歸園田居五首(其一) 陶淵明 ― 2009年10月26日
園田の居に帰る(其の一) 陶淵明
少無適俗韻 少きより俗韻に適ふこと無く
性本愛邱山 性 本と邱山を愛す
誤落塵網中 誤つて塵網の中に落ち
一去三十年 一たび去つて三十年
羈鳥戀舊林 羈鳥は旧林を恋ひ
池魚思故淵 池魚は故淵を思ふ
開荒南野際 荒を南野の際に開かむとし
守拙歸園田 拙を守つて園田に帰る
方宅十餘畝 方宅は十余畝
草屋八九閒 草屋は八九間
楡柳蔭後簷 楡柳 後簷を蔭ひ
桃李羅堂前 桃李 堂前に羅る
曖曖遠人村 曖曖たり 遠人の村
依依墟里煙 依依たり 墟里の煙
狗吠深巷中 狗は吠ゆ 深巷の中
鷄鳴桑樹巓 鶏は鳴く 桑樹の巓
戸庭無塵雜 戸庭に塵雑無く
虛室有餘閒 虚室に余間有り
久在樊籠裡 久しく樊籠の裡に在りしも
復得返自然 復た自然に返るを得たり
【通釈】少年の時から世間と調子の合うことがなく、
天性、丘や山を愛した。
誤って俗塵の網に落ち込み、
故郷を去ったきり三十年。
籠の鳥は昔棲んでいた林を恋い、
池の魚はかつて泳いだ淵を慕う。
さて私も南の荒野を開墾しようと、
愚かな性(さが)を押し通し田園に帰って来た。
宅地は十畝余り、
あばら家は八、九室。
楡(にれ)や柳の木が裏の軒を覆い、
桃や李(すもも)の木が母屋の前に列なっている。
遠く人が住む村はぼんやり霞み、
寂しげな里の炊煙がかすかにたなびいている。
路地の奥から犬の吠える声が聞こえ、
桑の梢から鶏の鳴く声が聞こえる。
この家は世俗の付合いがなく、
空虚な屋内にはゆとりがある。
久しく籠の中に囚われていたけれども、
今また自然に帰ることが出来たのだ。
【語釈】◇俗韻 世間の嗜好。◇三十年 「十三年」とする本もある。陶淵明は二十九歳で初めて役人として出仕し、四十二歳で隠棲したので、十三年の方が実際には適うが、約十年ほどの出仕を誇張して三十年としたとの説を採る。◇羈鳥 束縛された鳥、すなわち籠の中の鳥。◇墟里 荒れた里。◇樊籠 鳥かご。身を束縛する官職のことを言う。
【補記】義熙元年(405)十一月、異母妹の訃報に接した陶淵明は彭沢県令の職を辞し、江西の郷里に帰った。その翌年、四十二歳の作。名文『帰去来辞』の完成も同じ頃であった。
【作者】陶淵明(365~427)は六朝時代の東晋の詩人。万葉集の頃から日本文学に深い影響を与え続けてきた。どの詩のどの句が模倣されたといった表面的なことでなく、人生即詩、詩即人生というべきその詩境・詩魂に多くの文人たちが魅せられ続けてきたのである。
【影響を受けた和歌の例】
世の中にあはぬ調べはさもあらばあれ心にかよふ峯の松風(香川景樹『桂園一枝』)
世の中の調べによしやあはずとも我が腹つづみうちてあそばむ(秋園古香『秋園古香家集』)
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