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白氏文集卷五十五 春風2010年04月01日

ユスラウメ 鎌倉市大巧寺

春風  白居易

春風先發苑中梅  春風(しゆんぷう) ()(ひら)苑中(ゑんちう)の梅
櫻杏桃梨次第開  桜 (あんず) 桃 梨 次第に開く
薺花楡莢深村裏  薺花(せいくわ) 楡莢(ゆけふ) 深村(しんそん)(うち)
亦道春風爲我來  ()()春風(しゆんぷう) 我が為に来れりと

【通釈】春風は真っ先に庭園の中の梅を咲かせる。
そして山桜桃(ゆすらうめ)・杏・桃・梨の花がつぎつぎに開く。
奥深い山里では、なずなの花が咲き、楡の実が生る。
また口に出して言うのだ、春風が私のために来てくれたと。

【語釈】◇櫻 中国ではユスラウメを言う(写真参照)。◇薺花 ナズナの花。◇楡莢 春楡(ハルニレ)の実。春楡は春、花をつけた後に翼果を結ぶ。

【補記】巻数は那波本による。初句を「一枝先發園中梅」とする本もある。定家の歌は「春風先発(ママ)中梅、桜杏桃李次第開」を句題とする歌。

【影響を受けた和歌の例】
咲きぬなり夜のまの風にさそはれて梅よりにほふ春の花園(藤原定家『拾遺愚草員外』)

雲の記録201004012010年04月01日

2010年4月1日午前10時鎌倉市二階堂

暖かくなり、桜は一気に満開へ。花曇りの一日だったが、朝方、ひととき青空が覗いた。

千家詩卷三 淸明2010年04月01日

アンズの花 フォトライブラリーフリー素材

清明  杜牧

淸明時節雨紛紛  清明の時節 雨紛紛(ふんぷん)
路上行人欲斷魂  路上の行人(かうじん) (こん)()たんとす
借問酒家何處有  借問(しやくもん)酒家(しゆか)(いづ)れの(ところ)にか有る
牧童遙指杏花村  牧童(ぼくどう)遥かに指さす 杏花村(きやうくわそん)

【通釈】清明の時節、雨がしきりと降り、
路上の旅人は、魂も消え入るばかり。
居酒屋はどこにあるかと尋ねると、
牛飼いの少年は遥か遠く、杏の咲く村を指さす。

【語釈】◇淸明 二十四節気の一つ、清明節。春分後十五日目。太陽暦では四月五日頃にあたる。この日人々は墓参りや遊山をして過ごした。◇雨紛紛 雨がしきりと降る。「紛紛」は多く盛んなさま。清明の頃は春雨のよく降る候で、これを「杏花雨(きょうかう)」と呼ぶ。◇行人 旅人。作者自身を指す。◇杏花村 杏の花の咲く村。固有名詞と解する説もあり、貴池県城(安徽省)の西にあるという(渡部英喜『漢詩歳時記』)。

【補記】『千家詩』は南宋の劉克莊(1187~1269)の撰した詞華集。五言絶句・五言律詩・七言絶句・七言律詩の四巻からなる。

【作者】杜牧(803~853)は晩唐の詩人。京兆万年(陝西省西安市)の人。太和二年(828)の進士。各地の刺史を歴任し、中書舎人に至る。杜甫を「老杜」と言うのに対し、「小杜」と呼ばれる。豪放・洒脱な詩を得意とした。『樊川(はんせん)詩集』八巻がある(早稲田大学古典籍総合データベースで閲覽可)。

【影響を受けた和歌の例】
はつせのや里のうなゐに宿とへば霞める梅の立枝をぞさす(契沖『漫吟集類題』)

唐詩選卷六 勧酒2010年04月02日

酒を勧む ()武陵(ぶりょう)

勧君金屈巵  君に勧む 金屈巵(きんくつし)
滿酌不須辭  満酌 辞するを(もち)ゐず
花發多風雨  花(ひら)けば風雨多し
人生足別離  人生別離()

【通釈】略。訳詩は【参考】参照。

【語釈】◇金屈巵 黄金製の酒器。「屈」は曲がっている様、「巵」は盃。◇不須辭 辞する必要はない。遠慮には及ばない。◇足別離 別離に満ちている。「別離(おほ)し」と訓む本もある。

【補記】友人との別離に際し、別れの盃を勧めて作った詩。以下の和歌は全て『頓阿句題百首』所収の「花発風雨多」を句題とする和歌。『頓阿句題百首』は貞治四年(1365)閏九月五日に周嗣が編集・書写したものという(新編国歌大観解題)。

