白氏文集卷十七 醉中對紅葉 ― 2009年12月01日
酔中紅葉に対す 白居易
臨風杪秋樹 風に
對酒長年人 酒に
醉貌如霜葉
雖紅不是春
【通釈】風に吹かれている、晩秋の樹。
酒と向き合っている、年たけた人。
酔った顔は、霜に色づいた葉のようだ。
紅とは言っても、春の花の色ではない。
【語釈】◇杪秋 晩秋。旧暦九月。◇長年人 年齢を重ねた人。話手自身を客観化して言う。◇霜葉 霜にあって紅葉した葉。
【補記】元和十二年(817)、四十六歳頃の作。人生の晩秋にあって、我が身を紅葉に対比する。和漢朗詠集の巻下「酒」の部に全文が引かれている。下記為家詠は「臨風杪秋樹」を句題とした作。
【影響を受けた和歌の例】
時のまの心の色ぞしられける秋の木の葉の風にまかせて(藤原為家『為家集』)
白氏文集卷十七 醉吟 二首 ― 2009年12月02日
酔吟 二首 白居易
其一
空王白法學未得
姹女丹砂燒卽飛
事事無成身也老
醉鄕不去欲何歸
其二
兩鬢千莖新似雪
十分一盞欲如泥
酒狂又引詩魔發
日午悲吟到日西
【通釈】其一
仏陀の尊い教えは未だ学び得ず、
仙薬のため水銀丹砂を焼けば、たちまち飛散してしまう。
事ごとに成し遂げることなく身は老いてしまった。
酔いどれの天国に去るほか、私の行き場所はあるまい。
其二
わが千本の双鬢、それは雪のように白い。
十分に注いだ一盞、これで泥のように酔おう。
酒の昂奮が詩作の魔を引き起こし、
正午より時を忘れて悲吟し、日没に至る。
【語釈】其一◇空王
其二◇千莖 たくさんの毛髪。「千」は第二句の「一」と対偶。「莖」は細く長いものを数える助数詞。◇十分一盞 なみなみと注いだ一杯の酒。◇詩魔 詩情を起こし、詩作へ耽らせる不思議な力。◇悲吟 悲しみに泣くように吟じながら詩作する。
【補記】其一の第一句は仏教に、第二句は道教に志して挫折したことを言う。第三・四句が和漢朗詠集巻下「述懐」の部に引かれている。但し第四句は「醉郷不知欲何之」とあり、「酔郷を知らず何ちかゆかんとする」などと訓まれる。下記和歌はいずれも其一の第三句を踏まえたものである。
【影響を受けた和歌の例】
うづもれぬ後の名さへやとめざらむ成すことなくてこの世暮れなば(藤原良経『続古今集』)
月日のみなすことなくて明け暮れぬ悔しかるべき身のゆくへかな(同上『千五百番歌合』)
いたづらに秋の夜な夜な月見しもなすことなくて身ぞ老いにける(二条為定『新千載集』)
なす事もあらじ今はのよはひにも惜しみなれたる年の暮かな(烏丸光弘『黄葉集』)
雲の記録20091202 ― 2009年12月02日
千人万首に大倉鷲夫をアップ ― 2009年12月04日
高知城下の商家の生まれ。四十を過ぎて土佐を脱し、大坂の阿弥陀池で人相見の占い師として生計を立てつつ、本居大平などに和歌を学びました。異色の経歴の歌人ですが、歌風も異色で、当時はまだ珍しかった、本格的な万葉調歌人です。
千人万首には採らなかった一首を挙げましょう。
紀伊国和歌の浦に浮かぶ玉津島を詠んだ歌。「陽炎の」は「夕日」の枕詞。古い由緒を持つ歌枕に寄せる崇敬の情を、まことに純直に歌い上げています。生前から名は高かったようですが、維新後、歌壇で万葉尊重の気運が高まるにつれ、さらに評価が高まりました。現在では忘れられつつある人と言わざるを得ないようですが、忘れるにはあまりに惜しい歌人だと思います。陽炎 の夕日のくだち見渡せば神さび立てり玉津島山
雲の記録20091204 ― 2009年12月04日
