佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線8 箱根 ― 2015年02月19日
更に小田原に還りて西すれば箱根山に入るべし。
箱根
国府津より約三里。
玉くしげ箱根の山をいそげども猶あけがたき横雲の空
箱根路はもみぢしにけり旅人の山わけごろも袖にほふまで
はこね山のぼるみ坂の石かどの一つひとつに苦しかりけり
神山のをのへ雲立ちふもとべに青草そよぐまひるさびしも
木伝ひに霧らふ木立の奥深み白き馬はも尾をふりゐたり
夕暮は底ひに流れ山裾のゆるき斜面に百合おぼろ見ゆ
駕籠にして春の箱根を旅すればむかしながらの鶯の声
雨ふくむ山の嵐に靡きふす穂薄が原をはせ下りけり
老杉の深きしげみをわれ行けば静けきいろにゆらぐわが袖
谷川の音にかりねの夢さめてまた箱根路の月を見しかな
湯あがりの廊下を歩む身のほてり遠くにひびく山の風かな
宮の下いでゆのやどの雨さむし今宵ぞ峯に雪のつもらむ
谷川の瀬の音に心さえ〳〵て秋の夜さむき底倉の宿
湯の山の欅一本黄ばみたり石うづたかき河原の前に
宮城野の夜のあけがたをたをやかにそひふすさまの紅萩の花
天雲に山の草木もうちしめりゆふべしづけき蘆の湯のやど
芒かれて只焼石のころ〳〵と冬の二子のながめさびしも
暁の雨をふくめる二子山青くせまれりゆぶねの中に
二子山薄の銀に光る日は大島までも青き海なり
たそがれの静寂にうかぶ二子山その頂を白き雲ゆく
夕日湖を黄金にそめて山の上の離宮所清く静けし
雪の富士を眼前にして家ありぬぶなの大木の黄ばめる蔭に
箱根路の仙石原の夏の日に雲雀啼くなり声おとろへて
蘆の湖
箱根山上の湖水。
玉くしげ箱根の山の峰ふかく湖みえてすめる月かげ
ふたご山みねに北ゆく雲みえて夕立すなりあしの海づら
おそろしく火をふきし山の頂にかかるみづうみ誰かも造りし
火の山のいかりしづめて清き湖うまししことも神のたはむれ
湖尻のみち暮れゆきて何か知らず大きなる葉のしきり落つなり
五月晴紺青色の湖をましろき鳥の渡るもさびし
いつまでもいつ迄もわが船を見る寂しきか秋は湖畔の女
箱根路
箱根蘆の湖より鞍掛山、十国峠を経て、熱海の海岸に出づる山路。
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に浪のよる見ゆ
辛亥元旦弦巻山を経て熱海にまします皇孫殿下へ伺候せる道すがら
あな尊と弦巻山の朝げしき東は初日西は富士が嶺
千早ぶる神代ながらの朝日影年の初めに仰ぐ尊さ
○
風にゆらぐ山一面の薄の穂空の緑は静かにもだせり
谷わたる鳥ならなくに秋風の山かたつきて笹の露吸ふ
これより東海道本線にかへる。
足柄山
山北駅より駿河駅に通ずる鉄道付近の山をいふ。往昔は今の箱根地方をも総称せり。
わが末の世々に忘るな足柄や箱根の雪をわけし心は
足がらの関の山路を北ゆけば空もをぐらきここちこそすれ
あしがらや空は晴れゆく山かぜにつもる雪ちる竹の下道
足がらの八重山桜さきにけり春の嵐の関守もがな
旅人の朝ゆく駒のひづめより雲立ちのぼる足柄の山
足柄や関のむら山あきふけてしぐれもよほす峯のうき雲
足柄の山の山びことよむなりいづれの峰に舟木きるらむ
穂を垂れて黒き爛砂にやすらへり足柄ごえのみねの色草
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