佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線9 富士山2015年02月20日

江の島より富士山を望む

富士山

作者不詳

富士のに降りおける雪は六月みなづきもちぬれば其夜ふりけり

源頼朝

道すがらふじのけぶりもわかざりきはるるまもなき空のけしきに

源光圀

立ちならぶ山こそなけれ秋津しまわが日の本の富士の高嶺に

下河辺長流

富士の嶺に登りて見れば天地あめつちはまだ幾ほどもわかれざりけり

契沖

富士の嶺は山のきみにて高御座たかみくらそらにかけたる雪のきぬがさ

田安宗武

二つなき富士の高嶺のあやしかも甲斐に有とふ駿河にも有とふ

大菅中養父

心あての雲間はなほも麓にておもはぬ方に晴るゝ富士の嶺

岡本経春

夕立の晴れたる跡にあらはれて虹より上にたてる富士の嶺

狩野芳崖

うつくしくあやにたへなりかしこくも神の造れるわがおほみ山

三浦守治

青雲をさしつらぬきてましろなる富士が嶺たてり二月きさらぎの空に

富士の嶺を天つみ空に残しおきて此世の今日は暮果にけり

おのづから成らむまにまに任せつつなれる姿を富士の嶺に見し

川田順

何もなしただ星空をくろうせる大き斜面のおごそかなりや

石榑千亦

白雲のむらがる中におのづから光る雲あり富士にしあるらし

饒村彬成

天の下一つ御国にならむ日も山のつかさの富士の神山

徳富久子

群山は雲のたもとにおほはれて御空に匂ふふじの白雪

富士登山
佐佐木信綱

天地に物音もあらず月一つ空にかかれり富士のみねの上

見るままに清く静けくうるはしく果は悲しき峯の上の月

声高こわだかに物は語らじほど近き星の宮人ねぶりさむべし

あめ近き宝の岩床夜をさむみ人の世恋し人の身われは

いつよりかあめの浮橋中絶えて人と神との遠ざかりけむ

もゆる火のもえたつ上にあまぎらひみ雪ふりけむ神代をぞ思ふ

石榑千亦

八十やそ国を巌の下に雲の下に踏み沈め行くわが足たふとし

人の息にともしびにごれる室出でて静かにぞきく星のささやき

富士の裾野

惟宗光吉

富士の嶺は晴れゆく空にあらはれて裾野にくだる夕立の雲

木下幸文

時知らぬふじの裾野の花薄穂にいづる見れば秋にざりける

前田夕暮

行けど〳〵玉蜀黍の穂の光り富士あらはにも夕焼したり

山川桃崖

富士のねを横ぎる雲もこほるらし裾野をかけて雪ましろなり

岡田春湖

立髪を裾野の風に吹かせつつ馬のあゆみのここちよきかも

八田光二

朝さむきさぎりの上に富士晴れて草花十里露にねぶれり

石榑千亦

駒なめてゆくや裾野の秋風に心をどればをどる糸だて

桑木素子

裾野近く春の日も暮れぬともれる家のわきなる木蓮の花

三島

箱根西麓の宿駅、三島神社あり。

阿仏尼

あはれとやみ島の神の宮柱たゞここにしもめぐり来にけり

安藤野雁

関こえて三島にやどる夕ぐれに思へば家をとほざかりぬる

安田靫彦

富士曇り箱根に日照り軒近みのうぜんかづら咲きにけるかも

補録

富士山

在原業平

時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ

西行

風になびく富士の煙の空に消えてゆくへも知らぬ我が心かな

藤原秀能

水無月のなかばに消えし白雪のいつしか白き富士の山風

頓阿

朝ぼらけ霞へだてて田子の浦に打ち出でてみれば山の端もなし

慶運

足柄の山たちかくす霧の上にひとりはれたる富士の白雪

宗良親王

北になし南になしてけふいくか富士の麓をめぐりきぬらん

烏丸光広

