佐佐木信綱編『和歌名所めぐり』京都附近11 洛南(石清水八幡宮~黄檗山) ― 2015年03月10日

石清水八幡宮
京都の南。山を男山といふ。
今こそあれわれも昔は男山さかゆく時もあり来しものを
頼み来し身はものゝふの八幡山いのる契は万代までに
男山神のみゆきのことはてゝ峰さしいづる月ぞしづけき
いちじるき神のみいつのをとこ山しらべもたかき峰のまつ風
神山のかみの心も月かげもさえまさる夜のいとたけのこゑ
京都より奈良線によりて宇治、恭仁京等に到るべし。
井手の玉川
奈良線玉水駅附近。
春深み井手の川なみたちかへり見てこそ行かめ山吹の花
駒とめてなほ水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川
山吹の花のさかりにあひにけり井手の玉川たまさかに来て
木幡
桃山の南。
こはた山ふけたる月に関守の弦つまびく音きこゆなり
木幡道春日かゞよふ茶畑に茶つみ女の声よくうたへる
黄檗山
黄檗宗の本山、万福寺といふ。木幡駅より南十六町。
敷瓦ふむ音さむき大伽藍古香かすかに達磨もだせり
鐘つけばぬつくと皆が立つかとも生けるが如し十八阿羅漢
小草つみ胡蝶追ひつつ黄檗の御寺に今日も詣で来にける
補録
石清水八幡宮
臨時の祭の舞人にて、もろともに侍りけるを、ともに四位してのち、祭の日遣はしける
衣手の山ゐの水に影みえしなほそのかみの春ぞ恋しき
石清水ながれに放ついろくづの鰭ふりゆくも見ゆる月影
八幡山さかゆく峰は越え果てて君をぞ祈る身のうれしさに
男山老いてさかゆく契りあらばつくべき杖も神ぞ切るらむ
世を思ふ我が末まもれ石清水きよき心のながれ久しく
石清水ながれの末をうけつぎてたえずぞすまん万代までに
たのむかな我がみなもとの石清水ながれの末を神にまかせて
秋風やまづ吹きそめし男山さかゆく光月に添へとて
井手の玉川
かはづ鳴く井手の山吹散りにけり花の盛りに逢はましものを
色も香もなつかしきかな蛙なく井手のわたりの山吹の花
山吹の花のさかりに井手に来てこの里人になりぬべきかな
玉藻かる井手のしがらみ春かけて咲くや川瀬のやまぶきの花
散ればかつ浪のかけたるしがらみや井手こす風の山吹の花
打ちいづる浪さへ色にうつろひぬ井手の川瀬の山吹の頃
山城の井手の玉川みづ清みさやにうつろふ山吹の花
木幡
青旗の木幡の上をかよふとは目には見れども直に逢はぬかも
山科の木幡の山を馬はあれど徒歩より吾が来し汝を思ひかねて
とほ妻のたよりに聞くぞなつかしき木幡の里の梅の初花
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