白氏文集卷十二 山鷓鴣 ― 2010年11月12日
山鷓鴣
朝朝夜夜啼復啼
啼時露白風凄凄 啼く時露白く風
黄茅岡頭秋日晩
苦竹嶺下寒月低
畬田有粟何不啄
石楠有枝何不棲
迢迢不緩復不急
樓上舟中聲闇入
夢鄉遷客展轉臥
抱兒寡婦彷徨立
山鷓鴣
爾本此鄉鳥
生不辭巢不別群 生れて巣を辞せず
何苦聲聲啼到曉 何をか苦しみて
啼到曉
唯能愁北人
南人慣聞如不聞
【通釈】山鷓鴣よ、おまえは毎朝毎晩啼き続ける。
おまえが啼く頃、露は白く凝り、風は寒々と吹く。
色づいた
山麓の竹林に冷え冷えとした月明かりが射す。
畑には粟が生っているのに何故おまえは啄まない。
遥か遠くから、のろくもなく、また速くもなく、
高殿の上にも、舟の中にも、その声は忍び込んで来る。
故郷を夢見る旅人は展転として床に臥し、
赤子を抱いた寡婦はうろうろと立ち歩く。
山鷓鴣よ、元来おまえはこの里の鳥で、
生れてから巣を離れたことはなく、群から別れたこともない。
なのに何を苦しんで声を限りに暁まで啼き続けるのか。
暁まで啼き続け、ひたすら北国生れの人を愁いに沈める。
南国の人はと言えば、聞き馴れて気にも留めない様子だが。
【語釈】◇山鷓鴣 山に住む鷓鴣。鷓鴣は中国南部に生息する雉の仲間。鶉より大きく、雉より小さい。下の動画を参照。◇黄茅 不詳。色づいたチガヤの類か。◇苦竹 真竹・呉竹。◇畬田 焼畑。◇石楠しゃくなげ。 ◇迢迢 遥かなさま。◇遷客 余儀なく故郷を離れた人。◇北人 北国生れの人。作者自身を客観視して言う。
【補記】「山鷓鴣」は朝廷で演奏された楽曲の題にある。慈円と寂身の歌は「黄茅岡頭秋日晩 苦竹嶺下寒月低」の、定家の歌は「黄茅岡頭秋日晩」の句題和歌。
【影響を受けた和歌の例】
宿しむる片岡山の浅茅原露にかたぶく月をみるかな(慈円『拾玉集』)
誰もさや心の色の変はるらむ岡の浅茅に夕日さす頃(藤原定家『拾遺愚草員外』)
夕露や岡の浅茅にのこるらん影こそなびけ山のはの月(寂身『寂身法師集』)

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