雲かすみながめながめて富士のねはただ大空につもる雪かな

年へても忘れぬ山のおもかげを更に忘れて向ふ富士かな

ふじの山かきたるに
本居宣長

この神よいかにふ神ぞ青雲のたなびく空に雪のつもれる

村田春海

雪ふれば千里もちかし欄干おばしまのもとよりつづく不二の柴山

与謝野晶子

ゆく春をひとりしづけき思かな花の木間に淡き富士見ゆ

九条武子

汐けむりもやごもる磯に夕富士は紺の色してたかくしありけり

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線10 韮山~田子の浦2015年02月21日

修善寺温泉 独鈷の湯


三島より韮山、修善寺方面に駿豆鉄道あり。

韮山

北条駅より東八町に韮山城址あり。附近に江川氏旧宅、姪が小島などあり。

江川氏旧宅にて
釈敬俊

廂朽ち柱くろめるこのあたり君や倚りけむ秋の日影に

根岸光子

にら山のふりにし家のいき柱今も朽ちせで残る尊とさ

源頼朝を
三田葆光

足たたぬ姪がこ島に年を経てゐながら人を靡けつるかな

東一雄

天そそる山なみみつつここにしてますらを心ふりおこしけむ

三津浜

南条より西へ約三里。

高田相川

三津みとの浜しづけき波路ながめつつおもふ事なき朝ありきかな

高田雪子

鏡なす海のはやも春めきていわしむれよる三津みとの内海

修善寺

大仁駅より二十町。

太田瑞穂

湯の室の屋蔭に青き枇杷の葉の露をもちつつ一日暮れたり

石松東雄

瀬の音を聞てゐたればいつとなく瀬の音の中にわが憂消ゆ

欄により清き流を眺めけりのんびりとした心になりて

高田雪子

桂川ながれの音をうつつにも夢にも聞きて安くねむりぬ

大橋豊子

朝風の温泉いでゆまちの山青み日もやはらかく輝けるかな

根岸光子

桂川苔むす岩に夕日さしあなたこなたに鶺鴒飛ぶも

東花子

かつら川清き瀬の音に身も心もいみきよまはり二日三日経ぬ

ふたたび本線に帰りて三島の次の駅は沼津なり。

静浦

沼津の南。牛臥、桃郷、静浦等。

牛臥にて
大西祝

空蝉の世を卒はるまで富士のねにむかへる時の心ともがな

静浦にて
山川桃崖

静浦の雨まづ晴れてつぎつぎに伊豆の山々雲にうかべり

松平乗統

東南風ならひふき白波立てば伊豆の海釣する船の数の乏しき

三間にあまるもりの柄たばさみ持ち大蛸つくと船こぎすすむ

門野珠子

老松の居並ぶ裾に浪はよせつ浪は返しつ静浦のはま

桃郷
村田清子

たかねの雪桃のくれなゐ空の色とわが前に続く春真昼かな

浮島が原

原、鈴川の中間。

藤原俊言

ふきおろす富士の高嶺の朝嵐に袖しをれそふ浮島が原

香川景樹

富士のねを木の間木の間にかへり見て松の蔭踏む浮島が原

田子の浦

鈴川駅附近の海浜。

山部赤人

田子の浦ゆ打出て見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける

田口益人

昼見れどあかぬ田子の浦大君のみことかしこみ夜みつるかも

よみ人知らず

するがなる田子の浦波たたぬ日はあれども君を恋ひぬ日はなし

補録

浮島が原

浮島が原にて
塙保己一

言の葉の及ばぬ身には目に見ぬもなかなかよしや雪の富士の嶺

田子の浦

越前

沖つ風よさむになれや田子の浦海人の藻塩火たきすさむらん

三条西実隆

いつとなき富士のみ雪の面影もただ秋風の田子の浦波

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線11 富士川~安倍川2015年02月22日

三保の松原(まんでがんさんフリー素材)

