霜の花 Frost flower ― 2009年12月19日
夜間の冷え込みが厳しさを増す季節、庭や野原に、早朝限りのささやかな花が見られるやうになる。普段は目にとめることもない小さな冬草のどれもが、白くきらめく花を一斉に咲かせるのだ。古人はこれを「霜の花」と名づけて愛でた。
『亜槐集』 朝霜 飛鳥井雅親
みし秋の千種 はのこる色なくて霜の花さく野辺の朝風
秋に眺めた時は色さまざまの草花が咲いてゐた野。冬に来て見れば、冷たい朝風が吹く中、いちめん霜の花が咲くばかり。
新編国歌大観で検索する限り、「霜の花」の初出は鎌倉時代初期。冷艶の風を好んだ中世歌人たちによつて、室町時代にかけて盛んに詠まれるやうになる。上掲歌の作者も室町時代の人である。
尤も、「霜の花」の語がないからと言つて、平安時代の風流人が霜に花の美を見てゐなかつたわけではない。
『古今集』 しらぎくの花をよめる 凡河内躬恒
心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花
当て推量に、折れるものならば折つてみようか。草葉に置いた初霜が見分け難くしてゐる白菊の花を。
百人一首にも採られた白菊詠の傑作であるが、この歌の肝所はもとより初霜の清新にして凛とした美しさを白菊と競はせたことにある。ほの昏い払暁の庭に、菊と見まがふばかりに皓然と咲いた霜の花。
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「三百六十首和歌」(十月下旬) 藤原基家
さを鹿の分けこぼしたる跡見えて霜の花しく山のかげ草
「長慶天皇千首」(庭寒草) 長慶天皇
むすびこし露のまがきは荒れはてて霜の花さく庭のふゆ草
「雅世集」(冬草) 飛鳥井雅世
おきまどふ霜の花野の色ふりて人めも今やかれんとすらむ
「草根集」(椎柴) 正徹
同(霜夜月)
にほはねど袖を夜風にまかすれば結ぶか霜の花の上の月
「卑懐集」(寒蘆) 姉小路基綱
霜の花なほ穂にいでて蘆辺ゆく水も枯葉にこほる川風
「雪玉集」(暮秋霜) 三条西実隆
はかなしや野べの千種を霜の花のひとつ色にもつくす秋かな
「称名院集」(寒夜月) 三条西公条
小夜風の氷をわびて鳴く
「逍遥集」(霜) 松永貞徳
うちいでし波は氷にみ渡して霜の花ふむ谷のかけはし
「芳雲集」(庭霜) 武者小路実陰
うすくこき落葉を庭のにほひにて霜の花咲くけさの冬草
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