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和歌歳時記:葛紅葉 Autumn tints of kudzu2010年12月05日

クズの黄葉 神奈川県鎌倉市

色づいたとて、誰が葛の葉に目を留めるだらう。しかし古来歌人たちはしばしば歌に詠んで来たし、今も「(くず)紅葉(もみぢ)」は俳句の季語として健在だ。

『万葉集』巻十 作者未詳

(かり)()の寒く鳴きしゆ水茎(みづくき)の岡の葛葉(くずは)は色付きにけり

「雁がひえびえとした声で鳴いてからといふもの、岡の葛の葉の色づきが目立つやうになつた」。
岡の斜面を覆ひ尽くすやうに蔓延つた葛の葉が、いちめん秋の陽射しを受けて黄に輝くさまは、なかなかの壮観だらう。尤も上の歌を詠んだ万葉歌人は、黄葉の美しさを愛でたといふより、季節のうつろひにしみじみとした感慨をおぼえてゐるやうだ。家畜の飼料になる葛の葉を、古人は日ごろ気をつけて見守つてゐたにちがひない。

『古今集』 神の社のあたりをまかりける時に、斎垣(いがき)のうちの紅葉を見てよめる  紀貫之

ちはやぶる神の斎垣(いがき)にはふ(くず)も秋にはあへずうつろひにけり

黄葉した葛 神奈川県鎌倉市
「神社の垣にまつはりつく葛も、秋には堪へ切れずに色を変へてしまつたのだ」。
神社の神聖な垣根に這ふ葛であれば、神の力によつて常緑でありさうなものなのに、秋といふ自然の力には抵抗できずに色を変へてしまつた、といふ。
やはり葛といふ植物に古人が特殊な関心を寄せてゐたことが窺はれる歌だ。根は生薬となり、粉にして料理に用ゐられ、また蔓は布や行李などの日用品に利用された葛は、捨てるところのない有用植物、神の恵みの植物であつた。

『新古今集』 千五百番歌合に  顕昭法師

みづくきの岡の葛葉も色づきて今朝うらがなし秋のはつ風

上掲の万葉集の歌を本歌取りした一首。葛の葉は裏が白く、風に翻るとよく目立つが、その「うら」から「うらがなし」に転じた。ひややかな初秋の風が心の(うら)にまで浸みるやうだ。

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  『万葉集』(寄黄葉) 作者不明
我がやどの葛は日にけにに色づきぬ来まさぬ君は何こころぞも

  『千載集』(野風の心をよめる) 藤原基俊
秋にあへずさこそは葛の色づかめあなうらめしの風のけしきや

  『拾遺愚草』(内裏名所百首 水茎岡) 藤原定家
みづくきの岡の真葛を海人のすむ里のしるべと秋風ぞ吹く

  『秋篠月清集』(西洞隠士百首 秋) 九条良経
霜まよふ庭の葛はら色かへてうらみなれたる風ぞはげしき

  『新撰和歌六帖』(くず) 葉室光俊
うらぶれて物思ひをれば我が宿の垣ほの葛も色づきにけり

  『伏見院御集』(秋) 伏見院
垣ほなる真葛が下葉色かれぬ夜さむもよほす秋風のころ

  『草根集』(葛) 正徹
露霜もあらしに散りて行く秋をうらみたえたる葛の紅葉ば

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