写真は三保の松原。無料写真ギャラリー[まんでがん] より。

富士川

藤原家隆

朝日さす高ねのみゆき空はれて立ちも及ばぬふじの川霧

猿渡容盛

高根には雪みえ初めて富士川のわたり瀬さむし秋のゆふなみ

安藤野雁

おちたぎちはしり流るる富士川の瀬枕ごとにねたる鳥かな

赤堀信成

川どめも今朝よりあきし富士川の渡りせ広く霧たちこめぬ

東一雄

神山は半かくれてふじ川のひろき川原に匂ふ秋の日

岩瀬

富士川の右岸

安藤野雁

軒端よりふりさけ見れば富士の嶺はあまり俄にたてりける哉

中村村子

古渓ふるたにの松のひまより眺めやる田子の浦なみ伊豆の島山

見るがうちに高嶺は消えて富士川の早瀬を走る夕立の雨

清見潟

興津付近の海岸。

徳川家光

清見潟あとは昔の名のみにて波の関もる月のかげかな

上田秋成

庵原の清見がさきに朝はれて富士は秋こそ見るべかりけれ

姉崎正治

清見潟春の海漕ぐ舟の櫓の音もしづかに心のどけし

根岸光子

清見潟おきつ白浪さわげども夕日に眠る三保の松原

興津

香川景樹

沖津より夕越えくれば山松のこずゑにかかる富士のしら雪

かへりこぬ夜舟まちこひ三保の浦の興津の海女や衣うつらむ

末松謙澄

富士の峰をうつす入江のたゞ中に一すぢ青し三保の松原

秋元まつ子

清見寺夕べはことに物はかな棕梠竹に降る初夏の雨

沖は雨白き薄絹ひけるごと三保はかすかに波にうかべり

三保の松原

清見潟の前に海上に突出せる松原。

烏丸光広

世に知らぬ眺なればや天人あまびとのあまくだりにし三保の松原

武女

清見がたかすみの間より見渡せば浪にたゆたふ三保の松原

千種有功

ふじのねの雪の夜あらし吹落ちてちどりなきたつ三保の松原

大村八代子

清水より三保へと通ふ渡船われたゞひとり富士にむかへり

さら〳〵と海の風うけて砂糖きびあをきが上に雪の富士みゆ

ひき潮の干潟々々のたまり水うつれる富士をふみてたつ鳥

影ひたす富士をうつして幾十の海苔採りぶねに賑はへる海

椿咲く藁屋の軒に三四人稲こき居るも富士を背にして

龍華寺

江尻より南一里、高山樗牛の墓あり。

東一雄

大いなる自然の袖につゝまれて安らに眠る才人の墓

秋元まつ子

三保の海に影うく富士の美しさ夕立晴れし龍華寺の庭

久能山

江尻と静岡の中間にあり、徳川家康を祀る。

落合直文

椿さく久能の御坂の七まがりまがりてくれば雉子きぎすなくなり

藁谷みか子

海ぞひや北を山なる畑みちいちごみのれり初春にして

山つゞき柑子の花のあまき香につつまれつゝも沖の船見る

静岡

駅より西北十六町に賤機山あり。その山麓に浅間神社あり。

藤原知家

誰が為ぞ賤機山の永き日に声のあやおる春の鶯

藤原実清

けさ見れば賤機山のこずゑより紅葉の錦おりぞそめつる

武女

鶯の声のあやめもわかぬまで早くれそむる賤はたの山

安倍川

静岡の西を流る。

春日老

焼津辺に吾が行きしかば駿河なる安倍の市路にあひしこらはも

原田嘉朝

安倍川の流ほそれる冬の日に時得がほなる木枯の森

補録

興津

藤原定家

こととへよ思ひおきつの浜千鳥なくなく出でし跡の月かげ

宗良親王

伊豆手舟はや来寄すらしあなし吹く駿河の海の三保の興津に

清見潟

藤原家隆

ちぎらねど一夜はすぎぬ清見がた波にわかるるあかつきの雲

源通光

清見がた月はつれなきあまを待たでもしらむ波の上かな

僧正行意

さすらふる心に身をもまかせずは清見が関の月を見ましや

三保の松原

田口益人

廬原いほはらの清見の崎の三保の浦のゆたけき見つつ物思ひもなし

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線12 宇津谷峠~引佐細江2015年02月23日

広重画東海道五十三次日坂(水垣蔵)

広重画保永堂版大錦東海道五十三次より日坂(佐夜の中山)

