白氏文集卷十九 七言十二句、贈駕部呉郎中七兄 ― 2010年05月10日
七言十二句、
四月天氣和且淸 四月天気
綠槐陰合沙隄平
獨騎善馬銜鐙穩 独り善馬に
初著單衣支體輕 初めて
退朝下直少徒侶
歸舍閉門無送迎
風生竹夜窗閒臥 風の竹に
月照松時臺上行 月の松を照らす時
春酒冷嘗三數盞
曉琴閑弄十餘聲
幽懷靜境何人別 幽懐 静境
唯有南宮老駕兄 唯だ南宮の
【通釈】四月の天気はなごやかで、かつすがすがしい。
独り良馬に乗り、馬具の音も穏やかに、
初めて単衣の服を着て、体は軽やかだ。
朝廷を退出し宿直を終えて、従者も無く、
帰宅して門を閉ざせば、送り迎えの客も無い。
風が竹をそよがせる夜、窓辺に横になり、
月が松を照らす間、高殿の上をそぞろ歩く。
よく冷えた
暁には琴をひっそりと僅かばかりもてあそぶ。
この奧深く物静かな心境を誰が分かってくれるだろう。
ただ南宮に居られる駕部郎中の呉七兄のみである。
【語釈】◇四月 陰暦四月は初夏。◇綠槐 葉の出たエンジュの木。◇沙隄 隄は堤に同じ。長安の砂敷きの舗装道路。◇銜鐙 「銜」はくつわ(轡)。「鐙」はあぶみ。合せて馬具を言う。◇支體 肢體に同じ。◇春酒 冬に醸造し、春に飲む酒。◇南宮 尚書省。◇老駕兄 駕部郎中の呉七兄。白居易の同年の友人。
【補記】『和漢朗詠集』の「夏夜」に「風生竹夜窗閒臥 月照松時臺上行」が引かれ、殊に前句を踏まえた和歌が多い。慈円・定家の歌はいずれも句題和歌。両句は『千載佳句』『新撰朗詠集』にも見える。また「春酒冷嘗三數盞 曉琴閑弄十餘聲」が『千載佳句』に採られている。
【影響を受けた和歌の例】
秋きぬとおどろかれけり窓ちかくいささむら竹風そよぐ夜は(徳大寺実定『林下集』)
窓ちかき竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢(式子内親王『新古今集』)
松風に竹の葉におく露落ちてかたしく袖に月を見るかな(慈円『拾玉集』)
風さやぐ竹のよなかにふしなれて夏にしられぬ窓の月かな(藤原定家『拾遺愚草員外』)
窓ちかきいささむら竹風ふけば秋におどろく夏の夜の夢(藤原公継『新古今集』)
夕すずみやがてうちふす窓ふけて竹の葉ならす風のひとむら(飛鳥井雅経『明日香井集』)
竹の葉に風ふく窓は涼しくて臥しながら見る短か夜の月(宗尊親王『竹風和歌抄』)
風すさむ竹の葉分の月かげを窓ごしに見るよぞ更けにける(九条隆教『文保三年百首』)
くれ竹の夜床ねちかき風のおとに窓うつ雨はききもわかれず(二条為遠『新続古今集』)
竹になる音なき風も手にとりて扇にならす窓のかたしき(武者小路実陰『芳雲集』)
【参考】『源氏物語』胡蝶
雨はやみて、風の竹に鳴るほど、はなやかにさし出でたる月影、をかしき夜のさまもしめやかなるに、人々は、こまやかなる御物語にかしこまりおきて、け近くもさぶらはず。
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