白氏文集卷九 曲江早秋2010年09月10日

蓼の花 鎌倉市二階堂にて

曲江(きよくかう)早秋(さうしう)  白居易

秋波紅蓼水  秋波(しうは)紅蓼(こうれう)の水
夕照靑蕪岸  夕照(せきせう)青蕪(せいぶ)の岸
獨信馬蹄行  独り馬蹄(ばてい)(まか)せて行く
曲江池西畔  曲江(きよくかう)の池 西の(ほとり)
早涼晴後至  早涼(さうりやう)は晴れて(のち)に至り
殘暑暝來散  残暑は()(きた)りて(さん)
方喜炎燠銷  (まさ)炎燠(えんいく)()ゆるを喜ぶに
復嗟時節換  ()た時節の()はるを(なげ)
我年三十六  我が(とし)三十六
冉冉昏復旦  冉冉(ぜんぜん)として()()()
人壽七十稀  人寿(じんじゆ)七十(まれ)なり
七十新過半  七十 新たに(なか)ばを過ぐ
且當對酒笑  (しばら)(まさ)に酒に対して笑ふべし
勿起臨風歎  臨風(りんぷう)の歎きを起こすこと(なか)

【通釈】紅い(たで)の咲く池の汀に、秋風がさざ波を寄せ、
青い荒草の茂る岸に、夕日が射している。
私は独り、馬の蹄にまかせ、
曲江の池の西の畔を行く。
雨が晴れた後、早秋の涼しさが訪れ、
夕暮になって、残暑は散じた。
炎暑が消えたことを喜んだ途端、
今度は季節が移ろうことを嘆く。
私の歳は三十六。
日は暮れまた明けて、やがて年老いてゆく。
人生七十は稀という。
私は先頃七十の半ばを過ぎてしまった。
ともあれくよくよ悩まずに、酒を飲んで笑おう。
秋風に向かって歎息を発したりはするまい。

【語釈】◇曲江池 長安城の東南の人工の池。◇人壽七十稀 杜甫の詩「曲江」に「人生七十古来稀」とある。

【補記】古調詩。「二年作」(「三年作」とする本も)と自注があり、元和二年(809)、三十六歳の作。長安で官僚生活を始めて間もない頃である。実隆の歌は「早涼晴後至」の句題和歌。

【影響を受けた和歌の例】
鷺のとぶ川辺の穂蓼くれなゐに日影さびしき秋の水かな(衣笠家良『新撰和歌六帖』)
初風と思ひしよりも下荻のひとむらさめは秋をふかめて(三条西実隆『雪玉集』)