宇津谷峠

静岡より焼津に到る間にある山。

在原業平

駿河なる宇津の山辺のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり

藤原定家

宇津の山わが行くさきも程遠き蔦の若葉に春雨ぞふる

宗尊親王

茂りあふ蔦も楓も紅葉して木陰秋なる宇津の山越

香川景樹

夢さめて夢かとぞ思ふうつの山ふもとの里に旅寝してけり

熊谷直好

宇津の山うつゝか夢か春の夜の月はかすみて花はちりつゝ

東花子

蔦分けて越えしは昔夢の間にうつの山をぞ過はてにける

大井川

島田金谷の間を流る。

冷泉為相

波よりも秋や立つらむ大井川わたる瀬ごとに風ぞすゞしき

春山繁樹

長橋を汽車くるまはすぎぬ川どめの昔を子らに語りをる間に

菊川

金谷駅の近傍。往古の宿駅。

藤原俊基

いにしへもかゝるためしをきく川の同じ流に身をや沈めむ

武女

今も猶かやが軒端に雨もりて昔おぼゆる菊川の宿

小夜の中山

掛川の附近。

西行

年たけて又越ゆべしとおもひきや命なりけり小夜の中山

武女

年はまだ三十ぢがほどに行くとと八度こえけりさよの中山

天龍川

水源は遠く信州の諏訪湖よりいづ。古く天の中川といへり。

賀茂真淵

諏訪の海や氷とくらし遠つあふみあめの中川みぎはまされり

高田相州

久方の天の中川くだしくる筏の上にのこる白雪

東一雄

水上の山なみ消えて夕立の雨うちけぶる天の中川

浜松

市の西郊伊場村は賀茂真淵が出生の地。市の附近は古への引馬野なり。

長奥麿

引馬野に匂ふはり原入りみだり衣にほはせ旅のしるにし

式子内親王

かり衣乱れにけりな梓弓曳馬(ひくま)の野べの萩の朝露

県居霊社に詣でて
高木真藤

宮古りて人かげもなき寒き日を老松のうれに小鳥声する

浜名湖

湖口に弁天島あり。

藤原家良

朝ぼらけはまなの橋はとだえして霞を渡る春の旅人

高田相川

絵巻物みるこゝちしつ初春の浜名のうみの白帆ましら帆

伏屋寒梅

みどり濃き岸のまつ原南吹きて浜名大うみ雨細うふる

引佐いなさ細江

浜名湖の奥の細江。

香川景樹

旅にして誰にかたらむとほつあふみいなさ細江のはるの曙

石松東雄

遠つあふみいなさ細江の秋風に月影寒く芦の花散る

児山信一

絵のごとく目にさやかなり色深き引佐細江の初夏の水

補録

宇津谷峠

鴨長明

袖にしも月かかれとは契りおかず涙は知るや宇津の山ごえ

藤原忠良

嵐吹く高嶺の雲をかたしきて夢路も遠し宇津の山越え

藤原定家

都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふ蔦の下道

順徳院

駿河なる宇津の山べにちる花よ夢のうちにもたれ惜しめとて

頓阿

暮るるまで嵐に越ゆる宇津の山さぞな今宵も夢は見ざらむ

飛鳥井雅世

昔だに昔といひし宇津の山こえてぞしのぶ蔦の下道

心敬

うつの山つたの葉もろき秋風に夢路もほそきあかつきの空

小夜の中山

よみ人知らず

甲斐が嶺をさやにも見しがけけれなく横ほりふせるさやの中山

宇都宮頼綱

甲斐が嶺ははや雪白し神な月しぐれて越ゆるさやの中山

宗尊親王

甲斐が嶺はかすかにだにも見えざりき涙にくれしさやの中山

常縁

月にゆくさよの中山なかなかに明けてはくらき霧の下道

浜名の橋

藤原定家

霧はるる浜名の橋のたえだえにあらはれわたる松のしき浪

藤原俊成女

初雁も雲井にいまぞ鳴き渡る浜名の橋の秋霧の上に

あづまにまかりける時、浜名の橋のやどりにて月くまなかりけるを見て

北条政村

高師山夕越え暮れて麓なる浜名の橋を月に見るかな

