説がある。能「藍染川」のもととなった梅壺侍従の入水・蘇生伝説がある。

 

在原業平(拾遺集)

染川を渡らむ人のいかでかは色になるてふことのなからむ

女のもとにつかはしける
藤原真忠(後撰集)

筑紫なる思ひそめ川渡りなば水やまさらん淀む時なく

よみ人しらず(後撰集)

渡りてはあだになるてふ染川の心づくしになりもこそすれ

源重之(拾遺集)

染川に宿かる波のはやければなき名立つとも今は恨みじ

庚申夜歌枕合 蛍、染川
源経信

いさりびの波間分くるに見ゆれども染川渡る蛍なりけり

河 秋
藤原家隆

山風のおろす紅葉のくれなゐをまたいくしほか染川の波

秋切恋
正徹

恋ひわびぬ秋も心をつくし路のあひそめ川に身をや捨てまし

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州28 竃門山2017年05月07日

宝満山(竃門山)

竃門山山頂の大岩

補録

竃門かまど山(竈戸山)

福岡県筑紫野市と太宰府市にまたがる山。宝満山・御笠山とも。太宰府天満宮の後方にあたる。山頂に巨石があり、竈門神社の上宮を祀る。古歌では、「かまど」の名に因み煙(雲霧)や火を詠むことが多かった。

 

筑紫へまかりける時に、かまど山のもとにやどりて侍りけるに、道づらに侍りける木に古く書き付けて侍りける

春はもえ秋はこがるるかまど山

清原元輔(拾遺集)

かすみも霧もけぶりとぞ見る

(注:古歌に元輔が付句した連歌)

曾禰好忠

かまど山雪はひまなくふりしけど火の気をちかみ溜らざりけり

安楽寺に参りて、かまどの山の煙を見て
橘為仲

まだ知らぬ人の見るべきしるしにや竈門の山にけぶり立つらむ

暁の山の雪、筑紫にて
大江匡房

かまど山また夜をこめてふりつもる峰の白雪明けてこそ見め

朱桜
道信法師

散るたびに燃えこがれても惜しけきは竈門山なる火桜の花

かまど山といふ山へはるばるとあがるに、社頭あり、一首はしらに書きつけし

正広

ここも又煙を空に竈戸山麓の里も民ぞにぎはふ

細川幽斎

たちつづく雲を千里の煙にてにぎはふ民のかまど山かな

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』目次2017年05月07日

はじめに
1 東海道線 2 京都附近 3 伊勢方面
4 大和紀伊方面 5 大阪神戸附近 6 山陽線
7 山陰線 8 四国 9 九州 10 中央線
11 信越線 12 北陸線 13 総武線 14 常盤線
15 東北線 16 磐越線、奥羽線 17 北海道及樺太
18 台湾 19 朝鮮及満洲 20 支那及印度 21 欧米及其他

新刊のお知らせ 式子内親王集関連の本と白蓮の本2017年05月04日

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州27 太宰府天満宮2017年05月03日

太宰府天満宮

太宰府天満宮

二日市駅より北東二十五町。明治維新の際には三条公等五卿のこの地に落ちて延寿王院にあり。(注:福岡県太宰府市。当地に左遷され死去した菅原道真の鎮魂のために建立された。もと安楽寺天満宮。明治維新後は太宰府神社と称したが、敗戦後太宰府天満宮に復す。道真を慕って一夜のうちに京から飛来したという伝承をもつ飛梅が現存。現在は西鉄の太宰府駅が最寄り駅。)

三条実美

都思ふ夢の中よりあけそめてこころづくしに春はきにけり

東久世通禧みちとみ

この秋も又旅にしてかざしけり仮居の宿の白菊の花

高桑文子

神づかさ鶴に餌をやる夕暮を白梅かをる太宰府の苑

補録

ながされ侍りける時、家の梅の花を見侍りて

菅原道真(拾遺集)

こち吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな

(注:昌泰四年、大宰権帥に左遷され、家を発つ時の歌として伝承される。この梅がのち大宰府に飛来したと伝わる。)

むかし道方卿に具して筑紫にまかりて安楽寺にまゐりて見侍りける梅の、わが任にまゐりて見ければ、木のすがたはおなじさまにて花の老木にてところどころ咲きたるを見てよめる

源経信(金葉集)

