白氏文集卷十二 長恨歌(四) ― 2010年08月31日
長恨歌(承前) 白居易
臨邛方士鴻都客
能以精誠致魂魄
爲感君王展轉思 君王が
遂敎方士慇勤覓 遂に
排空馭氣奔如電
昇天入地求之遍 天に昇り地に
上窮碧落下黄泉 上は
両處茫茫皆不見 両処
【通釈】ここに臨邛(注:四川省の邛州の県名)出身の方士(注:神仙の術を行う人)がいて、長安の都に仮寓していた。
すぐれた神通力で魂魄を招く術をよくする者であったが、
帝の展転反側として眠れぬ思いに感じ入ったというので、
かくて、その方士に妃の魂魄を詳しく探索させることとなった。
方士は虚空を押し開き、気を自由に操って、稲妻のごとく天がけり、
天に昇ったり地に潜ったり、あまねく楊貴妃の魂を尋ね求めた。
上は蒼天の果てから、下は黄泉の国まで、
しかしいずれも茫々と広く、妃の姿は見つからない。
【補記】第七十五句より八十二句まで。物語は後半に入り、幻術士による楊貴妃の魂魄捜索のさまが叙される。
【影響を受けた和歌の例】
・「昇天入地求之遍」の句題和歌
思ひやる心ばかりはたぐへしをいかにたぐへむ幻の世を(藤原高遠『大弐高遠集』)
・「露碧落不見」の句題和歌
やるかたもなかりし心まぼろしを待つにはまさる思ひそひけり(源道済『道済集』)
・その他
思ひあまりうち
忽聞海上有仙山
山在虛無縹緲閒 山は虚無
樓殿玲瓏五雲起
其上綽約多仙子 其の上に
中有一人名玉妃 中に
雪膚花貌參差是 雪の
【通釈】ふと耳にしたことには、海上に仙人の住む山があり、
縹渺と霞む太虚の間に浮んでいるという。
高殿は玉のように輝き、湧き上がる五色の雲の中に聳えて、
その上に嫋やかな仙女たちがあまた住んでいる。
中に一人、玉妃という名の者があり、
雪のように白い肌、花のような容貌、果たしてこれがその人であろうか。
【補記】第八十三句から八十八句まで。幻術により楊貴妃らしき仙女を探し当てるまでを叙す。「まぼろし」(幻術士)による魂の探索という主題の和歌は少なくなく、いずれも白詩の影響下にある。高遠の歌は「忽聞海上有仙山」の句題和歌。他の歌はいずれも白詩の幻術士の条を踏まえた作である。
【影響を受けた和歌の例】
しるべする雲の船だになかりせば世をうみなかに誰か知らまし(伊勢『伊勢集』)
尋ねずはいかでか知らむわたつうみの波間にみゆる雲の都を(藤原高遠『大弐高遠集』)
たづねゆくまぼろしもがなつてにても魂のありかをそこと知るべく(『源氏物語・桐壺』)
まぼろしのつてに聞くこそ悲しけれ契りしことは夢ならねども(藤原為忠『続詞花集』)
消えのこる露のうき身のおきどころ蓬が島をたづねてぞしる(藤原秀能『如願法師集』)
なき玉のありかは聞きついかにして身をまぼろしになしてゆかまし(三条西実隆『雪玉集』)
金闕西廂叩玉扃
轉敎小玉報雙成 転じて
聞道漢家天子使 聞く
九華帳裡夢中驚
攬衣推枕起徘徊
珠箔銀屏邐迤開
雲鬢半偏新睡覺
花冠不整下堂來
【通釈】方士は宮殿の西の
さて小玉という少女をして腰元の双成に取り次がしめた。
漢の皇帝の使者であるとの知らせを聞き、
玉妃は花模様の
上衣を取り、枕を押しのけ、起き上がってそぞろ歩き回り、
真珠のすだれ、銀の屏風がつぎつぎに押し開かれる。
雲のように豊かな鬢の毛が一方に片寄り、まだ眠りから醒めたばかりの様子で、
花の冠も整えずに、御殿を下りて来た。
【補記】第八十九句より九十六句まで。夢うつつのまま寝殿から出て来る妃のありさまを妖艶に叙す。高遠の歌は「九華帳裏夢中驚」の句題和歌。長方のは題「楊貴妃」。
【影響を受けた和歌の例】
うたた寝のさめてののちの悔しきは夢にも人を見さすなりけり(藤原高遠『大弐高遠集』)
まぼろしは玉のうてなに尋ねきて昔の秋の契りをぞきく(藤原長方『玉葉集』)
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