文選卷二十九 雜詩 魏文帝 ― 2009年10月15日
雑詩 魏文帝
漫漫秋夜長 漫漫として秋夜長く
烈烈北風涼 烈烈として北風涼し
展轉不能寐 展転として寐ぬる能はず
披衣起彷徨 衣を披き起ちて彷徨す
彷徨忽已久 彷徨 忽ち已に久しく
白露霑我裳 白露 我が裳を霑らす
俯視淸水波 俯しては清水の波を視
仰觀明月光 仰ぎては明月の光を観る
天漢迴西流 天漢 西に迴りて流れ
三五正縱横 三五 正に縦横
草蟲鳴何悲 草虫 鳴いて何ぞ悲しき
孤鴈獨南翔 孤雁 独り南に翔る
鬱鬱多悲思 鬱鬱として悲思多く
緜緜思故鄕 緜緜として故郷を思ふ
願飛安得翼 飛ばんと願へども安んぞ翼を得ん
欲濟河無梁 済らんと欲すれども河に梁無し
向風長嘆息 風に向かひ長歎息すれば
斷絶我中腸 我が中腸を断絶す
【通釈】果てしない程に秋の夜は長く、
烈しい程に北風は冷たい。
寝返りばかりして眠ることも出来ず、
衣を引っ掛け、起き上がって辺りをさまよう。
さまよううち、いつしか時間は過ぎ、
気づけば白露が私の袴を濡らしている。
俯いては清らかな川の波を見、
仰いではさやかな月の光を眺める。
天の川は西へまがって流れ、
三星・五星はまさに縦横に天を駆け廻る。
草叢の虫が鳴き、何が悲しいのか。
雁が一羽、南の空を翔けてゆく。
私は鬱々と悲しい思いばかりして、
いつまでも故郷を偲び続ける。
飛ぼうにも、どうして翼を得られよう。
渡ろうにも、河に橋が無い。
風に向かって長嘆息すれば、
私のはらわたは千切れるのだ。
【語釈】◇裳 袴。腰から下の衣服。◇淸水 後の句「欲濟河無梁」から「水」は川を指すと判る。◇天漢 天の川。◇三五 『詩経』召南篇の「嘒彼小星 三五在東(嘒たる彼の小星 三五 東に在り)」に拠る。三・五はいずれも小星の名らしいが、不詳。◇緜緜 綿綿に同じ。永くつづくさま。
【補記】特にどの句がどの歌に影響を与えたというよりも、全体としてこの詩の悲秋の趣向が日本文学に与えた影響は少なからぬものがあると思われる。「雑詩二首」の一。『藝文類聚』巻二十七にも所収。
【作者】魏文帝、曹丕(187~226)。武帝(曹操)の嫡子。文学を尊重し詩を好み、「燕歌行」「短歌行」「寡婦」などの傑作詩を残す。
【影響を受けた和歌の例】
秋の夜は露こそことに寒からし草むらごとに虫のわぶれば(よみ人しらず『古今集』)
露も袖にいたくな濡れそ秋の夜の長き思ひに月は見るとも(順徳院『紫禁和歌集』)
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