延元四年春頃、遠江国井伊城にすみ侍りしに、浜名の橋かすみわたりて、橋本の松原、湊の波かけてはるばると見渡さるるあした夕のけしき、面白く覚え侍りしかば

宗良親王

はるばると朝満つ潮のみなと舟こぎ出づるかたはなほ霞みつつ

賀茂真淵

遠つあふみ浜名の橋の秋風に月すむ浦をむかし見しかな

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線13 蒲郡~津島2015年02月24日

木曽川より犬山城を望む

蒲郡

高木真藤

波の音終日ひねもす聞きぬ海の風吹き通す家に夏をわすれて

岡崎

徳川家康生誕の地。

香川景樹

矢はぎ川わたす長橋長ければたちたゆたはぬ人なかりけり

白井紫園

天正のむかしを偲ぶ岡崎に今宵もののふつつまくらせり

鳴海

大府より十町。有松絞の産地。

大江忠成

鳴海潟しほせの浪にいそぐらし浦の浜路にかかる旅人

榊原春村

絞結ふ少女の唄もしめやかに鳴海の町は春の雨ふる

知多半島

大府より武豊線、熱田より愛知電気鉄道あり。

亀崎
武田祐吉

北浦へ岡の茅原を夕越えて落つる日影も何かたゞよふ

桶狭間

大府より大高に到る間の右に見ゆる丘陵の間にあり。

榊原春村

雲の峰くづれ〳〵て夏草の真日にむさるゝ桶狭間山

今川義元を
税所敦子

はたた神なるみの浦の浦風にあとなく消えぬ夕立の雲

熱田神宮

草薙の剣を祀れる熱田神宮あり。今名古屋市の南部をなす。

浅野保

八剣の熱田の宮のひろ前の楠の若葉の初夏の

名古屋

名古屋城
友野伴見

こがねの鯱日に輝くを仰ぎみつつ昔思ひ居れば喇叭の音聞ゆ

瑞穂が岡にて
大森貞雄

早春や高く聳ゆるおん嶽の雪火の如く燃ゆる夕暮

児山信一

初夏の夕ぐれ窓をあけて見れば目にさやかなり麦生の緑

服部綾足

曇り夜を名古屋の空のほの明り遠く眺めて郊外をゆく

中村公園

名古屋駅の西一里にあり。

前田利定

天の下握らん人のうぶ声と誰かは知りし藪かげの道に

三浦守治

中村の里にかへりてほほゑみしゑがほぞ君のさかりなりける

瀬戸

名古屋より電車あり。陶器の生産地。

服部綾足

陶器すゑもののうは絵かくべくやとはれて今年もくれぬ瀬戸の山里

長谷川素水

すゑものゝ土ながふねの水温む日永の軒に柳あをめり

東一雄

瀬戸川の底にちらばるすゑもののかけら光りて寒し冬の日

犬山

名古屋より電車あり。

長塚節

うろこなる秋の白雲たなびきて犬山の城松の上に見ゆ

浅野保

尾張野の北のはづれの城に立ちて大伊吹嶺の秋姿見る

城の上に鴉むれ居てなきさわぎ眼界まなかひの野に落つる秋の日

青木彰

うちけぶる雨の若葉の木曽川にぬけいでしごと城ぞ立ちたる

津島

名古屋より電車の便あり。

津島神社宵祭
高木真藤

松のひまに提灯の火ぞほの匂ふ舟山車ふなだしいまか漕ぎいでぬらし

同 朝祭

夜のほどによそひかへつる猩々緋きん高縫の目もさむる幕

補録

鳴海

源俊頼

君恋ふとなるみの浦の浜楸はまひさぎしをれてのみも年をふるかな

藤原秀能

風吹けばよそになるみのかた思ひおもはぬ波に鳴く千鳥かな

源通光

浦人の日もゆふぐれになるみがたかへる袖より千鳥鳴くなり

宗良親王

鳴海潟しほのみちひのたびごとに道ふみかふる浦の旅人

熱田神宮

熱田社にて
飛鳥井雅經

駒とめて涼みてゆかんちはやぶる夕日あつたの杜の下蔭

犬山

天白光宣

犬山の城の白壁さやかにもうつりて清し木曽川の水

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線14 各務が原~伊吹山2015年02月25日

