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小春 Indian summer2009年12月07日

紅葉と小春空 鎌倉市二階堂にて

暦は冬に入り、いよいよ寒さも増すかと身構へる頃、意表を突くやうに春を思はせる穏やかな陽気が続くことがある。これを小春日とか小春日和とか言ふ。小春(こはる)は漢語「小春(せうしゆん)」から来た語であらう。陰暦十月すなはち神無月の異称でもある。

万葉集にも王朝和歌にも「小春」「こはる」の語は見えないが、平安後期頃から、初冬における春のやうな暖かさを主題とした歌がちらほら見え始める。江南(揚子江以南の地)の小春を詠んだ白居易の詩「早冬」からの影響であつた。

十月江南天氣好   十月 江南 天気(ことむな)
可憐冬景似春華   (あはれ)むべし 冬の(かげ)の春に似て(うるは)しきことを

この二句が『和漢朗詠集』に採られたことで、文人たちの愛誦するところとなつたのである。

  『拾遺愚草員外』 藤原定家
この里は冬おく霜のかろければ草の若葉ぞ春の色なる

冬になつて草に霜が置いたが、それも陽気のせゐで軽く、若葉が春の色をしてゐる、といふ歌。上記白氏の二句を題として詠まれた歌である。「霜のかろければ」は白氏の同じ詩にある句「霜輕未殺萋萋草(霜は軽く 未だ()らさず 萋萋(せいせい)たる草)」に依つてゐる。

「小春」の語は『徒然草』に見えるので中世には流通してゐたやうである。和歌によく使はれるやうになるのは近世になつてからのことで、おそらく俳諧の影響があつたのではないかと思はれる。芭蕉には「月の鏡小春にみるや目正月」、蕪村には「小春凪真帆も七合五勺かな」の佳句を見る。
蕪村とほぼ同時代の歌人、紀州の大奥に勤めた鵜殿余野子(1729?~1788)の小春詠を見てみよう。

  『佐保川』(詞書略) 鵜殿余野子
火影(ほかげ)にも小春てふ名は隠れねどはつかに匂ふ夜の梅が香

神無月二十日の夜、瓶に植ゑた梅の花が咲いたのを見て詠んだといふ歌。「暖炉の火影によつて、まことの春ならぬ《小春》といふ名は隠れもないが、梅の香はかすかに匂つてゐる」。屋内の暖かさに梅も春かと勘違ひしたのだらう。躑躅や山吹が狂ひ咲きしたり、鶯が時ならぬ美声を聞かせてくれたりするのも、小春にあつては珍しいことではない。

わが国の比較的温暖な土地では小春と紅葉の最盛期が重なることも多く、絶好の行楽シーズンとなる。しかし暖かい日和がいつまでも続くわけはなく、ある朝氷雨が葉を落とし、凩が葉を攫つてゆく。冬は歩みを止めたわけではなかつたのだ。

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  『祇園百首』(時雨) 藤原俊成
神な月しぐるるものを冬かけて春に似たりと誰か言ひけん

  『拾遺愚草員外』(詠四十七首和歌 冬) 藤原定家
江の南若葉の草もみどりにて春のかげなる神無月かな

  『蜀山家集』(小春) 蜀山人
朝めしと昼げの間みじかくて腹も小春の空の長閑さ

  『浦のしほ貝』(河崎のあたりものして) 熊谷直好
かへり咲く花もありやとたづねみん小春のどけき桜野の宮

  『大江戸倭歌集』(冬人事) 吾鬘
浦遠くかすむ小春の朝なぎにきす釣る小舟沖にこぐみゆ

  『長塚節歌集』(秋冬雑咏) 長塚節
小春日の鍋の炭掻き洗ひ干す(かき)をめぐりて咲く黄菊の花

  『みかんの木』(小春日和) 木下利玄
小春日和紅葉の染めし庭はたゞ小鳥来てゐる囀りばかり

雲の記録200912072009年12月07日

2009年12月7日午後4時

朝は快晴、昼頃から綿雲が浮かび、日が傾くと巻雲も見られるようになった。写真は午後四時頃、自宅バルコニーより。

唐詩選卷七 楓橋夜泊2009年12月07日

楓橋(ふうけう)夜泊(やはく)  張継

月落烏啼霜滿天  月落ち(からす)()いて(しも)天に満つ
江楓漁火對愁眠  江楓(かうふう) 漁火(ぎよくわ) 愁眠(しうみん)に対す
姑蘇城外寒山寺  姑蘇(こそ)城外 寒山寺(かんざんじ)
夜半鐘聲到客船  夜半(やはん)鐘声(しようせい) 客船(かくせん)(いた)

【通釈】月は西に沈み、烏が啼いて、霜の気が天に満ちている。
川辺の(ふう)漁火(いさりび)が赤々と、愁いに眠れぬ私の眼前にある。
姑蘇(こそ)の街の郊外、寒山寺――
夜半に()く鐘の響きが、私を乗せた旅の船に届く。

【語釈】◇楓橋 江蘇省蘇州の西郊、楓江に架けられた橋。もと封橋と呼ばれていたが、この詩に因み楓橋と呼ばれるようになったという。◇烏啼 夜に啼く烏は昔から詩材とされた。◇霜滿天 地上に降る前の霜の気が天に満ちている。古人は霜は天から降るものと考えた。◇江楓 川辺の(ふう)の木。楓はカエデでなくマンサク科の落葉高木フウ(タイワンフウ)。橙色に美しく紅葉する。◇漁火 漁船の灯火。闇の中に赤く輝いている。◇愁眠 旅の愁いのために寝付けず、まどろんではすぐ目が覚めるような浅い眠り。◇姑蘇 蘇州の古名。◇寒山寺 蘇州の郊外にある寺。寒山拾得の住んだ寺として名高い。◇客船 旅人を乗せる船。詩の話手が乗って夜泊している。

【補記】船旅の途中、蘇州西郊の楓橋のほとりに夜泊した時の作。初句「月落烏啼霜滿天」の悽愴たる冬の夜の風情が歌人に愛され、この句を踏まえた多くの歌が作られた。

【作者】張継は中唐の詩人・官吏。襄陽(湖北省襄樊市)の出身。天宝十二年(753)の進士。塩鉄判官などを歴任し、唐朝の検校祠部郎中に至る。博識で公正、すぐれた政治家であったという。『張祠部詩集』一巻に三十余首を残すばかりであるが、『唐詩選』に唯一採られた上掲の七言絶句は傑作として名高い。

【影響を受けた和歌の例】
かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける(伝大伴家持『新古今集』)
月に鳴くやもめがらすのねにたてて秋のきぬたぞ霜にうつなる(藤原為家『新撰和歌六帖』)
あけがたのさむき林に月おちて霜夜のからす二声ぞ鳴く(伏見院『伏見院御集』)
月落ちてこほる入江の蘆の葉に鶴のつばさもさやぐ夜の霜(正徹『草根集』)
鳥のこゑに月落ちかかる山の端の木の間の軒ぞ白く明けゆく(同上)
山里はやもめ烏の鳴くこゑに霜夜の月の影をしるかな(心敬『心敬集』)
月落ちて明くる外山の友がらす啼く音も寒き空の霜かな(武者小路実陰『芳雲集』)
待つ頃は杉の葉しろく置く霜に月さへ落ちてからすなくなり(松永貞徳『逍遥集』)