白氏文集卷十九 聞夜砧 ― 2009年10月13日
夜の砧を聞く 白居易
誰家思婦秋擣帛 誰が家の思婦ぞ 秋に帛を擣つ
月苦風凄砧杵悲 月苦え 風凄じくして 砧杵悲し
八月九月正長夜 八月 九月 正に長き夜
千聲萬聲無了時 千声 万声 了む時無し
應到天明頭盡白 応に天明に到らば 頭尽く白かるべし
一聲添得一莖絲 一声 添へ得たり 一茎の糸
【通釈】遠い夫を思う、どこの家の妻なのか、秋の夜に衣を擣っているのは。
月光は冷え冷えと澄み、風は凄まじく吹いて、砧の音が悲しく響く。
八月九月は、まことに夜が長い。
千遍万遍と、その音の止む時はない。
明け方に至れば、私の髪はすっかり白けているだろう。
砧の一声が、私の白髪を一本増やしてしまうのだ。
【語釈】◇擣帛 布に艶を出すため、砧の上で槌などによって衣を叩くこと。◇砧杵 衣を擣つための板。またそれを敲く音。◇八月九月 陰暦では仲秋・晩秋。
【補記】擣衣は万葉集に見えず、平安時代以後、漢詩文の影響から和歌に取り上げられるようになった。砧を擣つ音が悲しく聞こえるのは、遠い夫を偲ぶ妻の心を思いやってのことである。和漢朗詠集に第三・四句が引用されている。長慶二年(822)前後、白居易五十一歳頃の作。
【影響を受けた和歌の例】
誰がためにいかに擣てばか唐衣ちたび八千たび声のうらむる(藤原基俊『千載集』)
千たび擣つ砧の音に夢さめて物思ふ袖の露ぞくだくる(式子内親王『新古今集』)
聞きわびぬ葉月長月ながき夜の月の夜寒に衣うつ声(後醍醐天皇『新拾遺集』)
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