白氏文集卷五十二 池上夜境 ― 2010年07月27日
晴空星月落池塘
澄鮮淨綠表裏光
露簟清瑩迎夜滑
風襟蕭灑先秋涼
無人驚處野禽下 人驚かす
新睡覺時幽草香 新たに
但問塵埃能去否
濯纓何必向滄浪
【通釈】晴れた夜空の星と月の光が池の水に映り、
澄み切った穢れのない木々の緑が翻って光る。
露に濡れた
風は襟元にすがすがしく、はや秋を思わせる涼しさだ。
人に驚くことなく、野鳥が地に舞い降りる。
しばし睡りに落ち、新たに目覚めると、かすかな草の香りが芳しく漂う。
ただ問いたい、私は俗世の塵を洗い落とせたかどうか。
滄浪の水で冠の紐を洗うと言うが、この池でも我が身を浄めることはできるだろう。
【語釈】◇蕭灑 清らかでさっぱりとしたさま。◇濯纓 纓は冠の紐。清らかなものの喩え。『孟子』の「滄浪之水淸兮 可以濯我纓(滄浪の水清ければ 以て我が纓を濯ふべし)」を踏まえ、俗世を超脱することを含意。◇滄浪 中国湖北省を流れる漢水の古称。
【補記】池のほとりで過ごす晩夏の夜の興趣を詠む。大和四年(830)、五十九歳、洛陽での作。和漢朗詠集巻上夏「納涼」に「露簟清瑩迎夜滑 風襟蕭灑先秋涼」が引かれている。
【影響を受けた和歌の例】
風の音も秋にさきだつ心ちして鹿鳴きぬべき野辺の夕暮(慈円『拾玉集』)
穂にいでぬ篠のをすすき露ちりて秋にさきだつ風ぞすずしき(平親清四女『平親清四女集』)
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