佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線4 逗子~三浦三崎 ― 2015年02月15日
逗子
切ぎしの小坪の山の崖の上の赤き一つ家夕照りにけり
枯芦に海の鳥来て餌をあさる御最後川のゆふぐれの風
田越川海に入る浪かへる浪白きが上を飛ぶ蜻蛉かな
葉山
葉山に供奉しける時御苑の中の磯辺なる御茶屋にて
岩がねを研ぎてあらひて君が為波も心はくだくべらなり
相模の海葉山の磯の島々も秋とや知らむ波の越ゆれば
このあした名島が沖に鰯よると磯山の上にほらの貝ふく
赤き帆のヨットが海に走る日を小さき客人来ましつるかな
海なごみ金色の雲そらにわく今宵の富士はわが心かも
金沢
田浦より一里半。称名寺、金沢文庫の旧跡等あり。
色ふかき谷の紅葉のあひだよりみどりに見ゆる金沢の山
楼をめぐる入江をぐらく時雨して静にならぶ船のほばしら
春浅み文庫のあとに人見えず花咲きかをるいくもとの梅
夕立にけぶる夏島野島山わが金沢の夏のよろしさ
山鳩の哀しき声よあれはてし文庫のあとに我たちゐたり
横須賀
冬は来ぬ掃き寄せられし鉄屑のさびたるまゝに凍れる小川
ひた〳〵と工場の外の石垣に潮よせくれば油が光る
はなれ島土手めぐらせる火薬庫の赤旗に照るしづけき午の日
土はこぶトロの軌道のすきまにも若草もゆる春は来にけり
浦賀
港風あらき浦賀の夕立にあめりか船は行方知らずも
対岸の古き家並に日が照れりよごれし旗の風になびける
三浦三崎
東京湾の入口に突出せり。横須賀より東南六里余。新井城址に帝国大学の臨海実験所あり。
榛の木の黄なる垂花咲きみだれ三浦岬の山明るかり
若草の島山の上に燈台の真白きが目にいた〳〵しけれ
三崎の宿沖の汽船のさ夜ふけてほうと招けば家の恋しも
胸にあまる笹生に立ちて岩しまの岩うちゆする波を見るかな
三崎なる灯台の灯の青き色わなゝきて闇に消えぬさびしさ
潮どよみ雨の降れれば青色の燈台の灯もわびしかりけり
そぼ〳〵と三崎の雨に濡れそぼち汽笛をあぐる古き汽船よ
初夏の雲うく水田苗代田松の木の間にひかるいりうみ
臨海試験所
浜ゆふの厚き葉にそと手をふれて磯のかをりに親しみにける
油壺
我前に青き海こそ開けたれ麦畑かをる坂をのぼれば
入海のくらき山かげは大海を離れこし波もさびしくあるらむ
たらちねの母の乳房による如も入江の隅にねむれる小舟
三浦半島
山脈の海にと走るみんなみの相模の国を秋風に行く
補録
佐島
この島を北限とせる浜木綿の身を寄せ合ふがごとき茂りよ
草質といへど逞し浜おもと佐島の磯にいのち根づきし
油壺
脂壺しんととろりとして深ししんととろりと底から光り
三崎
三崎といふ所へ罷れりし道に磯辺の松年ふりにけるを見てよめる
磯の松いく久さにかなりぬらむいたく木だかき風の音かな
南向く三崎の海は夕ぐれも朝もひとしき水浅葱かな
伊豆人はけふぞ山焼く十六夜の月夜の風にその火靡けり
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