白氏文集卷八 翫新庭樹、因詠所懷 ― 2010年05月28日
靄靄四月初
新樹葉成陰 新樹 葉は陰を成す
動搖風景麗 動揺して風景
蓋覆庭院深
下有無事人 下に事無き人有り
竟日此幽尋
豈唯翫時物
亦可開煩襟
時與道人語 時に
或聽詩客吟 或いは
度春足芳茗 春を
入夜多鳴琴 夜に入りて
偶得幽閑境
遂忘塵俗心 遂に
始知真隱者 始めて知る 真の隠者
不必在山林 必ずしも山林に在らざることを
【通釈】草木の気がたちこめる四月の初め、
新樹の葉は涼しい陰を成している。
風に揺れ動く風景はうるわしく、
緑におおわれた庭園は深々としている。
そのもとに無聊の人がいる。
終日、ここに幽趣を求めて過ごす。
何もただ季節の風物を賞美するだけではない。
悩みの多い胸襟を開くこともしよう。
時には僧侶と語り合い、
或いは詩人の吟に耳を傾ける。
春を過ぎても香ばしい茶は十分あり、
夜になればしきりと琴をかき鳴らす。
たまたま閑静な場所を手に入れて、
ついに俗世の汚れた心を忘れてしまった。
初めて知った、まことの隠者は、
必ずしも山林にいるわけでないことを。
【語釈】◇靄靄 草木の気が一面たちこめるさま。「藹藹」とする本もあり、その方が適切か。◇四月初 陰暦四月は初夏。その初めは、今のカレンダーで言えば五月初旬~中旬頃にあたることが多い。◇蓋覆 緑にすっかり覆われているさま。◇無事人 「無事の人」とも訓める。特にすることがない人。詩人自身を客観視して言う。◇幽尋 ひっそりとした趣を尋ねる。◇開煩襟 煩悶する胸の内を開いて人と接する。◇芳茗 「茗」は元来は茶の芽のこと。唐以後、茶を指す。◇真隱者 「真隱の者」とも訓める。白氏文集巻五の閑適詩「永崇裡觀居」には「真隱豈長遠」(真隠、豈に長遠ならんや)とある。
【補記】庭園の新樹をめで、感懐を詠じた、五言古詩による「閑適詩」。長慶四年(824)の作という。作者五十三歳。末四句「偶得幽閑境 遂忘塵俗心 始知真隠者 不必在山林」を句題に慈円・定家が、第二句「新樹葉成陰」を句題に三条西実隆が歌を残している。
【影響を受けた和歌の例】
柴の庵にすみえて後ぞ思ひ知るいづくもおなじ夕暮の空(慈円『拾玉集』)
つま木こる宿ともなしにすみはつるおのが心ぞ身をかくしける(藤原定家『拾遺愚草員外』)
浅みどり春見し色にひきかへてかへでかしはの露のすずしさ(三条西実隆『雪玉集』)


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