【作者】于武陵は杜曲(長安の南)の人。大中年間(西暦855年頃)進士となるが、官僚の道を捨てて放浪生活を送る。『于武陵集』一巻を残す。

【影響を受けた和歌の例】
世の中はかくこそありけれ花盛り山風吹きて春雨ぞふる(頓阿『頓阿句題百首』)
いかなれば嵐も雨もあやにくにいくかもあらぬ花にぞふらん(良守上人)
花ざかりしづ心なき山風にまづさそはれて春雨ぞふる(僧都良春)
つらきかな雲とみえつつ咲く花は雨と風とのやどりなりけり(頓宗)
ふる雨に猶やしほれんさくら花嵐におほふ袖はありとも(周嗣)

【参考】井伏鱒二の訳詩は以下の通り。
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

白氏文集十六 櫻桃花下歎白髮2010年04月03日

桜桃(あうたう)花下(くわか) 白髪(はくはつ)を歎ず 白居易

逐處花皆好  処を()ひて 花皆()
隨年貌自衰  年に(したが)ひて (かたち)(おのづか)ら衰ふ
紅櫻滿眼日  紅桜(かうあう) 眼に満つる日
白髮半頭時  白髪 (かしら)半ばになる時
倚樹無言久  樹に()りて (げん)無きこと久しく
攀條欲放遲  (えだ)()ぢて 放たんとすること遅し
臨風兩堪歎  風に臨みて (ふた)つながら歎くに()へたり
如雪復如絲  雪の如く ()た糸の如し

【通釈】処々、花はみな美しいが、
年々、容貌は自然と衰える。
紅い桜桃(ゆすらうめ)が満目に咲き誇る今日、
白い髪は既に頭の半ばを覆っている。
樹に寄りかかっては、久しく黙り込み、
枝を引き寄せては、いつまでも離さずにいる。
春風に吹かれて、二つながら嘆きに堪えない。
私の髪が雪のように白く、糸のように細いことに。

【語釈】◇逐處 どこへ行っても。至るところ。◇紅櫻 紅いユスラウメ。中国ではユスラウメを櫻と言う。

【補記】定家の歌は「逐処花皆好、隋年貌自衰」を句題とした作。

【影響を受けた和歌の例】
色も香もおなじ昔にさくらめど年ふる人ぞあらたまりける(紀友則『古今集』)
宿ごとに花のところはにほへども年ふる人ぞ昔にもにぬ(藤原定家『拾遺愚草員外』)

杜少陵詩集卷二十二 淸明2010年04月04日

清明     杜甫

此身飄泊苦西東  此の身飄泊(へうはく)して西東(さいとう)に苦しむ
右臂偏枯半耳聾  右臂(うひ)偏枯(へんこ)して半耳(はんじ)(ろう)
寂寂繋舟雙下涙  寂寂(せきせき)舟を繋げば涙(なら)()
悠悠伏枕左書空  悠悠枕に伏して(ひだりて)(くう)に書す
十年蹴鞠將雛遠  十年蹴鞠(しうきく)(すう)(ひき)ゐて遠し
萬里鞦韆習俗同  万里鞦韆(しうせん)習俗同じ
旅鴈上雲歸紫塞  旅雁雲に上り紫塞(しさい)に帰る
家人鑽火用青楓  家人火を()るに青楓(せいふう)を用う
秦城楼閣鶯花裏  秦城の楼閣鶯花(あうくわ)(うち)
漢主山河錦繍中  漢主の山河錦繍(きんしう)(うち)
春去春來洞庭闊  春去り春来りて洞庭(どうてい)(ひろ)
白蘋愁殺白頭翁  白蘋(びやくひん)愁殺(しうさつ)白頭翁(はくたうおう)

【通釈】この身はあてどなくさまよい、西に東に苦しむ。
右腕は固まって動かず、片耳は聞こえない。
ひっそりと舟を岸に繋げば、涙が両眼から落ちる。
ゆったりと枕に頭を休め、左手で空に文字を書く。
十年、幼い子を連れてさ迷い、蹴鞠のような遊戯から遠ざかっていた。
万里を旅して、春のぶらんこはどの土地も同じなわらしだが、私らとは無縁だ
旅をする雁は雲の上を行き、北方の万里の長城へと帰る。
妻は旅先にあって火を打ち出すのに青い(ふう)の木を用いる。
長安の高殿は、鶯の声と花の色に籠められているだろう。
漢の皇帝が治めた山河は、錦織のような彩色のうちにあるだろう。
春が去りまた訪れて、洞庭湖の水面は広々とし、
うら白い水草はこの白頭翁を愁いに死なしめる。

