佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線16 出雲大社 ― 2016年10月12日
出雲大社
杵築駅より十二町。(注:現在では一畑電鉄大社線の出雲大社前駅が最寄駅である。)
八色雲今もたなびく心地して仰ぐもかしこ大き御社
大神に詣でししるしまが玉の赤きは妹に白きは吾に
補録
出雲の大社に詣でて見侍りければ、天雲たなびく山のなかばまでかたそぎの見えけるなむ、この世のこととも思ほえざりけるによめる
やはらぐる光や空にみちぬらむ雲に分け入る千木の片そぎ
出雲大社に人々のよみて奉る三十一首のうち、初春といふ題にてよみて奉りける
立ちかへり春はきづきの宮柱あふぐ軒端も霞みそめつつ
初秋の真砂の上を照らす日も神のみ前は尊きろかも
十七日、出雲の杵築にいたり大社に賽す、其の本殿の構造、簡易にして素朴なれどもしかもこれを仰ぐに、彼の大国主の天の瓊矛を杖いて草昧の民の上に君臨せる俤を只今目前にみるのおもひあり
久方の天が下には言絶えて嘆きたふとび誰かあふがざらむ
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西行【電子書籍】[ 風巻景次郎 ]佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線15 加賀の潜戸・錦の浦 ― 2016年08月31日
加賀の新潜戸
補録
加賀の潜戸・錦の浦
島根県松江市北部。加賀の潜戸には、海の洞窟である新潜戸と、陸地寄りの(上陸できる)洞窟である旧潜戸がある。旧潜戸には水子の霊が集まるという賽の河原があり、供養のために積まれた数多くの石塔が立っている。錦の浦は同地の入江で、古歌に詠まれた歌枕。
名にたかき錦の浦をきてみればかづかぬ海人はすくなかりけり
こきまずる柳桜もなかりけり錦の浦の春の明ぼの
舟よする錦の浦の夕浪のたたむやかへる名残なるらん
潜戸の窟いく世経ぬらむ今日もかも波うねり入り鳴りとよみゐし
亡き子ろが夜きて積むとふ石の塔しめじめおほし窟の奥に
加賀の潜戸に至りしときにありありと地獄の中の吾の顔見ゆ
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線14 須賀・八重垣神社 ― 2016年08月29日
須我神社(youtube)
補録
須賀
島根県雲南市大東町に須賀の地名が残る。神話では、八俣の大蛇を退治して櫛名田姫を得た須佐之男命が新婚の宮を造り「八雲立つ出雲八重垣…」の歌を詠んだ地。なお八重垣神社はもと須賀の地にあったが、明治時代、松江の佐久佐神社と合祀され、いま松江市佐草の地に鎮座する。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
八雲立つ出雲八重垣けふまでも昔の跡は隔てざりけり
しきしまや大和言の葉たづぬれば神の御代よりいづも八重垣
世にこえて猶ぞさかえんことの葉を神のさだめし出雲八重垣
わが心すがすがしてふ跡とめて今も八雲の道は汚さじ
妻籠に籠りし神の神代より清の熊野にたてる雲かも
八重垣のむかしのままに霞むらし出雲の宮の春のあけぼの
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線14 松江・宍道湖 ― 2016年08月27日
松江
中の海と宍道湖との間にあり。駅より北半里に松江城址あり。
出雲富士はつかにかかる雲を見て旅の夕べをさびしみにけり
宍道湖
松江駅の西十町にあり。周囲十一里半、碧雲湖の名あり。湖中、嫁が島あり。
朝ぼらけ碧の雲の湖とほく浪よりあくるながめ涼しも
湖に夜釣のともしうるむまで立ちてをあれど見るにあかなく
補録
松江
出雲なる松江の鱸秋風に姿を見せて立てるしら波
月夜ふけぬ八雲の文に聞きし音、松江大橋を渡りゆく音
橋多き松江の街をゆきにけり人力車夫とものを云ひつつ
あかあかと午後の日射すはそのむかし八雲住みたる家の塀かも
日本の人となるまでこの美しき国土を愛でしそのこころはも
宍道湖
みづうみの水のけぶりに啼きしきる千鳥よ城の春もおぼろに
夏来たる山の光りををちこちに青空ひろきみづうみの国
雨はれて二日照れどもひろびろと宍道の湖はいまだ濁れり
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線13 安来・中海 ― 2016年08月26日
中海 ©鳥取県
安来
中の海に臨む。
日本海の夕べはさびし燈台の灯も見えぬまで秋雨降れば
補録
中海
中の海とも。鳥取・島根県境にまたがる汽水湖。西にある宍道湖と大橋川によってつながっている。古くは「飫宇の海」と言った。
出雲守門部王の京を思ふ歌一首(万葉集)
飫宇の海の河原の千鳥汝が鳴けばわが佐保川の思ほゆらくに
門部王の恋の歌(万葉集)
飫宇の海の潮干の潟の片思ひに思ひや行かむ道の長手を
讃岐守安宿王等、出雲掾安宿奈杼麻呂の家に集ひて宴する歌(万葉集)
おほきみの命かしこみ於保の浦をそがひに見つつ都へのぼる
(注:「於保の浦」(原文「於保乃宇良」)が出雲国庁近くの浦であるとすれば、現在の中海の一部にあたるかと推測される。)
おうの海にしのまの海人のかづくてふ風のかがみの堪へがたの世や
飫宇の海の その川千鳥 千世と祝ぎ 八千世と祝ぎて 今日もかも 円居すらしも ことほがひ 酒ほがひして 今もかも 宴すらしも 玉松の はしき島山 ゆきめぐる 月日も知らに 宴すらしも
国引きの遠き昔をまのあたり見る心地するそりこ舟哉
「そりこ舟」は中海で使われていた独特の刳舟。舳先が極度に反り返っているためこの名がある。
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線12 美保の関 ― 2016年08月25日
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線11 夜見が浜・境 ― 2016年08月21日
佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』山陰線10 安養寺・米子 ― 2016年08月18日
米子城跡より米子市街と日本海を望む。
安養寺
日野川の鉄橋より上流十町あまりの左岸にあり。後醍醐天皇の皇女瓊子内親王の御墓あり。
元弘のはじめつかた、世の中みだりがはしく侍りしに、思ひわび、さまなどかへけるよしききて、瓊子内親王もとへ申しつかはしける
いかでなほわれもうき世をそむきなむ羨しきは墨染の袖
君は猶そむきなはてそとにかくに定めなき世の定めなければ
米子
中海に面して夜見半島の頭部を占む。法成寺に連理の松あり。
帯のよな米子の街と誰かいひし月になりゆく久米の城山
日本海に入日沈めばあかあかと裾野をかけて雲の峰映ゆ
大山の裾野よぎりて夕風は錦の海にさざなみたたす
補録
米子
天主台のぼりてみれば霧はれて波路はるかに隠岐のしまみゆ
あまたなるいか釣り舟の漁火は夜のうなばらにかがやきて見ゆ







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