白氏文集卷二十 宿陽城驛對月 ― 2010年09月27日
陽城駅に宿し、月に対す 白居易
親故尋回駕
妻孥未出關
鳳凰池上月
送我過商山 我の
【通釈】親戚友人は相次いで車を返し、
後れて発った妻子はまだ関の向うにいる。
いつもは宮中の鳳凰池のほとりで眺めた月――
今はその月だけが、商山を過ぎてゆく私を見送っている。
【語釈】◇妻孥 妻と子供。◇鳳凰池 長安城の中書省にあったという池。◇商山 長安の東南にある山。
【補記】自注に「自此後詩赴杭州路中作(此れより後の詩、抗州に赴く路中の作)」とあり、長慶二年(822)刺史に任ぜられた白居易が長安から抗州に赴任する途上の作と知れる。商山のふもとの陽城駅で親戚知友と別れ、山を過ぎる時の詩である。作者五十一歳。隆房の歌は「鳳凰池上月 送我過商山」の、隆衡の歌は全句の句題和歌。
【影響を受けた和歌の例】
もろともに出づとはなしに有明の月のみおくる山路をぞゆく(永縁『金葉集』)
ひきつらね雁は別れぬ有明の月のみおくる山路なりけり(寂然『唯心房集』)
水のおもにやどりし月の今宵さは秋の山路をともに過ぎぬる(藤原隆房『朗詠百首』)
池水の月送らずはいかにして夜ぶかき山をひとり過ぎまし(法眼全真『夫木和歌抄』)
暮るるまで山路のすゑをつくせども我より奥に月はすみけり(藤原隆衡『雲葉集』)
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