白氏文集卷二十 江樓晩眺、景物鮮奇、吟翫成篇、寄水部張員外 ― 2010年04月12日
江楼にて晩に景物の鮮奇なるを眺め、吟翫して篇を成し、
澹煙疏雨閒斜陽
江色鮮明海氣涼
蜃散雲收破樓閣
虹殘水照斷橋梁 虹
風翻白浪花千片 風
鴈點青天字一行 雁青天に点ず 字
好著丹青圖寫取
題詩寄與水曹郎 詩を題して寄せ与へん
【通釈】淡い靄と疎らな雨のうちに夕陽の光が射し込み、
湖面の色は鮮明となって、海からの気が涼しい。
雲がおさまり、薄まっていた蜃気楼は粉々に失せた。
夕陽が水面を照らし、残っていた虹の橋はずたずたに断たれた。
風は白波に千の花びらをひらめかせ、
雁は青空に一つらの文字を描いている。
よし、絵具で以てこの絶景を写し取り、
詩を題し、水曹郎の君に贈ってあげよう。
【語釈】◇澹煙 澹は淡に同じ。淡いもや。◇蜃 蜃気楼。◇樓閣 蜃気楼によって見えていた高層建築物。◇橋梁 虹を橋になぞらえる。◇丹青赤と青の絵具。 ◇圖寫 写生。◇水曹郎 水部員外郎、張籍。
【補記】湖辺の楼閣からの夕景を嘆賞しているうちに出来た詩を、水部員外郎の張籍に贈ったという。和漢朗詠集巻下「眺望」に「風翻白浪花千片 鴈點青天字一行」が採られている。下の千里・蘆庵の歌は「風翻白浪花千片」の句題和歌。
【影響を受けた和歌の例】
沖つより吹きくる風は白浪の花とのみこそ見えわたりけれ(大江千里『句題和歌』)
白妙の浪ぢわけてやはるはくる風ふくままに花もさきけり(よみ人しらず『新勅撰集』)
沖つ風吹きたつなへに寄る波は散るを惜しまぬ花にぞありける(小沢蘆庵『六帖詠草』)
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