雲の記録20091205 ― 2009年12月05日
論語 雍也編二十三 ― 2009年12月05日
知者樂水
子曰、知者樂水、仁者 子の曰はく、知者は水を楽しみ、仁者は
樂山、知者動、仁者静、山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。
知者樂、仁者壽。 知者は楽しみ、仁者は
【通釈】先生が言われた、「智の人は(絶えず動く)水を楽しみ、仁の人は(不動の)山を楽しむ。智の人は動き、仁の人は静かである。智の人は生を楽しみ、仁の人は生を久しうする」。
【語釈】◇知者 道理を知る人。雍也編に孔子の曰く、「民の義を務め、鬼神を敬して遠ざく、知と謂ふべし」。◇仁者 仁徳をそなえた人。顔淵編に「仁」を問われて孔子の曰く、「人を愛す」。また雍也編に曰く、「仁者は
【補記】知者と仁者をくらべ、それぞれ水(川)と山、動と静、楽(一時の快楽)と寿(永続的な幸福)によって対比した。論語には他にも知者・仁者を対比した教えが見え、たとえば顔淵編には仁者を問われ「人を愛す」、知者を問われ「人を知る」。里仁編には「仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす」(仁の人は仁に満ち足りている、智の人は仁を利用する)。また子罕編には「知者は惑はず、仁者は憂へず、勇者は
【影響を受けた和歌の例】
み吉野の 吉野の宮は
山を我がたのしむ身にはあらねどもただ静けさをたよりにぞ住む(細川幽斎『衆妙集』)
注:旅人詠の「山柄し 貴くあらし 川柄し 清けくあらし」の対句について「知者樂水、仁者樂山」からの影響を指摘する説がある。幽斎の歌は題「閑居」、晩年、京都吉田山麓に隠棲していた頃の作と思われる。
小春 Indian summer ― 2009年12月07日
暦は冬に入り、いよいよ寒さも増すかと身構へる頃、意表を突くやうに春を思はせる穏やかな陽気が続くことがある。これを小春日とか小春日和とか言ふ。
万葉集にも王朝和歌にも「小春」「こはる」の語は見えないが、平安後期頃から、初冬における春のやうな暖かさを主題とした歌がちらほら見え始める。江南(揚子江以南の地)の小春を詠んだ白居易の詩「早冬」からの影響であつた。
十月江南天氣好 十月 江南 天気好 し
可憐冬景似春華憐 むべし 冬の景 の春に似て華 しきことを
この二句が『和漢朗詠集』に採られたことで、文人たちの愛誦するところとなつたのである。
『拾遺愚草員外』 藤原定家
この里は冬おく霜のかろければ草の若葉ぞ春の色なる
冬になつて草に霜が置いたが、それも陽気のせゐで軽く、若葉が春の色をしてゐる、といふ歌。上記白氏の二句を題として詠まれた歌である。「霜のかろければ」は白氏の同じ詩にある句「霜輕未殺萋萋草(霜は軽く 未だ
「小春」の語は『徒然草』に見えるので中世には流通してゐたやうである。和歌によく使はれるやうになるのは近世になつてからのことで、おそらく俳諧の影響があつたのではないかと思はれる。芭蕉には「月の鏡小春にみるや目正月」、蕪村には「小春凪真帆も七合五勺かな」の佳句を見る。
蕪村とほぼ同時代の歌人、紀州の大奥に勤めた鵜殿余野子(1729?~1788)の小春詠を見てみよう。
『佐保川』(詞書略) 鵜殿余野子
火影 にも小春てふ名は隠れねどはつかに匂ふ夜の梅が香