神垣に昔わが見し梅の花ともに老木となりにけるかな

(注:長元二年春、父通方は大宰権帥として筑紫に赴任し、十四歳であった経信も同行した。それから六十六年後の嘉保二年七月、経信は父と同じく大宰権帥に任命され、再び筑紫の地を踏む。翌年春、かつて安楽寺で見た梅の花が老木となって咲いているのを見て感慨を催し、詠んだ歌。)

作者不明(新古今集)

なさけなく折る人つらし我が宿のあるじ忘れぬ梅の立枝を

この歌は、建久二年の春の比、筑紫へまかれりける者の、安楽寺の梅を折りて侍りける夜の夢にみえけるとなん

正月五日、安楽寺にまゐりて
藤原光家

かをる枝に春を忘れぬ梅の花ふるさと人をあはれとも見よ

安楽寺にまゐりて
藤原秀能

底までにきよき心は知らねども照らさむ月の影をこそ待て

(注:「海ならずたたへる水の底までにきよき心は月ぞてらさむ」菅原道真、新古今集)

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州26 観世音寺2017年04月19日

観世音寺

観世音寺

天満宮の西五六町にあり。(注:福岡県太宰府市。日本有数の古刹で、かつては万葉歌人沙弥満誓さみまんぜいが造筑紫観世音寺別当を務めた。日本最古とも言われる梵鐘(国宝)がある。大宰府に幽閉された菅原道真が「観世音寺には只に鐘の声を聴く」と詩に詠じたことでも名高い。西鉄太宰府線西鉄五条駅の北西五百メートル程。)

 

白蓮

ぬかづきて何を祈りしいにしへの大弐だいにの姫がかけたる願ひ

観世音寺みあかし暗う唯一人普門品よむ声にぬかづく

補録

沙弥満誓の綿を詠む歌一首 造筑紫観世音寺別当、俗姓笠朝臣麻呂也(万葉集)

しらぬひ筑紫の綿は身に付けていまだは着ねど暖けく見ゆ

 

彼の蒼然たる古鐘をあふぐ、ことしはまだはじめてなり

長塚節

手を当てて鐘はたふとき冷たさにつま叩き聴く其のかそけきを

 

観世音寺の鐘楼にて
会津八一

この かね の なり の ひびき を あさゆふ に きき て なげきし いにしへ の ひと

釈迢空

筑紫なる観世音寺の鐘の音を思ふしづけさ。歳のあしたに

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州25 大宰府跡(都府楼跡)2017年04月14日

大宰府政庁跡

補録

大宰府跡(都府楼とふろう跡)

大宰府は律令制において九州を統括した役所。「とほ朝廷みかど」とも呼ばれた。市などの地名としては「太宰府」と書くが、歴史上の名称としては「大宰府」。都府楼は大宰府政庁の正殿。西鉄天神大牟田線都府楼前駅の西約一キロに政庁跡がある。

 

柿本朝臣人麻呂、筑紫の国に下りし時、海路にて作れる歌(万葉集)

大君の遠の朝廷とあり通ふ島門しまとを見れば神代し思ほゆ

大伴旅人(万葉集)

ここにありて筑紫やいづち白雲のたなびく山のかたにしあるらし

(大宰帥を退任して帰京後、筑紫の沙弥満誓に贈った歌)

前田利定

石ずゑは夏草の中に埋もれて麦の風ふく都府楼の跡

太宰府のあとにて
会津八一

いにしへ の とほ の みかど の いしずゑ を くさ に かぞふる うつら うつら に

菅原道真をおもひて

わびすみて きみ が みし とふ とふろう の いらか くだけて くさ に みだるる

佐藤佐太郎

大野山まぢかに曇りゆく春の麦の畑は都府楼のあと

佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』九州24 水城2017年04月11日

水城 福岡県太宰府市

水城跡

水城みずき

水城駅附近。線路に沿うて水城の礎石存せり。(注:福岡県太宰府市水城。天智三年、大宰府防備のために築かれた土塁の跡が遺る。)

北村幽渓

千歳へしむかしを今にかたるなり水城のつつみ水はあらねど

補録

遊行女婦うかれめ児島(万葉集)

おほならばかもかもせむをかしこみと振りたき袖を忍びてあるかも

大伴旅人(同)

ますらをと思へる我や水茎みづぐきの水城のうへに涙のごはむ

大宰帥だざいのそちであった大伴旅人が京へ向けて旅立つ際、水城に馬を駐めて大宰府を顧みた。その時、見送りの中に児島という名の遊行女婦がいて、別れを惜しんで旅人に歌を贈り、これに旅人が答えたという。)

都築省吾

筑紫路に水城の跡をめ来ればまぼろしと立つ防人がとも