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白氏文集卷十七 薔薇正開、春酒初熟。因招劉十九・張大・崔二十四同飮2010年05月13日

庚申薔薇 鎌倉市大船フラワーパーク

薔薇(さうび)正に開き、春酒(しゆんしゆ)初めて熟す。()りて劉十九・張大・崔二十四を招きて(とも)に飲む  白居易

甕頭竹葉經春熟  (もたひ)(ほとり)竹葉(ちくえふ)は春を経て熟し
階底薔薇入夏開  (はし)(もと)薔薇(さうび)は夏に入りて(ひら)
似火淺深紅壓架  火に似て浅深(しんせん) (くれなゐ)は架を(あつ)
如餳氣味綠粘台  (あめ)の如き気味 (みどり)は台に(ねば)
試將詩句相招去  試みに詩句を(もつ)相招去(あひせうきよ)せん
儻有風情或可來  ()風情(ふぜい)有らば(あるい)(きた)るべし
明日早花應更好  明日(みやうにち)早花(さうくわ)(まさ)に更に()かるべし
心期同醉卯時盃  心に期す (とも)卯時(ばうじ)の盃に酔はんことを

【通釈】甕のほとりの竹の葉が緑を増したように、甕の中の酒は春を経て熟し、
(きざはし)のもとの薔薇は夏に入って開いた。
花は火に似て浅く深く紅に燃え、棚を圧するように咲いている。
酒は飴のように濃厚な風味で、その緑は甕を溢れ台に粘り付いている。
試みに詩句で以て客を招待してみよう。
もし情趣深ければ、あるいは訪ねてくれる人もあろう。
明朝の花は今日より更に美しいに違いない。
願わくば、共に朝酒の盃を交わし酔わんことを。

【語釈】◇竹葉 文字通り竹の葉を指すと共に、酒の異称でもある。和歌の掛詞の技法に同じ。◇早花 早朝に咲く花。◇卯時盃 卯時(午前六時頃)に飲む酒。

【補記】白氏版「酒とバラの日々」。『和漢朗詠集』巻上「首夏」に首聯が引かれている。『千載佳句』にも。また『栄花物語』『源氏物語』『堤中納言物語』や謡曲『養老』ほか、多くの作品が両句を踏まえ「甕のほとりの竹の葉」「階のもとの薔薇」に言及している。なお写真は中国原産の薔薇で、多くの品種のもととなった庚申(こうしん)薔薇。

【影響を受けた和歌の例】
(はし)のもとに紅ふかき花の色もなつきにけりと見ゆるなりけり(公朝『夫木和歌抄』)

【参考】『源氏物語』賢木
階のもとの薔薇(さうび)けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。

和歌歳時記:薔薇(さうび/しやうび) China rose2010年05月13日

庚申薔薇 大船フラワーセンター

日本には薔薇の原生種がいくつかあり、「うばら」「いばら」と呼んでゐた。同じ薔薇の仲間でも、唐土から渡来したものは漢語「薔薇」を音読して「しやうび」「さうび」と呼び、在来種の薔薇とは別物と見てゐたやうだ。本章では、近代以降大量に渡来し栽培された西洋薔薇(ばら)は除き、古く中国から舶来した薔薇(さうび)を詠んだ歌のみを取り上げたい。

古今集には「さうび」を題とした歌が見え、西暦10世紀初めには既に渡来してゐたことが知られる。

『古今集』 さうび 紀貫之

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり

「今朝(うひ)に」に「さうび」の名を隠した物名歌である。今朝、初めて見たその花の色を「あだなる物と」言ふべきであつたよ、といふ歌。この「花」は題の「さうび」を指し、当時薔薇がまだ珍しい花であつたと知れる。「あだなる」は「徒なる」とも「婀娜なる」とも取れるが、ここは両義を籠めたと見たい。はかないけれども、美しい、といふことだ。「あだなる」と言ふ色は紅である。和歌における「さうび」は紅と定まつてゐた。

『原色牧野植物大圖鑑』によれば、平安時代に渡来して賞美された薔薇は庚申(かうしん)薔薇、別名長春花(上の写真参照)。中国四川・雲南の原産。一年を通して何度も咲くので、隔月を意味する庚申月に因んだ名といふ。しかし最もよく咲くのは初夏である。

バラ ブルボン系
庚申薔薇から作出された紅薔薇

和名が付かなかつたために、物名歌の題として以外滅多に詠まれない時代が続いたが、近世になると、薔薇(さうび)の花そのものを写した歌も僅かながら見られるやうになる。

志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集』 薔薇(さうび) 橘曙覧

羽ならす蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲くさうびかな

「窓をうづめて」と言ふのは垣根に絡みついたさまだらうか。とすれば、当時流行した難波茨(ナニハイバラ)の白花などを想像しても良ささうだが、古歌の例からすると、やはり紅い薔薇と見るべきだらうか。いづれにせよ、華やかな薔薇の存在が、羽音をたてる蜂も「あたたか」に見せるといふ、初夏の窓を鮮やかにスケッチした歌だ。

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  『西国受領歌合』 作者未詳
今年うゑて見るがをかしさ(うひ)に咲く花の枝々くれなゐにして
色ふかくわきてか露のおきつらん今朝うひに咲く初花の色

  『夫木和歌抄』(さうび) 権僧正公朝
(はし)のもとに紅ふかき花の色もなつきにけりとみゆるなりけり

  『うけらが花後編』(さうび) 橘千蔭
鶯のあさうひごゑを鳴きつるはきのふと思ふに春ぞ暮れゆく