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和歌歳時記:茨の花 (野茨・野薔薇) Wild rose flower2010年05月11日

野茨の花 鎌倉市二階堂

茨(うばら/むばら/いばら)は野生の薔薇。万葉集では「うばら」に「棘原」の字を宛て、刺のある小木の薮をかう呼んでゐたやうだが、のち特に野薔薇を指すやうにもなつた。野茨(のいばら)とも言ふが、これは我が国で最もよく見られる野生の薔薇の種名でもある。

我が国の野生の薔薇は、子孫の園藝種とは比べやうも無い、ささやかな小花だ。野茨の花の径はわづか2センチ程。しかし棘の多さに変はりはなく、『枕草子』に「むばら」を「名おそろしきもの」に挙げてゐるのも棘を連想させるゆゑだらう。香りは高く、和歌では芳香を賞美した作が少なくない。また白い清楚な花としても歌はれてゐる。

『亮々遺稿』 首夏川 木下幸文

ここかしこ岸根のいばら花咲きて夏になりぬる川ぞひの道

初夏、白い花が群をなして咲く点では卯の花も同じことであるが、野茨は卯の花のやうに花枝を差し伸べないため、ずつと控へ目な様子で咲いてゐる。しかし卯の花にはない芳香をもつので、遠くからでもその存在ははつきりと知られる。平生歩き慣れた「川ぞひの道」に夏が訪れた感懐を、これほど自然な感じでしみじみと歌ひ上げることができたのは、茨の花に着目したからこそであつた。

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  『好忠集』(四月をはり) 曾禰好忠
なつかしく手には折らねど山がつの垣根のむばら花咲きにけり

  『松下集』(陀羅尼品 令百由旬内無諸衰患) 正広
山がつやめぐりのうばら引捨てて花の色もる園の垣うち

  『春夢草』(卯花) 肖柏
目にたてぬ垣根のむばら卯の花をうらやみ顔に咲ける野辺かな

  『雪玉集』(夏) 三条西実隆
それとなきむばらの花も夏草の垣ほにふかき匂ひとぞなる

  『挙白集』(夏の歌の中に) 木下長嘯子
道のべのいばらの花の白妙に色はえまさる夏の夜の月

  『柿園詠草』(詞書略) 加納諸平
旅衣わわくばかりに春たけてうばらが花ぞ香ににほふなる

  『草径集』(茨) 大隈言道
いばらさへ花のさかりはやはらびて折る手ざはりもなき姿かな
(棘)
卯の花の雪にまがふにまがひても川辺のいばら盛りなりけり

  『海士の刈藻』(山王祭のかへさ志賀の山ごえにて) 蓮月
朝風にうばらかをりて時鳥なくや卯月の志賀の山越

  『思草』佐佐木信綱
語らひし木かげやいづら古里の道たえだえに野茨(のばら)はなさく

  『みだれ髪』与謝野晶子
野茨(のばら)をりて髪にもかざし手にもとり(なが)()野辺(のべ)に君まちわびぬ

  『氷魚』島木赤彦
五月雨(さみだれ)になりたるならむ街うらににほひ(いちじ)るき野茨(のいばら)の花

  『烈風』前田夕暮
野茨ああ野ばらあるかなきかの微風のなかに私を歩ませる

  『山桜の花』若山牧水
道ばたの埃かむりてほの白く咲く野茨の香こそ匂へれ

  『銀』木下利玄
ほのほのとわがこころねのかなしみに咲きつづきたる白き野いばら

  『芥川龍之介歌集』
刈麦のにほひに雲もうす黄なる野薔薇のかげの夏の日の恋

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