神無月二十日の夜、瓶に植ゑた梅の花が咲いたのを見て詠んだといふ歌。「暖炉の火影によつて、まことの春ならぬ《小春》といふ名は隠れもないが、梅の香はかすかに匂つてゐる」。屋内の暖かさに梅も春かと勘違ひしたのだらう。躑躅や山吹が狂ひ咲きしたり、鶯が時ならぬ美声を聞かせてくれたりするのも、小春にあつては珍しいことではない。
わが国の比較的温暖な土地では小春と紅葉の最盛期が重なることも多く、絶好の行楽シーズンとなる。しかし暖かい日和がいつまでも続くわけはなく、ある朝氷雨が葉を落とし、凩が葉を攫つてゆく。冬は歩みを止めたわけではなかつたのだ。
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『祇園百首』(時雨) 藤原俊成
神な月しぐるるものを冬かけて春に似たりと誰か言ひけん
『拾遺愚草員外』(詠四十七首和歌 冬) 藤原定家
江の南若葉の草もみどりにて春のかげなる神無月かな
『蜀山家集』(小春) 蜀山人
朝めしと昼げの間みじかくて腹も小春の空の長閑さ
『浦のしほ貝』(河崎のあたりものして) 熊谷直好
かへり咲く花もありやとたづねみん小春のどけき桜野の宮
『大江戸倭歌集』(冬人事) 吾鬘
浦遠くかすむ小春の朝なぎにきす釣る小舟沖にこぐみゆ
『長塚節歌集』(秋冬雑咏) 長塚節
小春日の鍋の炭掻き洗ひ干す
『みかんの木』(小春日和) 木下利玄
小春日和紅葉の染めし庭はたゞ小鳥来てゐる囀りばかり
雲の記録20091207 ― 2009年12月07日
唐詩選卷七 楓橋夜泊 ― 2009年12月07日
月落烏啼霜滿天 月落ち
江楓漁火對愁眠
姑蘇城外寒山寺
夜半鐘聲到客船
【通釈】月は西に沈み、烏が啼いて、霜の気が天に満ちている。
川辺の
夜半に
【語釈】◇楓橋 江蘇省蘇州の西郊、楓江に架けられた橋。もと封橋と呼ばれていたが、この詩に因み楓橋と呼ばれるようになったという。◇烏啼 夜に啼く烏は昔から詩材とされた。◇霜滿天 地上に降る前の霜の気が天に満ちている。古人は霜は天から降るものと考えた。◇江楓 川辺の
【補記】船旅の途中、蘇州西郊の楓橋のほとりに夜泊した時の作。初句「月落烏啼霜滿天」の悽愴たる冬の夜の風情が歌人に愛され、この句を踏まえた多くの歌が作られた。
【作者】張継は中唐の詩人・官吏。襄陽(湖北省襄樊市)の出身。天宝十二年(753)の進士。塩鉄判官などを歴任し、唐朝の検校祠部郎中に至る。博識で公正、すぐれた政治家であったという。『張祠部詩集』一巻に三十余首を残すばかりであるが、『唐詩選』に唯一採られた上掲の七言絶句は傑作として名高い。
【影響を受けた和歌の例】
かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける(伝大伴家持『新古今集』)
月に鳴くやもめがらすのねにたてて秋のきぬたぞ霜にうつなる(藤原為家『新撰和歌六帖』)
あけがたのさむき林に月おちて霜夜のからす二声ぞ鳴く(伏見院『伏見院御集』)
月落ちてこほる入江の蘆の葉に鶴のつばさもさやぐ夜の霜(正徹『草根集』)
鳥のこゑに月落ちかかる山の端の木の間の軒ぞ白く明けゆく(同上)
山里はやもめ烏の鳴くこゑに霜夜の月の影をしるかな(心敬『心敬集』)
月落ちて明くる外山の友がらす啼く音も寒き空の霜かな(武者小路実陰『芳雲集』)
待つ頃は杉の葉しろく置く霜に月さへ落ちてからすなくなり(松永貞徳『逍遥集』)
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