雁の玉梓　―やまとうたblog―

薔薇(さうび)正に開き、春酒(しゆんしゆ)初めて熟す。因(よ)りて劉十九・張大・崔二十四を招きて同(とも)に飲む　　白居易

甕頭竹葉經春熟　　甕(もたひ)の頭(ほとり)の竹葉(ちくえふ)は春を経て熟し
階底薔薇入夏開　　階(はし)の底(もと)の薔薇(さうび)は夏に入りて開(ひら)く
似火淺深紅壓架　　火に似て浅深(しんせん) 紅(くれなゐ)は架を圧(あつ)し
如餳氣味綠粘台　　餳(あめ)の如き気味 緑(みどり)は台に粘(ねば)る
試將詩句相招去　　試みに詩句を将(もつ)て相招去(あひせうきよ)せん
儻有風情或可來　　儻(も)し風情(ふぜい)有らば或(あるい)は来(きた)るべし
明日早花應更好　　明日(みやうにち)早花(さうくわ)応(まさ)に更に好(よ)かるべし
心期同醉卯時盃　　心に期す 同(とも)に卯時(ばうじ)の盃に酔はんことを

【通釈】甕のほとりの竹の葉が緑を増したように、甕の中の酒は春を経て熟し、
階(きざはし)のもとの薔薇は夏に入って開いた。
花は火に似て浅く深く紅に燃え、棚を圧するように咲いている。
酒は飴のように濃厚な風味で、その緑は甕を溢れ台に粘り付いている。
試みに詩句で以て客を招待してみよう。
もし情趣深ければ、あるいは訪ねてくれる人もあろう。
明朝の花は今日より更に美しいに違いない。
願わくば、共に朝酒の盃を交わし酔わんことを。

【語釈】◇竹葉　文字通り竹の葉を指すと共に、酒の異称でもある。和歌の掛詞の技法に同じ。◇早花　早朝に咲く花。◇卯時盃　卯時（午前六時頃）に飲む酒。

【補記】白氏版「酒とバラの日々」。『和漢朗詠集』巻上「首夏」に首聯が引かれている。『千載佳句』にも。また『栄花物語』『源氏物語』『堤中納言物語』や謡曲『養老』ほか、多くの作品が両句を踏まえ「甕のほとりの竹の葉」「階のもとの薔薇」に言及している。なお写真は中国原産の薔薇で、多くの品種のもととなった庚申(こうしん)薔薇。

【影響を受けた和歌の例】
階(はし)のもとに紅ふかき花の色もなつきにけりと見ゆるなりけり（公朝『夫木和歌抄』）

【参考】『源氏物語』賢木
階のもとの薔薇(さうび)けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。