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雲の記録200911012009年11月01日

2009年11月1日12時
風が強く、雲の変化の激しい一日。昼頃までは巻積雲の見られる美しい空だったが、次第に層積雲が広がり、夕方には雨が降り始めた。

雲の記録200911022009年11月02日

2009年11月2日夕
夕暮時、家路で雨に降られる。巨大な黒雲が子分のような雲を幾つか引き連れて町の上を通過してゆく。その間、ぱらぱらと降ったり止んだり。これも一種の時雨だろう。雨あがり、僅かな夕光が残っていた。
2009年11月2日夕

雲の記録200911032009年11月03日

2009年11月3日夕
晴れの特異日である文化の日11月3日。朝から冷え込んだが、雲ひとつない快晴が日暮れまで続き、今日は《雲の記録》もなしかと諦めかけたが、犬の散歩の途中、西の空が夕焼けて、地平線近くに雲が出ているのを発見。念のため用意しておいたデジカメが役に立った。鎌倉宮の参道にて。

白氏文集卷十四 禁中夜作書、與元九2009年11月04日

禁中にて夜(ふみ)()き、元九(げんきう)に与ふ  白居易

心緒萬端書兩紙  心緒(しんしよ)万端(ばんたん) 両紙(りやうし)に書き
欲封重讀意遲遲  (ふう)ぜんと()て 重ねて読み (こころ)遅遅(ちち)たり
五聲宮漏初鳴後  五声(ごせい)宮漏(きゆうろう) 初めて鳴る(のち)
一點窗燈欲滅時  一点(いつてん)窓灯(さうとう) ()えなんと()る時

【通釈】思いのたけを紙二枚にしたため、
封をしようとしては読み返し、心はためらう。
五更を告げる水時計が鳴り始めたばかりの頃
一点の窓のともし火が今にも消えようとする時。

【語釈】◇五聲 五更(午前三時~五時頃)を告げる音。◇宮漏 宮殿の水時計。

【補記】左拾遺として宮中に仕えていた三十八、九歳頃、湖北省江陵に左遷されていた親友の元九(元稹)のもとへ贈った詩。手紙の内容は言わず、友への思いはしみじみと伝わる。第三・四句が和漢朗詠集の巻下「暁」の部に採られている。但し「初鳴後」が「初明後」となっており、普通「初めて明けて後」と訓まれる。

【影響を受けた和歌の例】
これのみとともなふ影もさ夜ふけて光ぞうすき窓のともし火(道助親王『新勅撰集』)
つくづくと明けゆく窓のともし火のありやとばかりとふ人もなし(藤原定家『玉葉集』)

雲の記録200911042009年11月04日

2009年11月4日夕
今日も朝方は冷え込んだが、日射しは強く、気温はぐんぐん上昇して、昼にはたくさんの綿雲(積雲)が発生していた。夕方には積雲がさらに発達したが、夜になると薄雲が空を覆い、朧月夜となった。写真は鎌倉市二階堂にて、午後四時少し前。

千人万首に山本春正をアップ2009年11月07日

千人万首は久々の更新です。近世初期の歌人、山本春正(しゅんしょう)をアップしました。二首。
木下長嘯子の高弟の一人で、長嘯子の歌文集『挙白集』を完成させた中心人物。また、水戸光圀の命になる、地下(じげ。宮廷に地位を持たない階層)の歌人の作を集成した歌集『正木のかづら』の編纂者でもあり、近世地下歌壇では重きを置かれる人物です。今では歌人としてよりも、代々継がれた蒔絵師としての名が知られているでしょう。華麗で装飾的な蒔絵は「春正塗」「春正蒔絵」と呼ばれ、尊ばれています。
活字になった限りの歌は読んでみて、さほどの秀歌を見出すことはできませんでしたが、やはり長嘯子の一番弟子、相当の力倆がうかがえます。
『正木のかづら』(木下長嘯子全集第四巻に翻刻されています)収録歌より幾つか引いてみましょう。
久方の空みつやまともろこしをおしなべて立つ春霞かな
かつ氷りかつはたばしる霰かな月すむ河の波の白玉
契りおきて限りあるべき道にだに遅れしものをきぬぎぬの空
須磨の浦や藻塩たれけむ昔まで煙にのこる夕暮の空

追加更新2009年11月09日

山本春正に一首追加しました。

雲の記録200911092009年11月09日

2009年11月9日午後4時鎌倉二階堂
小春日和のような暖かさが続き、霞がかかったような空も春を思わせるうららかさ。日が傾くと、うね雲が出て来た。夕方、山道を歩いていた時、木の間の空を撮った。端を斜めに横切っているのは飛行機雲。

白氏文集卷十五 燕子樓2009年11月11日

燕子楼   白居易

滿窗明月滿簾霜  満窓(まんさう)の明月、満簾(まんれん)の霜
被冷燈殘払臥床  ()は冷やかに、(とう)(うす)れて臥床(ふしど)を払ふ
燕子樓中霜月夜  燕子楼(えんしろう)(うち)霜月(さうげつ)()
秋來只爲一人長  秋(きた)つて(ただ)一人(いちじん)の為に長し

【通釈】窓いっぱいに輝く月、簾いちめんに降りた霜。
掛布は冷ややかで、燈火は寝床をうすく照らしている。
燕子楼の中で過ごす、霜のように冴えた月の夜は、
秋になって以来、ただ私ひとりのために長い。

【語釈】◇燕子樓 徐州の長官、張氏の邸内の小楼。張氏の愛妓眄眄(めんめん)が、張氏の死後十余年ここに住んで独身を守った。楼の名は二夫を持たないという燕に因む。◇只爲一人長 自分にとってだけ長いのかと嘆く心。夫を失った独り身ゆえに、夜が一層長く感じられる。

【補記】「燕子楼」三首の一。燕子楼に孤閨を守る女性の身になって作った詩。楼に愛妓を囲っていた張氏は作者と旧知の間柄であり、実話に基づく詩である。和漢朗詠集の「秋夜」に第三・四句が採られている。

【影響を受けた和歌の例】
月みれば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど(大江千里『古今集』)
ひとりぬる山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影(藤原定家『新古今集』)
ひとりのみ月と霜とにおきゐつつやがて我が世もふけやしにけむ(藤原良経『新続古今集』)

【参考】『狭衣物語』巻四
文のけしきなども、ただおほかたに思はせたるなつかしさをば、おろかならぬさまに言ひなさせ給へるさまなども、さし向かひ聞こえさせたる心地のみせさせ給ひて、いとど御とのごもるべうもなければ、「燕子楼の(うち)」とひとりごたれ給ひつつ、丑四つと申すまでになりにけり。

雲の記録200911122009年11月12日

2009年11月12日午後1時
明け方まで雨が残り、その後も雨雲に覆われていたが、昼過ぎから日が射し始め、みるみる爽やかな秋空が広がった。と思う間もなく、強い北風が次々に雲を運んで来る。写真は鎌倉二階堂にて、午後一時頃。