伊吹山 「写真AC」無料素材

各務かがみが原

陸軍の飛行場あり。

鷲見秋峰

各務野の果の夕空飛行機の一機は高く一機は低き

東一雄

高飛ぶや天の鳥船音たててかがみが原は夕霞しぬ

金華山

岐阜市の北、長良川に臨む。山頂に稲葉城址あり。

織田信孝

たらちねの名をばくたさじ梓弓いなばの山のつゆと消ゆとも

原三渓

灰色のもやは尾張ゆせまりきて風襲ふらし山の城鳴る

長良川

金華山の麓を流るゝ川、鵜飼にて名高し。

小出粲

鵜かひ舟かへりはてにし波の上にふけたる星のかげの涼しさ

服部綾足

夕ばえの早瀬をのぼる鮎若し今いくかありて鵜船さすらむ

鮎のぼる夏となりぬれ柳の葉黒みを帯びてけうとかりけれ

山川桃崖

さちおほくかへる鵜舟のふなべりに立並ぶ鵜のほこり顔なる

鷲見秋峰

鵜飼見の人悉く帰りはてて月に涼しき長良大橋

梅村智美

長良川下る夜舟の櫓のひゞきほのかなるかもこの朝霧に

蛇尾の瀬にて
鷲見秋峰

舟底の鳴る音すごしさかしまに棹つきさして早瀬を下る

東一雄

恐ろしく心地よきかも早瀬下る舟底にふる石の響の

益田七里

飛騨川の上流、益田川の沿岸七里の景勝。岐阜より飛騨高山に入る街道。

武田祐吉

石に散る滝つ七瀬の泣男山鳩といへり樹にやどり居り

養老の滝

大垣の南方、多度山中にあり。

大伴東人

いにしへゆ人の云ひ来る老人のつといふ水ぞ名におふ滝の瀬

小沢芦庵

大君のみゆきましけるたどの滝老も若ゆといふ水ぞこれ

石川依平

多度山のいはがき紅葉秋ふけてむらごに落るたきの白いと

釈宗演

老人をやしなふ泉くみて思ふわがたらちねのありし昔を

原三渓

大君の大御車おほみくるまをとめましし多藝たぎのみ山の桜花散る

川田順

多度の山夕日も花もとゞまらずゆく春いそぐ滝のひびきに

東一雄

見おろせば美濃の広野に虹たちぬ滝つせのあたり狭霧籠りて

不破の関址

関が原駅より五丁余、古への不破の関の旧蹟なり。

読人知らず

美濃の国せきの藤川たえずして君につかへむ万代までに

藤原良経

人すまぬ不破の関屋の板びさし荒れにしのちはただ秋の風

高畠式部

あれはてし不破の関路の夕暮に木葉さそひて行く時雨かな

伊吹山

柏原駅の近傍。近江美濃の国境をなせり。

川田順

うみのはてに伊吹は白く光りたり地震なゐにくづれし片おもてかも

山川桃崖

うちわたす菜畑やうやく黄ばみけり伊吹はなほ雪白くして

服部綾足

雪曳ける遠つ伊吹の秋姿花野の末に柔らぎて見ゆ

梅村智美

どとおろす伊吹颪に野べの雪煙り上りて淋しきものを

浅野保

星空に大きなぞへのきはやかに夜の伊吹のたたずまひかな

東花子

伊吹嶺のふもとの小田の氷れるに冬の夜の月さむざむと照る

補録

長良川

藤原経衡

君が代は長良の川の水すみて底なる石も玉とこそ見れ

藤原隆博

くむ人のよはひもさこそ長月やながらの川の菊のした水

みのの国のながら川の鵜舟の絵に
本居宣長

うかひ舟今はほかにはながら河むかしを見する篝火の影

香川景樹

悲しくも鵜舟さすなり長柄川ながらへはてぬこの世と思ふに

明治天皇

かゞり火の光にみれば長良川うの羽の色もさやけかりけり

養老の滝

大伴家持

多度川の滝を清みか古ゆ宮仕へけむ多藝たぎの野の辺に

養老瀑布見に物して岩根に腰かけなどしつつあたり見めぐらすに、なべて人げんの世かいはなれたるやうにおぼえらる

橘曙覧

こくたちし人かあらぬか岩ばしる滝よりおくに薪こるおと

不破の関址

藤原隆信

不破の関朝こえゆけば霞たつ野上のかたに鶯ぞなく

牡丹花肖柏

