千人万首に大倉鷲夫をアップ ― 2009年12月04日
千人万首に大倉鷲夫をアップしました。五首。近世後期、文化文政天保と活躍した歌人です。
高知城下の商家の生まれ。四十を過ぎて土佐を脱し、大坂の阿弥陀池で人相見の占い師として生計を立てつつ、本居大平などに和歌を学びました。異色の経歴の歌人ですが、歌風も異色で、当時はまだ珍しかった、本格的な万葉調歌人です。
千人万首には採らなかった一首を挙げましょう。
高知城下の商家の生まれ。四十を過ぎて土佐を脱し、大坂の阿弥陀池で人相見の占い師として生計を立てつつ、本居大平などに和歌を学びました。異色の経歴の歌人ですが、歌風も異色で、当時はまだ珍しかった、本格的な万葉調歌人です。
千人万首には採らなかった一首を挙げましょう。
紀伊国和歌の浦に浮かぶ玉津島を詠んだ歌。「陽炎の」は「夕日」の枕詞。古い由緒を持つ歌枕に寄せる崇敬の情を、まことに純直に歌い上げています。生前から名は高かったようですが、維新後、歌壇で万葉尊重の気運が高まるにつれ、さらに評価が高まりました。現在では忘れられつつある人と言わざるを得ないようですが、忘れるにはあまりに惜しい歌人だと思います。陽炎 の夕日のくだち見渡せば神さび立てり玉津島山

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