【語釈】◇左書空 右腕が「偏枯」しているため、利き腕でない左手で書く。しかも紙は乏しいから空に書くというのである。◇鞦韆 ぶらんこ。清明節に若い娘がこれで遊ぶ風習があった。◇紫塞 万里の長城。唐の北辺にあり、雁はここを越えて故郷へと向かう。◇秦城楼閣 長安の重層建築。◇鶯花裏 「烟花裏」とする本もある。◇錦繍 花や新緑が織り成す美しい色彩を錦織物に喩えた。◇洞庭湖 中国湖南省の北部にある湖。◇白頭翁 頭髪が白い翁。詩人自身を指す。

【補記】死の前年、大暦四年(769)、五十八歳の作。四月五日清明節の日、人々が蹴鞠や鞦韆で遊ぶ中、宿に泊まることもできず、苫舟に寝泊まりしながら家族を連れて放浪するさまを詠む。同題二首の第二首。『新撰朗詠集』巻上「春興」に「秦城楼閣鶯花裏 漢主山河錦繍中」が引かれている。

【影響を受けた和歌の例】
春を待つ花のにほひも鳥の音もしばしこもれる山の奥かな(藤原良経『秋篠月清集』)
霞かは花うぐひすにとぢられて春にこもれる宿のあけぼの(藤原定家『六百番歌合』)

千家詩卷三 湖上2010年04月05日

湖上  徐元杰(じよげんけつ)

花開紅樹亂鶯啼  花開いて紅樹(こうじゆ)乱鶯(らんあう)啼き
草長平湖白鷺飛  草長じて平湖(へいこ)白鷺(はくろ)飛ぶ
風日晴和人意好  風日(ふうじつ)晴和(せいわ)人の()()
夕陽簫鼓幾船歸  夕陽(せきやう)簫鼓(せうこ)幾船(いくせん)か帰る

【通釈】紅い花が咲いた樹で、むやみに鶯が鳴き、
畔の草が伸びた平らかな湖に、白鷺が飛ぶ。
風は穏やか、日は晴れて、人は心楽しむ。
夕日の照る中、楽の音を響かせて、幾艘かの船が帰って来る。

【語釈】◇風日 風と陽光。◇簫鼓 簫と鼓。楽器。

【補記】抗州の西湖の春を詠む。『千家詩』は南宋の劉克莊(1187~1269)の撰した詞華集。五言絶句・五言律詩・七言絶句・七言律詩の四巻からなる。全テキストが閲覧可。以下の和歌は「花開紅樹乱」を句題和歌とした『頓阿句題百首』所収歌。「乱」の字は正しくは「鶯」に掛かるのであるが、「紅樹乱ル」と誤読したものらしい。同百首は貞治四年(1365)閏九月五日に周嗣が編集・書写したものという(新編国歌大観解題)。

【作者】徐元杰は南宋の人。字は仁伯。江西上饒の人。理宗の紹定五年(1232)の進士で、太常寺少卿・工部侍郎などを歴任した。

【影響を受けた和歌の例】
花の色にみだれにけりな佐保姫のしのぶにかあらぬ春の衣手(頓阿『頓阿句題百首』)
花桜さきそめしよりくれなゐの色にみだるる庭の春風(良守上人)
さくら花うつろはむとや朝日影にほへる雲に山風ぞふく(僧都良春)
紅にうつろはむとや咲く花にみだれてまじる嶺のしら雲(頓宗)
雲ながらうつりにけりな紅の初花ざくら色もひとつに(周嗣)

白氏文集卷十三 春中與廬四周諒華陽觀同居2010年04月07日

春中(しゆんちう)((周諒(しうりよう)華陽観(かやうかん)に同居す 白居易

性情懶慢好相親  性情懶慢(らんまん)にして()く相親しみ
門巷蕭條稱作鄰  門巷(もんかう)蕭条(せうでう)として(となり)()すに(かな)
背燭共憐深夜月  (ともしび)(そむ)けては共に憐れむ 深夜の月
蹋花同惜少年春  花を()んでは同じく惜しむ 少年の春
杏壇住僻雖宜病  杏壇(きやうだん)住僻(ぢうへき)にして(やまひ)(よろ)しと(いへど)
芸閣官微不救貧  芸閣(うんかく)官微(かんび)にして(ひん)を救はず
文行如君尚憔悴  文行(ぶんかう)君の如くにして()憔悴(せうすい)
不知霄漢待何人  知らず 霄漢(せうかん)何人(なんびと)をか待つ