おもひこし不破の関屋の旅寝かなぬるともよしや夕暮の雨

伊吹山

藤原定家

秋をへて色にぞみゆる伊吹山もえて久しき下の思ひも

加藤宇万伎

伊吹山いぶく朝風吹きたえてあふみは霧の海となりぬる

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線15 彦根~野路の玉川2015年02月26日

石山寺

彦根

井伊氏代々の故城。楽々園あり。

井伊直弼

近江の海磯うつ波のいく度も御代に心をくだきぬるかな

長塚節

葦の辺にゑりおもしろき近江の湖鴨うく秋になりにけるかも

東一雄

山の上の高きうてなゆ見晴るかす大きみづうみに春日匂へり

わが心ひろしゆたけし春の日を大きみづうみに向ひてあれば

鷲見秋峰

城あとの大竹村は春雨に片なびきせり鶯のなく

瀬田の長橋

琵琶湖の水の瀬田川となりて流れ落つる口に架せり

平兼盛

みつぎものたえずそなふる東路の勢田の長橋おともとゞろに

村田春海

ふみならす瀬田の長橋霧はれて波のうへゆくもちづきの駒

小林歌城

近江のやせたのわたりの明方に田上たなかみすぎてなく時鳥

木下幸文

さゞなみのひら山おろし吹あれてあられよこぎる瀬田の長橋

村山松根

瀬田川の蘆分をぶねさす棹に露とこぼれてたつ蛍かな

長塚節

蜆とる舟おもしろき勢多川のしづけき水に秋雨ぞふる

石山寺

石山駅より南二十町。寺内にいはゆる紫式部の源氏の間あり。

藤原為家

あひがたき花のさかりに見つるかなけふ石山の春の月影

三条実美

岩が根のくすしき山にくすしくも千代ふる寺は尊とかりけり

高田春子

その昔いとこ等きそひ結びてし紙もあるらし縁結び岩

紫式部を
玉木安緒

石山の月にみがきし言の葉の玉の光ぞ世々を照せる

松本千代子

いし山の月夜を清み須磨明石おもかげにして筆やとりけむ

粟津が原

石山駅より大津に到る間。木曽義仲戦死の処。

賀茂真淵

大びえやをびえの雲のめぐりきて夕立すなり粟津野のはら

石川依平

大木曽の荒山ざくら末つひに雪と散りゆく粟津野の原

長塚節

秋雨に粟津野くれば葦の穂にうみ静かなり遠山は見えず

膳所

大津より近し。

間島弟彦

膳所の町湖添うみぞひ道の真昼日の袖の下より飛ぶつばくらめ

夕されば波さわ立ちて帰る帆の風に高鳴る矢走舟やばせぶねかも

野路の玉川

草津より近し。

源俊頼

明日も来む野路の玉川萩こえて色ある波に月やどりけり

千種有功

秋萩の花の影さへ匂ふなりぬれて渡らむ野路の玉川

補録

瀬田の長橋

平兼盛

望月の駒ひきわたす音すなり瀬田の長道橋もとどろに

藤原定家

夜をこめて朝たつ霧のひまひまにたえだえ見ゆる瀬田の長橋

藤原為家

にほの海やかすみて暮るる春の日にわたるも遠し瀬田の長橋

石山寺

藤原長能

都にも人や待つらむ石山の峰にのこれる秋の夜の月

野路の玉川

藤原家隆

うづらなく野ぢのたま川けふみれば萩こす波に秋風ぞふく

宗尊親王

今ぞみる野ぢの玉川尋ねきて色なる浪の秋の夕ぐれ

宗良親王

紫の色なる波もくくるらし萩ちる頃ののぢの玉がは

木下長嘯子

鷺あさる野ぢの玉川きてみればつばさ色なる萩が花ずり

上田秋成

萩が枝の末はさざれに流れあひて波も花なる野路の玉川

千種有功

暮れゆけば月と花とになりにけり萩のかげゆく野ぢの玉川

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佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』東海道線16 大津~堅田2015年02月27日

琵琶湖

大津

琵琶湖南端の都会。

作者不詳

逢坂を打出て見れば近江の海白木綿しらゆふ花に浪立ち渡る

大隈言道

うひに来て大津の大路今日見ればよくも牛には生れざりけり

橘曙覧

雨降ればひぢ踏みなづむ大津道われに馬あり召さね旅人

大津宮址

大津駅附近の地。

高市黒人

さざ浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも

古への人にわれあれやさざ浪の古き都を見れば悲しき

平忠度

さゞなみや志賀の都はあれにしを昔ながらの山ざくらかな

大田垣蓮月

志賀山やはなの白雪はら〳〵と古きみやこの春ぞくれゆく

長良山

大津市背後の山。

大中臣能宣

さゞ浪の長良の山のながらへて楽しかるべき君が御代かな

藤原公重

こえやらであかずこそ見れ春の日の長らの山の花の下道

三井寺

長良山の山腹にあり。

定円

さゞ浪や三井の古寺鐘はあれど昔にかへる声はきこえず

梅川春晶子

三井寺は杉の若葉に埋もれて雲より落つる夕暮の鐘

琵琶湖

柿本人麿

近江のゆふ浪千鳥が鳴けば心もしぬにいにしへおもほゆ

高市黒人

いその崎漕ぎみゆけば近江のうみ八十やその港にたづさはになく

藤原家隆

にほの海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり

藤原師賢

おもふことなくてぞ見ましほの〴〵と有明の月の志賀の浦浪

賀茂真淵

さゞ浪の比良の大わだ秋たけてよどめる淀に月ぞすみける

加納諸平

近江の海湊八十あり何しかも思ひとまらで雁のゆくらむ

唐崎

大津より二里。琵琶湖の西岸にあり。老松あり。

柿本人麿

さゞなみの滋賀の唐崎さきくあれど大宮人の船待ちかねつ

藤原顕家

月かげは消えぬ氷と見えながらさざ浪よする志賀の唐崎

大江匡房

氷りゐし志賀のから崎打とけてさゞ浪よする春風ぞふく

千種有功

ふく風の色は梢にくれそめて雨になりゆく唐崎のまつ

高畠式部

尋ねきてあはれとぞ見る幾千年ひとりか経けん志賀の浦松

尾見総子

唐崎の月夜を訪ひて坂本に帰る二人をふく秋のかぜ

堅田

唐崎より北二里。浮御堂あり。

中村竹洞

秋風に落ちくる雁の声寒し堅田の浦のゆふぐれの空

補録

大津

穂積老

我が命のまさきくあらばまたも見む志賀の大津に寄する白波

大津宮址

伝柿本人麿

さざなみや近江の宮は名のみして霞たなびき宮木守みやぎもりなし

藤原忠通

さざなみや国つ御神みかみのうらさえて古き都に月ひとりすむ

長良山

源順

名をきけば昔ながらの山なれどしぐるる秋は色まさりけり

後鳥羽院下野

桜咲くながらの山のながき日も昔を恋ひぬ時のまぞなき

常縁

世はなにとうつろひかはるふるさとの昔ながらの夕ぐれの花

三井寺

三井寺焼けて後、住み侍りける坊を思ひやりてよめる

行尊

すみなれし我が古郷はこの頃や浅茅がはらに鶉なくらむ

琵琶湖

式子内親王

にほの海や霞のをちにこぐ舟のまほにも春のけしきなるかな

藤原家隆

志賀の浦や遠ざかりゆく波間より氷りて出づる有明の月

俊成卿女

にほのうみ春はかすみの志賀の波花に吹きなす比良の山風

十市遠忠

大比叡やかたぶく月の木の間より海なかばある影をしぞ思ふ

上田秋成

ねざむれば比良の高嶺に月落ちて残る夜くらし志賀の海づら

唐崎

舍人吉年

やすみしし我ご大君の大御船おほみふね待ちか恋ふらむ志賀の唐崎

藤原忠通

さざなみや志賀の唐崎風さえて比良ひらの高嶺に霰ふるなり

宜秋門院丹後

夜もすがら浦こぐ舟は跡もなし月ぞのこれる志賀の辛崎

慈道親王

唐崎の松をもこえてにほの海やみぎはにたかき雪のさざ波

心敬

から崎や夕なみ千鳥ひとつ立つ洲崎の松も友なしにして

田安宗武

さざなみの比良の山べに花咲けば堅田にむれし雁かへるなり

比良山

平兼盛

見わたせば比良の高嶺に雪きえて若菜つむべく野はなりにけり

宮内卿

花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで

香川景樹

大比叡やをひえのおくのさざなみの比良の高嶺ぞ霞みそめたる

堅田

大田垣蓮月

すずみ舟よする堅田の浦風に月もゆらるる波の上かな

(東海道線の部おわり)

『和歌名所めぐり』東海道線 目次2015年02月27日