【通釈】性質が懶惰で君とはよく気が合い、
近所の路地は物寂しげなので、隣付き合いにぴったりだ。
灯火を背にして共に深夜の月を賞美し、
散った花を踏んで共に青春を愛惜した。
杏の花咲くこの館は僻遠の地にあり、療養には持って来いなのだが、
御書所に勤める君の官位は低く、貧窮を救うことは出来ない。
詩文も徳行も君のようにすぐれた人が、なお困窮しているとは。
朝廷は如何なる人材を待望しているというのか。

【語釈】◇門巷 家門と近所の路地の家並。<◇芸閣 御書所の唐名。朝廷所属の図書館。◇霄漢 大空。朝廷にたとえる。

【補記】友人の「盧四周諒」と華陽観に同居していた時の作。華陽観とは長安の道観(道士の住処)で、唐代宗の第五女華陽公主の旧宅。永貞元年(805)、白居易は友人たちと共ここに住んだ。和漢朗詠集巻上「春夜」に第三・四句が引かれている。また『采女』『西行桜』などの数多くの謡曲に第三・四句を踏まえた文句がある。下記の慈円・定家の歌はいずれもこの二句を句題とした作である。

【影響を受けた和歌の例】
あり明の月にそむくるともし火の影にうつろふ花を見るかな(慈円『拾玉集』)
そむけつる窓の灯ふかき夜のかすみにいづる二月の月(藤原定家『拾遺愚草員外』)
山の端の月待つ空のにほふより花にそむくる春のともしび(藤原定家『拾遺愚草』)
深き夜の花の木陰にそむけ置きてともにあはれむ春の灯(正徹『草根集』)
さても猶花にそむけぬ影なれやおのれかかぐる月のともしび(木下長嘯子『挙白集』)
灯火もそむけてやみん深き夜の窓の光は雪にまかせて(武者小路実陰『芳雲集』)

雲の記録201004082010年04月08日

2010年4月8日午後5時30分鎌倉市二階堂

午後五時半、鎌倉市二階堂にて。

和漢朗詠集卷上 閏三月2010年04月11日

花悔帰根無益悔  花は根に帰らむことを悔ゆれども悔ゆるに(えき)なし
鳥期入谷定延期  鳥は谷に()らむことを()すれども定めて()を延ぶらむ

【通釈】桜の花は散ってしまったが、閏三月と知って、根に帰ろうとしたことを悔いても、もはやどうしようもない。
鶯は谷に帰ろうと思ったが、閏三月と知って、きっとその日時を延ばしていることだろう。

【補記】出典未詳。作者名は「藤滋藤」とあるが、釈信阿私注によれば作者は清原滋藤。これの影響を受けた「花は根に」「鳥は古巣に」帰るという趣向の歌は夥しい。

【影響を受けた和歌の例】
根にかへる花の姿の恋しくはただこのもとを形見とは見よ(藤原実行『金葉集』)
花は根に鳥はふる巣にかへるなり春のとまりを知る人ぞなき(崇徳院『千載集』)
尋ねくる人は都を忘るれど根にかへりゆく山ざくらかな(藤原俊成『風雅集』)
根にかへる花とはきけど見る人のこころのうちにとまるなりけり(藤原重家『風雅集』)
根にかへる花をうらみし春よりもかた見とまらぬ夏の暮かな(藤原定家『拾遺愚草員外』)
高嶺より谷の梢にちりきつつ根にかへらぬは桜なりけり(藤原良経『秋篠月清集』)
花やどる桜が枝は旅なれや風たちぬればねにかへるらむ(〃)
雪きゆる枯野のしたのあさみどりこぞの草葉やねにかへるらむ(〃)
根にかへる花ともみえず山桜あらしのさそふ庭の白雪(飛鳥井教定『続拾遺集』)
根にかへり雲にいるてふ花鳥のなごりも今の春の暮れがた(伏見院『伏見院御集』)
根にかへり古巣をいそぐ花鳥のおなじ道にや春も行くらん(二条為定『新千載集』)
根にかへる花かとみれば木の本を又吹きたつる庭の春風(正親町公蔭『新拾遺集』)
鳥はまたよそなる谷の桜花ねにかへりても山風ぞふく(冷泉為尹『為尹千首』)
こゑ聞けば古巣をいそぐ鳥もなしまだきも花の根に帰るらん(正徹『草根集』)
根にかへり古巣にゆくも花鳥のもとのちぎりのあれば有る世を(三条西実隆『雪玉集』)
ふるさとへ別るる雁のこゑききて梢の花も根にかへるらん(加藤千蔭『うけらが花』)